「これまでに築いた資産、そしてスポンサー契約の更新によってもたらされる収益は、我々全員をエキサイティングさせることができる。今年の夏はアーセナルにとってのビッグサマーとなりうる」
イヴァン・ガジディスCEOの大胆発言から始まったアーセナルの移籍市場。
開幕前にヤヤ・サノゴ、移籍市場クローズの一週間前にマテュー・フラミニを獲得したものの、両選手は契約満了を利用したフリートランスファー。移籍市場最終日まで投資した金額はなんと0ポンドで、8月のアーセナルはビッグサマーには程遠い状態だった。
こうした状況の中、アーセナルは大型補強を行ったトッテナムとのノースロンドンダービーを制す。
復帰したフラミニが、セスク・ファブレガスと共に輝きを放ったかつての姿を彷彿とさせる活躍でチームを牽引した。
翌最終日にはパレルモからGKのエミリアーノ・ヴィヴィアーノ、そしてレアル・マドリーからなんとあのメスト・エジルを獲得した。
メスト・エジル…強豪ドイツ代表の主力選手にして不動のトップ下。
3年間所属したレアル・マドリーでは背番号10を背負い公式戦159試合で27ゴール、アシストは71。
そんな誰もが認める「世界最高のMF」エジルの獲得には従来のクラブレコードを2倍以上更新する£42.4mという破格の資金が投入され、アーセナルは最後の最後で「ビッグサマー」を実現させた。
歓喜のアーセナルサポーター、一方では…
アーセナル史上にも類をみないこの大型移籍にアーセナルサポーターは歓喜の声を上げている。
その一方で現地フォーラムなどでは
「なぜトップ下なのか?」
「他に必要なポジション(ストライカーや守備的な選手)があったのでは?」
「大物を連れてくることに意義がある」
といった意見がしばしば見受けられる。そこで今回は今夏のアーセン・ベンゲルの意図を客観的な事実から探って行く。もちろん筆者の独断と偏見によるものである。
移籍市場で注目された「大物ストライカー」
今夏のアーセナルでとにかく注目されたのは「大物ストライカーの獲得」である。
昨夏にファン・ペルシーを失い、後釜となるオリヴィエ・ジルーはプレミアリーグへの順応に苦しんだ。
補強に関する噂、関心は「大物ストライカー」を中心に回った。
夏の補強、まず噂に挙がったのはフィオレンティーナのステファン・ヨヴェティッチ。
モンテネグロの24歳の新進気鋭のこの選手には、今までいく度と無くアーセン・ベンゲルの関心が伝えられて来た。
ヨヴェティッチのポジションはセンターフォワード。いわゆる最前線のストライカーである。高い位置での正確なダイレクトプレーや下がりながらのゲームメイクはかつてのファン・ペルシーを彷彿とさせる。ストライカーとしては異色のスタイルであると言える。
それもそのはず、この選手の元々のポジションはトップ下である。
トップ下を主戦場としながらセンターフォワードへの転向。そういった経歴もファン・ペルシーと被る。
結局アーセナルがどの程度本気でヨヴェティッチ獲得に動いたかは定かではないが、フィオレンティーナの態度硬化でこの話は立ち消えとなった。
次に噂が上がったのはレアル・マドリーのゴンザロ・イグアイン。
さすがにチャンピオンズリーグの出場権を獲得すると狙う選手のグレードが上がる。
レアル・マドリーでリーグ出場191試合でのゴール数は107。スターティングの座を保証されていない状況でのこの成績は誰もが認める「ワールドクラス」である。
マドリーでカリム・ベンゼマの控えという立場に嫌気を差しての移籍志願。イグアイン本人もアーセナルへの移籍について満更でもない様子であり、アーセナルの「ビッグサマー」の第一弾候補の最右翼としてメディアの報道は加熱した。
The SUNやらDaily starなどのお決まりの報道機関に加え、Daily Telegraph、Guardianなどの高級紙でも連日のように
「イグアインと個人合意」
「£23mでマドリーとのクラブ間合意間近」
と報道され、イグアイン本人からもアーセナル移籍を望む声が上がるなど、アーセナルのイグアイン加入は時間の問題であるかに見られた。
ところが状況は一転。アーセナルの上限設定£23mに対し、レアル・マドリーがイグアインの移籍金を譲歩せず。カバーニ資金を得たナポリが37mユーロ(およそ£32m)を投入し、イグアイン獲得を決めた。
ナポリのイグアイン獲得から時を少しさかのぼること数日。複数メディアに「アーセナルがリヴァプールのルイス・スアレス獲得に動く」という内容の記事が出始めた。
ルイス・スアレスは昨シーズン23ゴールでプレミアリーグ得点ランキング2位となったリヴァプールのエースストライカーで、押しも押されぬ「ワールドクラス」である。
この26歳のウルグアイ人フォワードは移籍市場開いて間も無くの頃、
「レアル・マドリーにNOとは言えない」
「英国メディアにうんざり」
と移籍願望をほのめかしたものの、移籍するならば国外移籍が濃厚とみられていた。
これらの経緯もあり、当初のアーセナルからのスアレス獲得オファーは、イグアインの移籍金について歩み寄らないマドリー側への牽制との予想が多かった。
事実、アーセナルからリヴァプールへの最初のオファーは£30m(リバプール側は即座にこれを拒否)であり、スアレス獲得の本気度は低いとみられていた。
ところが、アーセナルはイグアインへの新たなオファーを全く考慮せず、なんとスアレス獲得へ向けて£40m+1の正式オファーを出す。
どうやらスアレスの代理人が「£40mを超えるオファーでリヴァプールとの契約を解除する条項が存在する」という話をアーセナル側にリークしたらしい。
このリークに乗じる形ではあるが、アーセナルは今までのクラブレコードである£15m(2009年のアンドレイ・アルシャビン獲得)の3倍近くとなるオファーを正式に送ったのだ。
この話は当初は信じられないものだった。何しろ今までのアーセナルは非常に低く設定された「適正価格」を下回る額でしか選手補強に動かず、事実イグアイン獲得には£30mどころか£25mすら渋った経緯があったからである。
イグアインには投入を渋った£25mを大幅に上回る£40mというオファーをスアレスに対しては躊躇無く提示する。
筆者には正にこの点に「今夏のベンゲルの意図」が見てとれた。
イグアインとスアレス、評価の分かれ目からわかること
イグアインとスアレス。確かに、スアレスにはプレミアリーグでの圧倒的な実績があり、国内のライバルからの引き抜きとあればイグアインよりも多くの資金を費やす必要がある。
だが、イグアインもマドリーに在籍した6年半で109ゴールを決めており、
得点の「決定力」の一点のみにおいてはスアレスに匹敵する能力がある。
現代のストライカーには昔よりも総合的な能力が求められるとは言え、1トップを任せるストライカーにとって最も重要な能力は「決定力」である。ストライカーに一番必要な「決定力」においては、多少の差があったとしてもイグアインとスアレスの間に£15m以上の差があるとは到底思えない。
では、何故ベンゲルはイグアインに対して出せない大金をスアレスに対しては気前良く提示したのだろうか?答えは一つである。
それは、ベンゲルが最初から今夏の大物獲得においてのプライオリティ(優先すること)を
「決定力に置いていなかった」
ということである。
スアレスとイグアイン。共にワールドクラスのストライカーであるが、
1人で状況を打開して決定的なチャンスメイクができるかどうか、
と言う点に決定的な差がある。
イグアインという選手は、供給されるパスを高い確率でゴールに持ち込む「決定力」が評価されている選手である。逆に言えば良質なパスが供給されない状況では、1人で状況を打開して決定的な「チャンスメイク」が出来るような選手ではない。
一方で、スアレスは
1人で決定的な「チャンスメイク」が出来る選手だ。
昨季のリヴァプールのリーグ順位は7位。スアレスはチームの攻め手が無い中で、単独での突破と創造的なパスで幾度となくチームを「1人で何とかしてきた」の実績がある。
ベンゲルはこの「チャンスメイク」の部分に£15m以上の価値があると判断し、高いプライオリティを置いたのである。
スアレス獲得失敗、明確になってきた補強のプライオリティ
ここまでイグアインとスアレスをめぐるベンゲルの意図を考察したが、話を戻すことにする。
スアレスの代理人がリークしたとされる
「£40mを超えるオファーでリヴァプールとの契約解除する条項が存在する」
という情報は結局グレーゾーンのまま適用されることなく、リヴァプールの必死の抵抗によりアーセナルのルイス・スアレス獲得は失敗に終わる。スアレス自身は「チャンピオンズリーグ出場」を強く望んだが、リヴァプールとの関係悪化を恐れて契約解除の解釈について争うことはせず、残留を決断した。
当初、スアレス獲得は1トップの「ストライカー」の補強として考えられていた。今でもそういった意見が大多数だろう。
だが筆者はスアレスとイグアインに対するオファー額の違い、すなわち求められる能力の違いから
実はスアレスはトップ下の選手として獲得に動いたのではないか?と感じた。
実際にスアレスは昨シーズンの後半戦、トップ下のポジションで起用されることも多く、その適正の高さは既に証明済みである。
ベンゲルが高いプライオリティを置いている(と考えられる)「チャンスメイク」に焦点を定めるとすると、ベンゲルがビッグネームの補強ポジションとして
「トップ下」
に「ストライカー」よりも高いプライオリティを置いていたと考えるのが自然である。
そもそもベンゲルは今夏幾度となくスーパークオリティの加入を示唆するも、
そのスーパークオリティが
「ストライカー」であると明言した事は一度も無い。
ともすれば、イグアインへのオファーはどうしても加えたいスーパークオリティの獲得と言うよりも、マドリーの放出候補として値段が下がっていったからオファーを出したに過ぎない、例年のアーセナルの補強プランそのもの。つまり、移籍金が高騰すればあっさりと手を引く類の補強プランであった。
一方のスアレスへのオファーは補強資金の大部分をつぎ込むに値するビッグオファーであり、ベンゲルの言うところの
「1人、2人のスーパークオリティの獲得」
に該当し、上限はあれど適正価格以上を出すことも厭わないターゲットだった。
このように考えると、一連の移籍市場でのアーセナルの意図と動きがシンプルに説明出来る。
全く読めなくなったターゲット、狙うはマドリーの玉突き移籍か?
スアレスの話が立ち消えると共に、アーセナルがターゲットとするビッグネームが誰なのか全くと言っていいほどわからなくなった。
その間、出場機会を求めて移籍を志願したバイエルン・ミュンヘンのルイス・グスタヴォをアーセナルが獲得に動くという話も出たが、結局アーセナルはグスタヴォ獲得には動かず。8/29にフリートランスファーでマテュー・フラミニを獲得した。
£18m程度で獲得可能と見られたグスタヴォにオファーを出さなかったのは、やはり彼も決定的な「チャンスメイク」が出来るようなスーパークオリティでは無かったということである。グスタヴォに資金を投じるよりも、コンディションが良好で数週間前から練習参加していたフリーのフラミニの獲得の方がよりフィットしやすくリスクが少ない。
「チャンスメイク」の出来るスーパークオリティ獲得に資金を集中するというクラブとベンゲルの意図は全くブレていないことが、ここで見てとれる。
だが、肝心のスーパークオリティが誰なのかが全くわからない。
フラミニ獲得からさかのぼること一週間。8/21にアーセナルはチャンピオンズリーグ予備選でフェネルバフチェをアウェイで0-3で下し、チャンピオンズリーグ出場権をほぼ手中に収めた。この頃からアーセナルの大物獲得の噂が再浮上する。
移籍市場クローズまで後2週間というところで
「アーセナルがマドリーのカリム・ベンゼマとアンヘル・ディマリア獲得を狙う」
という情報がBBCで報じられた。マドリーはトッテナムからギャレス・ベイルを獲得する見込みとなっており、その移籍金はなんと£85.3m。フットボール市場最高額を要するこの移籍を実現させるために、マドリーは補填で余剰戦力となる攻撃的選手の売却を検討しているというものだ。
翌週にはMirrorでベンゼマ、ディ・マリアに加えてエジルへのオファーを検討と報じられる。しかし、マドリーの中でも1ランク高い選手であるエジルの獲得は実現不可能に等しく、情報源がMirrorということも相まって噂に過ぎないものと誰もが思った。
ベイルの移籍、そしてエジル獲得へ
迎えた移籍市場の最終日。レアル・マドリーがベイル獲得を正式に発表。ここからアーセナル最終日のビッグサマーが始まる。
まず、かねてから噂になっていたゴールキーパー、ヴィヴィアーノのレンタルでの獲得を発表する。
そして最終日にして、エジル獲得の交渉を行なっていることをBBCが報じる。筆者の予想では、ベイル獲得で玉突き移籍があるとすればディ・マリア。現実的に獲得できる可能性があり、ベンゲルが高いプライオリティを置く「チャンスメイク」という点でも補強ポイントと合致するディ・マリアの獲得に全力を注ぐと思っていたので、これは予想外だった。
マルカでの報道は二転三転するも、結局各紙がエジル獲得で合意間近と報じる。
そしてBBCでアーセナルが£42.4mでエジル獲得と報道され、アーセナルは最終日でビッグサマーを実現させた。
総括
ベンゲルが高いプライオリティを置く
「チャンスメイク」
の部分で世界一と言っても過言ではないほどの選手を獲得した。
ベンゲルのプランAがスアレスであったことはこれまでの経緯から間違い無い。
スアレス獲得に失敗した時、大方の予想は代わりとなる大物ストライカーの獲得であったが、
パニックバイは行わないとしてベンゲルが最優先のプライオリティが「チャンスメイク」であることを見失わず、最終日の玉突き移籍に備えたことが功を奏した。
補強の必要性が高かった守備的ミッドフィールダーのポジションにはフラミニを獲得。
フリートランスファーでのピンポイント補強は間接的に「チャンスメイク」のスーパークオリティ獲得につながった。
・「チャンスメイクの出来るスーパークオリティ」
・「守備的ミッドフィールダー」
という2つのポジションの補強成功は、ベンゲルが今夏の移籍市場で一貫性を示した賜物と言えるだろう。
一つ懸念があるとすればセンターフォワード。「ストライカー」のポジションである。
「大物ストライカー」が必ずしも今夏の優先的な補強箇所で無いことは既に述べた。
だが、オリヴィエ・ジルーの他にニクラス・ベントナー、ヤヤ・サノゴしかいないこのポジションは非常に心もとなく、1シーズンを戦いぬくには不足感は拭えない。
長々と書いてきたが、今夏の補強を当ブログでは
「最優先のプライオリティを置いた「チャンスメイク」の部分に大物を獲得したことは「大物ストライカー」の獲得よりも重要であり、クラブ史上最高額でのメスト・エジル獲得には諸手を上げて賞賛する。」
「懸案事項の守備的ミッドフィールダーにはフィットする可能性が高いマテュー・フラミニを低コストで獲得したことでスカッドに厚みを持たせることに成功した。さらに不足感のあったゴールキーパーにも経験のある実力者を獲得できたことは+αとなりうる。」
「補強は概ね当初のプラン通りあるいはそれ以上だったが、ストライカーのポジションにのみ不足感が残ってしまった」
と総括させていただく。
エジルが加わったアーセナルの今後の健闘に期待するとともに、今冬、来夏の「ストライカー獲得」に注目して行きたいと思う。
イヴァン・ガジディスCEOの大胆発言から始まったアーセナルの移籍市場。
開幕前にヤヤ・サノゴ、移籍市場クローズの一週間前にマテュー・フラミニを獲得したものの、両選手は契約満了を利用したフリートランスファー。移籍市場最終日まで投資した金額はなんと0ポンドで、8月のアーセナルはビッグサマーには程遠い状態だった。
こうした状況の中、アーセナルは大型補強を行ったトッテナムとのノースロンドンダービーを制す。
復帰したフラミニが、セスク・ファブレガスと共に輝きを放ったかつての姿を彷彿とさせる活躍でチームを牽引した。
翌最終日にはパレルモからGKのエミリアーノ・ヴィヴィアーノ、そしてレアル・マドリーからなんとあのメスト・エジルを獲得した。
メスト・エジル…強豪ドイツ代表の主力選手にして不動のトップ下。
3年間所属したレアル・マドリーでは背番号10を背負い公式戦159試合で27ゴール、アシストは71。
そんな誰もが認める「世界最高のMF」エジルの獲得には従来のクラブレコードを2倍以上更新する£42.4mという破格の資金が投入され、アーセナルは最後の最後で「ビッグサマー」を実現させた。
歓喜のアーセナルサポーター、一方では…
アーセナル史上にも類をみないこの大型移籍にアーセナルサポーターは歓喜の声を上げている。
その一方で現地フォーラムなどでは
「なぜトップ下なのか?」
「他に必要なポジション(ストライカーや守備的な選手)があったのでは?」
「大物を連れてくることに意義がある」
といった意見がしばしば見受けられる。そこで今回は今夏のアーセン・ベンゲルの意図を客観的な事実から探って行く。もちろん筆者の独断と偏見によるものである。
移籍市場で注目された「大物ストライカー」
今夏のアーセナルでとにかく注目されたのは「大物ストライカーの獲得」である。
昨夏にファン・ペルシーを失い、後釜となるオリヴィエ・ジルーはプレミアリーグへの順応に苦しんだ。
補強に関する噂、関心は「大物ストライカー」を中心に回った。
夏の補強、まず噂に挙がったのはフィオレンティーナのステファン・ヨヴェティッチ。
モンテネグロの24歳の新進気鋭のこの選手には、今までいく度と無くアーセン・ベンゲルの関心が伝えられて来た。
ヨヴェティッチのポジションはセンターフォワード。いわゆる最前線のストライカーである。高い位置での正確なダイレクトプレーや下がりながらのゲームメイクはかつてのファン・ペルシーを彷彿とさせる。ストライカーとしては異色のスタイルであると言える。
それもそのはず、この選手の元々のポジションはトップ下である。
トップ下を主戦場としながらセンターフォワードへの転向。そういった経歴もファン・ペルシーと被る。
結局アーセナルがどの程度本気でヨヴェティッチ獲得に動いたかは定かではないが、フィオレンティーナの態度硬化でこの話は立ち消えとなった。
次に噂が上がったのはレアル・マドリーのゴンザロ・イグアイン。
さすがにチャンピオンズリーグの出場権を獲得すると狙う選手のグレードが上がる。
レアル・マドリーでリーグ出場191試合でのゴール数は107。スターティングの座を保証されていない状況でのこの成績は誰もが認める「ワールドクラス」である。
マドリーでカリム・ベンゼマの控えという立場に嫌気を差しての移籍志願。イグアイン本人もアーセナルへの移籍について満更でもない様子であり、アーセナルの「ビッグサマー」の第一弾候補の最右翼としてメディアの報道は加熱した。
The SUNやらDaily starなどのお決まりの報道機関に加え、Daily Telegraph、Guardianなどの高級紙でも連日のように
「イグアインと個人合意」
「£23mでマドリーとのクラブ間合意間近」
と報道され、イグアイン本人からもアーセナル移籍を望む声が上がるなど、アーセナルのイグアイン加入は時間の問題であるかに見られた。
ところが状況は一転。アーセナルの上限設定£23mに対し、レアル・マドリーがイグアインの移籍金を譲歩せず。カバーニ資金を得たナポリが37mユーロ(およそ£32m)を投入し、イグアイン獲得を決めた。
ナポリのイグアイン獲得から時を少しさかのぼること数日。複数メディアに「アーセナルがリヴァプールのルイス・スアレス獲得に動く」という内容の記事が出始めた。
ルイス・スアレスは昨シーズン23ゴールでプレミアリーグ得点ランキング2位となったリヴァプールのエースストライカーで、押しも押されぬ「ワールドクラス」である。
この26歳のウルグアイ人フォワードは移籍市場開いて間も無くの頃、
「レアル・マドリーにNOとは言えない」
「英国メディアにうんざり」
と移籍願望をほのめかしたものの、移籍するならば国外移籍が濃厚とみられていた。
これらの経緯もあり、当初のアーセナルからのスアレス獲得オファーは、イグアインの移籍金について歩み寄らないマドリー側への牽制との予想が多かった。
事実、アーセナルからリヴァプールへの最初のオファーは£30m(リバプール側は即座にこれを拒否)であり、スアレス獲得の本気度は低いとみられていた。
ところが、アーセナルはイグアインへの新たなオファーを全く考慮せず、なんとスアレス獲得へ向けて£40m+1の正式オファーを出す。
どうやらスアレスの代理人が「£40mを超えるオファーでリヴァプールとの契約を解除する条項が存在する」という話をアーセナル側にリークしたらしい。
このリークに乗じる形ではあるが、アーセナルは今までのクラブレコードである£15m(2009年のアンドレイ・アルシャビン獲得)の3倍近くとなるオファーを正式に送ったのだ。
この話は当初は信じられないものだった。何しろ今までのアーセナルは非常に低く設定された「適正価格」を下回る額でしか選手補強に動かず、事実イグアイン獲得には£30mどころか£25mすら渋った経緯があったからである。
イグアインには投入を渋った£25mを大幅に上回る£40mというオファーをスアレスに対しては躊躇無く提示する。
筆者には正にこの点に「今夏のベンゲルの意図」が見てとれた。
イグアインとスアレス、評価の分かれ目からわかること
イグアインとスアレス。確かに、スアレスにはプレミアリーグでの圧倒的な実績があり、国内のライバルからの引き抜きとあればイグアインよりも多くの資金を費やす必要がある。
だが、イグアインもマドリーに在籍した6年半で109ゴールを決めており、
得点の「決定力」の一点のみにおいてはスアレスに匹敵する能力がある。
現代のストライカーには昔よりも総合的な能力が求められるとは言え、1トップを任せるストライカーにとって最も重要な能力は「決定力」である。ストライカーに一番必要な「決定力」においては、多少の差があったとしてもイグアインとスアレスの間に£15m以上の差があるとは到底思えない。
では、何故ベンゲルはイグアインに対して出せない大金をスアレスに対しては気前良く提示したのだろうか?答えは一つである。
それは、ベンゲルが最初から今夏の大物獲得においてのプライオリティ(優先すること)を
「決定力に置いていなかった」
ということである。
スアレスとイグアイン。共にワールドクラスのストライカーであるが、
1人で状況を打開して決定的なチャンスメイクができるかどうか、
と言う点に決定的な差がある。
イグアインという選手は、供給されるパスを高い確率でゴールに持ち込む「決定力」が評価されている選手である。逆に言えば良質なパスが供給されない状況では、1人で状況を打開して決定的な「チャンスメイク」が出来るような選手ではない。
一方で、スアレスは
1人で決定的な「チャンスメイク」が出来る選手だ。
昨季のリヴァプールのリーグ順位は7位。スアレスはチームの攻め手が無い中で、単独での突破と創造的なパスで幾度となくチームを「1人で何とかしてきた」の実績がある。
ベンゲルはこの「チャンスメイク」の部分に£15m以上の価値があると判断し、高いプライオリティを置いたのである。
スアレス獲得失敗、明確になってきた補強のプライオリティ
ここまでイグアインとスアレスをめぐるベンゲルの意図を考察したが、話を戻すことにする。
スアレスの代理人がリークしたとされる
「£40mを超えるオファーでリヴァプールとの契約解除する条項が存在する」
という情報は結局グレーゾーンのまま適用されることなく、リヴァプールの必死の抵抗によりアーセナルのルイス・スアレス獲得は失敗に終わる。スアレス自身は「チャンピオンズリーグ出場」を強く望んだが、リヴァプールとの関係悪化を恐れて契約解除の解釈について争うことはせず、残留を決断した。
当初、スアレス獲得は1トップの「ストライカー」の補強として考えられていた。今でもそういった意見が大多数だろう。
だが筆者はスアレスとイグアインに対するオファー額の違い、すなわち求められる能力の違いから
実はスアレスはトップ下の選手として獲得に動いたのではないか?と感じた。
実際にスアレスは昨シーズンの後半戦、トップ下のポジションで起用されることも多く、その適正の高さは既に証明済みである。
ベンゲルが高いプライオリティを置いている(と考えられる)「チャンスメイク」に焦点を定めるとすると、ベンゲルがビッグネームの補強ポジションとして
「トップ下」
に「ストライカー」よりも高いプライオリティを置いていたと考えるのが自然である。
そもそもベンゲルは今夏幾度となくスーパークオリティの加入を示唆するも、
そのスーパークオリティが
「ストライカー」であると明言した事は一度も無い。
ともすれば、イグアインへのオファーはどうしても加えたいスーパークオリティの獲得と言うよりも、マドリーの放出候補として値段が下がっていったからオファーを出したに過ぎない、例年のアーセナルの補強プランそのもの。つまり、移籍金が高騰すればあっさりと手を引く類の補強プランであった。
一方のスアレスへのオファーは補強資金の大部分をつぎ込むに値するビッグオファーであり、ベンゲルの言うところの
「1人、2人のスーパークオリティの獲得」
に該当し、上限はあれど適正価格以上を出すことも厭わないターゲットだった。
このように考えると、一連の移籍市場でのアーセナルの意図と動きがシンプルに説明出来る。
全く読めなくなったターゲット、狙うはマドリーの玉突き移籍か?
スアレスの話が立ち消えると共に、アーセナルがターゲットとするビッグネームが誰なのか全くと言っていいほどわからなくなった。
その間、出場機会を求めて移籍を志願したバイエルン・ミュンヘンのルイス・グスタヴォをアーセナルが獲得に動くという話も出たが、結局アーセナルはグスタヴォ獲得には動かず。8/29にフリートランスファーでマテュー・フラミニを獲得した。
£18m程度で獲得可能と見られたグスタヴォにオファーを出さなかったのは、やはり彼も決定的な「チャンスメイク」が出来るようなスーパークオリティでは無かったということである。グスタヴォに資金を投じるよりも、コンディションが良好で数週間前から練習参加していたフリーのフラミニの獲得の方がよりフィットしやすくリスクが少ない。
「チャンスメイク」の出来るスーパークオリティ獲得に資金を集中するというクラブとベンゲルの意図は全くブレていないことが、ここで見てとれる。
だが、肝心のスーパークオリティが誰なのかが全くわからない。
フラミニ獲得からさかのぼること一週間。8/21にアーセナルはチャンピオンズリーグ予備選でフェネルバフチェをアウェイで0-3で下し、チャンピオンズリーグ出場権をほぼ手中に収めた。この頃からアーセナルの大物獲得の噂が再浮上する。
移籍市場クローズまで後2週間というところで
「アーセナルがマドリーのカリム・ベンゼマとアンヘル・ディマリア獲得を狙う」
という情報がBBCで報じられた。マドリーはトッテナムからギャレス・ベイルを獲得する見込みとなっており、その移籍金はなんと£85.3m。フットボール市場最高額を要するこの移籍を実現させるために、マドリーは補填で余剰戦力となる攻撃的選手の売却を検討しているというものだ。
翌週にはMirrorでベンゼマ、ディ・マリアに加えてエジルへのオファーを検討と報じられる。しかし、マドリーの中でも1ランク高い選手であるエジルの獲得は実現不可能に等しく、情報源がMirrorということも相まって噂に過ぎないものと誰もが思った。
ベイルの移籍、そしてエジル獲得へ
迎えた移籍市場の最終日。レアル・マドリーがベイル獲得を正式に発表。ここからアーセナル最終日のビッグサマーが始まる。
まず、かねてから噂になっていたゴールキーパー、ヴィヴィアーノのレンタルでの獲得を発表する。
そして最終日にして、エジル獲得の交渉を行なっていることをBBCが報じる。筆者の予想では、ベイル獲得で玉突き移籍があるとすればディ・マリア。現実的に獲得できる可能性があり、ベンゲルが高いプライオリティを置く「チャンスメイク」という点でも補強ポイントと合致するディ・マリアの獲得に全力を注ぐと思っていたので、これは予想外だった。
マルカでの報道は二転三転するも、結局各紙がエジル獲得で合意間近と報じる。
そしてBBCでアーセナルが£42.4mでエジル獲得と報道され、アーセナルは最終日でビッグサマーを実現させた。
総括
ベンゲルが高いプライオリティを置く
「チャンスメイク」
の部分で世界一と言っても過言ではないほどの選手を獲得した。
ベンゲルのプランAがスアレスであったことはこれまでの経緯から間違い無い。
スアレス獲得に失敗した時、大方の予想は代わりとなる大物ストライカーの獲得であったが、
パニックバイは行わないとしてベンゲルが最優先のプライオリティが「チャンスメイク」であることを見失わず、最終日の玉突き移籍に備えたことが功を奏した。
補強の必要性が高かった守備的ミッドフィールダーのポジションにはフラミニを獲得。
フリートランスファーでのピンポイント補強は間接的に「チャンスメイク」のスーパークオリティ獲得につながった。
・「チャンスメイクの出来るスーパークオリティ」
・「守備的ミッドフィールダー」
という2つのポジションの補強成功は、ベンゲルが今夏の移籍市場で一貫性を示した賜物と言えるだろう。
一つ懸念があるとすればセンターフォワード。「ストライカー」のポジションである。
「大物ストライカー」が必ずしも今夏の優先的な補強箇所で無いことは既に述べた。
だが、オリヴィエ・ジルーの他にニクラス・ベントナー、ヤヤ・サノゴしかいないこのポジションは非常に心もとなく、1シーズンを戦いぬくには不足感は拭えない。
長々と書いてきたが、今夏の補強を当ブログでは
「最優先のプライオリティを置いた「チャンスメイク」の部分に大物を獲得したことは「大物ストライカー」の獲得よりも重要であり、クラブ史上最高額でのメスト・エジル獲得には諸手を上げて賞賛する。」
「懸案事項の守備的ミッドフィールダーにはフィットする可能性が高いマテュー・フラミニを低コストで獲得したことでスカッドに厚みを持たせることに成功した。さらに不足感のあったゴールキーパーにも経験のある実力者を獲得できたことは+αとなりうる。」
「補強は概ね当初のプラン通りあるいはそれ以上だったが、ストライカーのポジションにのみ不足感が残ってしまった」
と総括させていただく。
エジルが加わったアーセナルの今後の健闘に期待するとともに、今冬、来夏の「ストライカー獲得」に注目して行きたいと思う。
アーセナル(ベンゲル)のファンでもあります。
その行いからみれば、ベンゲルがスアレスを取りにいくというのは、理解しがたいことです。
ですが、彼が単なるアタッカーではではなく、チャンスを作り出すことのできる想像力のあるプレーヤーであることは、スアレスのプレーを見ていれば理解できることです。
その点で、他のリストにあがったストライカーと明らかに差がありました。
結局、実現はしませんでしたが、アーセナルのユニフォームを着たスアレス、スアレスが加わったアーセナルは見たかったですね。
スアレスは決定力だけでも並外れて凄いと思うんですが、手詰まりの状況でも1人で何とかしてしまう仕掛けや展開力には脱帽します。それでいてチームプレーの出来る選手。
素行は色々と取り沙汰されていましたが、それでも£40mのバイアウトの話が出たときは絶対に獲りに行くべき選手だと思いました。
ここ数年のボスのターゲットとは明らかに額の異なるオファーだったので本気度の高さが伺えたのですが、バイアウトの解釈がグレーゾーンだったのが本当に残念です。
私もアーセナルでのスアレス、熱望してました。