無限遠点のサブふぉるだぁ

実験的文芸サークル無限遠点の作業スペースです。

【イラスト】 ムラカミ・作 『テルアビブの空の下』 【三題噺(ばなし)・第三回】

2011-03-31 09:29:03 | 三題噺
 お題:【トンカツ定食】【テルアビブ】【パソコン】


 絵・ムラカミ


 


 発行サークル 無限遠点
 (サークルHP:http://mugenenten.web.fc2.com/
 初出 無限遠点HP内「特別企画」
 (第三回:トンカツ定食、テルアビブ、パソコン(ムラカミ作)2011/1/6

 現在HP内でも作品を発表中。

 次回、
 第十五回:お題【眼鏡】、【シベリア】、【絵本】
 2011/4/3公開予定

【小説】 平井十一・作 『輪ゴム占い』 【三題噺(ばなし)・第二回】

2011-03-24 02:12:23 | 三題噺
お題:【説明書】【バブル】【ミミズ腫れ】


 文・平井十一


 らりと晴れた寒そうな冬空が、紫外線をカットするフィルムを張られたガラス越しに、滑らかに広がって、
地上に群がる建物の輪郭を満遍なく照らしている。
 むき出しのコンクリートの床には、明らかに紛い物と分かるペルシア絨毯がしかれ、その真ん中に配置された
コタツの上には、安っぽいボール紙の箱が鎮座し、猫のマスコットがプリントされた布団に、少女と青年が
差し向かいでもぐり込み、箱の中身を挟んで凝視していた。
「ほら、説明書にも、そういう風に書いてますよ」
 色々な生地をつぎはぎしたカラフルな上着をはおり、愛嬌のある大きな目をクリクリと動かして、
青年が熱弁をふるう。ふわふわとした巻き毛が詩人のような繊細さと優美さを与えていたが、
全体に落ち着かない振る舞いが、全部を台無しにして、ピエロのような滑稽さに落ち着いている。
 対する少女は、冷凍光線のような視線をじっと寄越して、青年にプレッシャーをかけている。
ゴシック調に装飾された、レースまで黒い洋服に身を包み、まっすぐに伸ばした背中に、同じく濡れた
カラスのように真っ黒な髪の毛がさらりと落ちる少女の佇まいは、コタツという和の風情を力ずくで
ねじ伏せている。
 姫君と道化の図、と思って頂きたい。
「だから、こんなのデタラメよ」
 少女が、説明書と書かれた一枚の紙をぴらぴらと振りながら言う。
「バブル景気の秘密が、今、僕らの手の中にあるんですよ!」
 そして、興奮する青年の手に握られているのは、有り体に言えば、一本の輪ゴムだった。
 聞き分けのない子供を前にした大人が常に浮かべるような、微笑みと困惑を表情に見せ、
少女はひとつため息をつく。
「ミミズ腫れでお金持ちになれるなら、誰も苦労しないわ…」

 二人が、それを手に入れたのは、師走も終わりに差し掛かった平日の夕暮れ時。入手経路も
使用方法も怪しげなグッズを扱う露天商が立ち並ぶ、秋葉原の電気街裏通りを、年の瀬のあれこれの
準備がてら、連れだって散歩したときのことだった。官憲の接近に備え、文字通りいつでも店を畳んで
逃げられるように、一枚の敷物に商品を並べた、おそらく営業証も持たない、下手をすれば非合法な品物を
売りさばいている香具師の類。薄赤く染まった落日に照らされた一人の男が、二人に声をかけてきたのが
発端だった。
 ――これがあればね。お金持ちになれますよ――
 男の声は、不思議な磁力で青年の足を止め、少女が気づいたときには、食い入るように青年は男の話を
聴いていた。立て板に水で、商品の効能についてまくし立てる男の説明に、熱心に聞き入る青年を、
その場から引き剥がすことに失敗し、少女も不承不承、両手を組んで不機嫌の塊となって待つこと十分。
怪しい売人の常であるように、男は、商品の中身に触れることなく、夢とロマンに満ちた言葉で、青年の
欲望という暖炉に藁を積み、手際よく燃え上がらせていった。曰く、自分はバブルの時にこれを使って
儲けた金でマンションを買っただとか、曰く、その余った購入資金で、2台持っているベンツに、
フェラーリを買い足したとか。そういう胡散臭い話である。ようやく長いセールストークが終わり、
濃度を高めた夕闇に溶けるように男が姿を消したときには、購買意欲を燃え上がらせた青年の手に、
怪しげなボール紙の箱があった。あきれ顔の少女と、浮かれた足取りの青年が、本来の買い物を済ませて、
部屋に戻り、コタツの上で箱を開けたところ、中から出てきたのが、一本の輪ゴムと、説明書と書かれた
一枚の紙切れだった。
 説明書の出だしの部分には、次のように書かれていた。
『これは中世イタリアにおいて星占術の粋を極めたとされる魔術師テラリッパ・アリガタヤが伝えた
秘法を、その五代目の子孫である、ソラリッパ・アリガタヤが現代の経済システムとの関連に着目し、
円環護謨の法として再構築したものである』
 以降も、要領を得ない説明が続くのだが、要約すれば、卜占術の秘法よりは子供のおまじないに近い、
『輪ゴム占い』とでも言うべき内容が記されていた。具体的な占いの手順についても、詳しく書かれている。
『円環護謨を生命と運命の中心であるところの額にあてがい、必中の念を持って引き絞り放てば、
汝の求める波の姿が、深淵の鏡面たる水面に浮き上がるであろう』
 つまり、この輪ゴムで額をぴしりと叩けば、その浮かんだミミズ腫れの形で、注目している株式相場の
変動が予想できるということらしい。解説は、その後も延々と続いており、腫れ跡の形をどう読み解くか、
額以外の場所で使用した場合に何が起きるか、など、諸々の委細詳細が、わずか一枚の便せん用紙に
びっしりと書き記されていた。
「きもい」
 容赦ない言葉にも、青年はめげる様子を見せない。
「この説明を読んだ今、僕には、一層、あの男の言うことが本当だと思えるのです」
 それどころか、いっそう目をきらきらさせて力説してみせる。
「なんでよ?」
 冷蔵庫の奥で賞味期限の切れた食品を見つけてしまったときのような、嫌な予感しかしないという
少女の表情に構わず、青年は続ける。
「あの男の顔、見ましたよね?」
 なけなしの財布の中身と引き替えに、青年が男から商品を受け取ったときだった。太陽が完全に沈み、
今まで落日を背負った逆光で良くは見えなかった男の顔が、入れ替わりに灯り始めた街灯に照らされて
浮かび上がった。少しくたびれてはいるが仕立ての良いスーツに身を固め、にこやかな笑みを顔いっぱいの
皺に刻み込んだ装いは、証券マンか事業家のようでもあったが、男の顔に備わった一つの特徴がその努力を
裏切って、二人の記憶に刻まれた。男の顔面には、無数のミミズが縦横にのたくっていた。皮膚の表面が
筋状に隆起しており、いくつもの刃傷沙汰の痕跡を訴えていた。人を外見で判断するのは、見識の狭量を
示すものだが、この場合、まさにいかがわしい商売の現場で、外見と行為が一致しており、誤解の余地は
なかったと言える。
「あの凶悪な人相……、どう見てもその筋の人じゃない。それに、絶対に儲かる方法というのがあるなら、
自分で使って儲ければいいのよ。それを人に売りつけようとしている時点で、すでにいかがわしさ満点だわ」
 少女の正論に、青年はしたり顔で答える。
「それですよ。僕が、逆にあの男を信用する理由は。あの顔の傷。あれがあるから、彼自身では、
この方法を実践できなかったんです。だって、あれじゃ、ミミズ腫れなんて作る余地ないですからね。
だから、せめてその方法を売って儲けることにしたんですよ」
 青年の言い分には一理あるが、だからといって、それがインチキでない理由にはならない。そのことを
少女はどうやって説明しようかと、思案して黙り込む。
「…」
 沈黙を、自分の説に納得したと解釈したのか、青年は、柔らかい前髪をさっとかき上げて、形の良い額を
突き出す。
「さあ、それで思いっきり僕をぶって下さい」
 餌をねだる子犬のように全身で甘えた感情を表現する様子を見て、少女のきゃしゃな肩がふるふると震え、
細い糸がぷつりと切れる音がした。
「黙れ。変態」

 80年代後半から、90年代初頭にかけて起きた一連の出来事に、人はいろいろ解釈を施し、説明や但し書きを
つけた。バブルという名前そのものもその一つと言える。地に足の着かない、夢ともなんとも形容のしようの
ない価値観で一色に染め上がった狂騒の時代。それを砂上楼閣よりもさらにはかない、泡沫の意味を横文字で
表現してみせたのは、卓見と言う他ない。ただ、そう呼ばれたのも、後の世になってからで、その当時を
生きていた人間には、そんな自覚はなかったに違いない。歴史は常に振り返りにおいて語られる。バブルという
名前も、あの時代の記憶と記録を持て余さないよう、後の時代の人々が、付け足していった説明書きに過ぎない。
そうしてみれば、二人が手にした、この怪しげな占いの道具に添えられた説明書きについても、後になって
その真意が了解される日が来ないとも限らないのではなかろうか。

【了】

【追記】後日、二人が街頭に男の傷だらけの頭を探しても、どこにも見当たらなかった。どこか別の街で、
過ぎた栄華の時代についての幻想を、架空の説明書を、一山の夢やロマンと一緒にばらまいているのかも
知れない。


 発行サークル 無限遠点
 (サークルHP:http://mugenenten.web.fc2.com/
 初出 無限遠点HP内「特別企画」
第二回:説明書、バブル、ミミズ腫れ(平井作)2010/12/26

 現在HP内でも作品を発表中。

 次回、
 第十四回:お題【シロシビン】、【エビ】、【アスファルト】
 2011/3/27公開予定

【小説】 ピタジマ・作 『UFO山にて』 【三題噺(ばなし)・第一回】

2011-03-16 22:25:46 | 三題噺
 お題:【通信】【浮き輪】【カラス】


 文・ピタジマ
 絵・ムラカミ
 
 
  


 P県Q市から遥か南に位置するR山。
 この山では昔からUFO目撃譚が後を絶たない、とか。
「こんにゃ近くに、しょんな有名スポットがあっだにゃんて知らにゃかったにょっ!
にゃのに、にゃのにっ! あたしたち、P高オカルト研究会が行ってにゃいにゃんて!
むしろ、こにょ事態がオカルトにゅっ! これは是非行かにゃければいけないにょっ!」
という会長の鶴の一声によって、僕たち会員一同は、電車とバスを乗り継ぎ、この山へと
やって来た。
 結果、紅葉狩りには時期が遅く、僕たちの家からでは到着時間が遅く、見事なまでに
タイミングを逸した散策になっていた。
 今来たばかりだというのに、総勢五人からなる一行のうち、元気なのは既に会長ただ一人。
 傾きつつある太陽のなか、カラスの鳴き声がもの寂しい……。
 と、まぁ、そんなときだった。
 僕が「それ」を見つけたのは。
 それは、ふにゃふにゃとしたゴム製品で……。
「何にゃりか、そりはぁ?」と、目ざとい会長が僕の足元を覗きこんでくる。
「どうやら、空気の入っていない浮き輪のようですね」と僕。
「浮き輪? なじぇに、しょんにゃものがこんな場所にぃ?」
 至極当然な疑問だった。山奥の奥も奥で、地図上にも、来た道すがらにも、当然海もなければ、
川も池も湖も、沼ですらも無かったのだから。
 どうしようもなく、この場所に不釣り合いな代物だった。
「と、にゃると、考えられるのはっ……」
「……」
「宇宙人の落し物にゃろうか?」
 会長の発言にずっこける僕、と会員一同。
 でも……。
 ちらりと他の仲間たちの顔をうかがったつもりだったが、思いは皆同じだったようで、
四人の目が一斉にあう。
(ここはとりあえず――)
(そういうことにしておきませんか?)
(……禿同)
(このままでは遭難しかねん!)
(もう帰ろう)
(ですね)
(……禿同)
(それが良かろう!)と、アイコンタクトで会話。
「「「「「あの……」」」」」
 ……。
 ……。 
 うん?
 かぎかっこが五つ?
 僕らが口を開いたのと同時に、後方から声が聞こえてきた。
 女性の声だ。でも研究会に女性会員はいない。
 会長は生物学上の定義が女性というだけの、別の何かだから。
 逢魔が時ではあるがまさか幽霊でもあるまい、なんて思つつ振り返ると、声の主は僕らと
同じくらいの年格好の女の子だった。
 どうやら、この辺りに住んでいる子なのだろう。
 どことなく僕たちとは雰囲気の異なる、素朴なたたずまいだ。
「それ、私のモノなんです。大事なモノで、ずっと探していたんです」
 地面の浮き輪を指差す。
「ああ、そうだったにゃりかっ。宇宙人の落し物にゃんじゃにゃいかにゃんて言いだす
バカな会員が出てきたところだったんで、グッドにゃタイミングでにょ登場にゃりよっ」
「……」
 調子の良いことを言いながら、会長が浮き輪を拾い上げる。
「ありがとうございます」
「いにゃいにゃ、でもこんにゃ場所にぃ浮き輪を落とすとは、一体どのようにゃ経緯にゃっ?」
「この地方に住まない方々には信じられないかもしれませんが、実はこれ浮き輪ではなく、
通信装置なのです」
「……通信装置にゃっ?」
「はい。私達の住んでいる集落と、この山の向こうにある集落とを繋ぐ伝書鳩のような
ものなのです」
「伝書鳩にゃりかっ。……どう見ても、ただにょ浮き輪にぃしか見えにゃいにゃ……」
「いえ。実際、浮き輪の中に、ヘリウムをつめて飛ばしているだけなので、ただの浮き輪と
言えばただの浮き輪なんですが」
「でも、そんにゃもので、目的地へちゃんと到着するにゃりかっ?」
「はい。飛ばす時間帯さえ間違えなければ、風が運んでくれます」
「うにゅにゅ。……もしかして、風船ではにゃく、浮き輪を使っているにょはっ?」
「はい。この形状が一番良いみたいなんです」
「でも、何でこんにゃ風任せにゃ方法にぃ頼るにゃりか? 普通にぃ伝書鳩とかじゃ
駄目にゃりかっ? それに今の時代にゃら、普通にぃ電話にゃどでも連絡はとれそうにゃ
ものにゃりんっ?」
「いえいえ、勿論電話はあります。ただ、これは交換日記のようなもので、遊び、と言うか……」
 彼女が頬を赤らめたように見えた。
 ……多分、通信の機能性とか確実性とかそういうものではなく、この形式が重要なのだろう。
恋人同士の秘密の遊びと言うか……。
「それと、この辺りは鳶やカラスが多く、伝書鳩は格好の獲物にされてしまうので。といっても、
この浮き輪もどうやらカラスにやられたようなんですけど」
 といって、浮き輪の表面を見せてくれる。確かに、ゴムにぱっかりと穴が開いている。
「……」
 その後、彼女はもう一度僕たちに礼を言い、去っていった。
「にゃるほどにゃんっ。恐らくあれが目撃されていたUFOの正体にぃ違いにゃいにゃんっ!」
 得意満面の顔で語る会長と、うんうんと首肯する会員たち。
「にゃらば、UFOの謎も解けたようにゃし、下山するにゃりんっ!」
 これまた大きく縦に首肯してみせる会員たち。
 その中で、ひとり浮かない顔をした僕を見つける会長。
 あいかわらず目ざとい人だ、この人は。
「どうしたにゃんっ?」
「いえ、あのUFOじゃなくて、残念だなって……」
「まあにゃんっ。でも今日みたいにゃことを続けていれば、いつの日にぃか本物のUFOににゃって
あえるにゃりんよっ」
「……ですね」
 会長に話を合わせて、帰途へとつく。
 皆、行きの雰囲気とはうってかわってご機嫌だ。目ではあんなことを言ってはいたけれども、
一応の成果が得られたことには、それなりに満足しているのだろう。
 ただ、僕はぼんやりと考えていた。
 通信といっていたが、浮き輪は何を運んでいたのだろうか、と。
 浮き輪は、通信途中に行方をくらませたに違いないのに……。
 彼女が浮き輪を見せてくれた時、特に手紙のようなものは結び付けられていなかったし、
彼女もそれが無いことを不安に思っている様子もなかった。
 だから、あの浮き輪は手紙を運ぶための装置ではなかったということになる。
 では、直接浮き輪に文字が書かれていたかというと、それも見えなかった。
 そこには、楔形の文様なモノの羅列があっただけで。
 昔、宇宙人に関する本の中で見た、シュメール語のような楔形文字が……。
「やっぱり、うかにゃい顔にゃんっ?」
「いえ、実は……」
「にゃにを考えているのかは知らにゃいけれど、皆この山から帰れることをホントにぃ喜んで
いるみたいにゃっ。とりあえずしょんなことは気にしにゃくても、良いんじゃにゃいにゃろか?」
 軽口風にそんなことを言いながら、会長の目は別のことを訴えていた。
(もし考えが当っていたとしたにゃら、ここはまだ彼らのテリトリーの中にゃりんっ)
 アイコンタクトは、僕らオカルト研究会員の十八番だ。
 そうだ。この人は誰よりも目ざとい人なのだ。
 それに誰よりもUFO研究に熱心な人なのだ。
 あれに気づいてないはずがなかったのだ……。
「さっ、気をとりなおして帰るにゃりんっ!」
 僕たちは、何事に出会う事もないまま、無事に山を降りた。

                            【了】


 発行サークル 無限遠点
 (サークルHP:http://mugenenten.web.fc2.com/

 現在HP内でも作品を発表中。

 次回、
 第十三回:お題【センチメンタル】、【民俗学】、【羅生門】
 2011/3/20公開予定

このたびの震災により被災されました皆様に対しまして、サークルメンバー一同謹んでお見舞い申し上げます。

2011-03-16 22:08:35 | お知らせ
 
まず最初に、
 このたびの震災により被災されました皆様に対しまして、
 サークルメンバー一同、謹んでお見舞い申し上げます。

 まだ事態が終息していない現状におきまして、
 軽々と口にしてよい言葉ではないかもしれませんが、
 一刻でも早い日常への回復を願い、努めていければと考えています。