無限遠点のサブふぉるだぁ

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【創作小説】 「マルチーズ、走る」(ピタジマテツエイ・著) 【第1回】

2009-12-11 00:30:43 | 創作小説「マルチーズ、走る」
 チクタク、チクタク。

 チクタク、チクタク。

 チクタク、体の中で音がする。

 これが本当の体内時計だ。

――なんつって、ははっ。

笑えねェ。



最初に音に気が付いたのは女だった。

自分の心臓の鼓動や消化器の働く音が、自分で聞こえないのと一緒だ。

事を終えた後、胸にしなだれかかって女がひと言。

あんたの心臓の音って時計みたいにカチカチいうのね。

いわねぇよ。つーか知らねぇよ。

とにかく眠たかったし、そんな戯言には普段から耳を貸さない。

特に情を交わし終えたばかりの商売女の言葉だ。

それはリップサービスと考えて間違いない。

無視だ。

煙草を口に加えて、枕元にライターを探す。

意識して置いたつもりは無くても、大体ここにあるのだが。

手で探りながら、記憶も探る。

元からチリチリだった毛が、更に縮れていく様が頭を過ぎる。

棒も玉も焼けてしまった憐れなプードルの泣き顔が蘇る。

誰か何か持ってないか、とブルドッグに言われてポケットにあったライターを手渡したのだと思い出す。

今日の昼過ぎの出来事だ。

なのに、今の今まで忘れていた。

防衛機能が働き、記憶を抑圧したか? 

ブルドッグは尋問の天才だ。

奴の手の中において、万物はすべからく拷問器具となる。

プードルとは比較的仲の良い方だったので、左ポケットのキシリトールガムという考えはすぐに捨て、右ポケットのライターを選択した。

「ブルドッグ」プラス「キシリトールガム」イコール「デンジャラス」。

あの光景は忘れられない。

あの場にいたものであれば誰だって、勿論プードルだって、例外ではなかったはずだ。

確かにもう二度と、あそこを挿入や排泄に使用することはできないかもしれない。

それでも奴が「サンキュー、マルチーズ」と微笑んでくれたに違いないと、俺は確信している。


――残り12時間。