母が、乳がんだって

2009年6月末、70歳の母から「乳がんになった」と言われました。

やっぱり変わらない父

2009-08-02 22:36:42 | 日記
母は今朝6時頃、病院風に早起きし、
家の外の風景(寂れかかった郊外のショボイ景色)を数十分眺めていた。
入院中、非常に飢えていた1つ、朝のコーヒーを飲んで幸せそうにしていた。

そして帰宅後に聞く母の愚痴。
三百歩譲って、父本人はいたわってるつもりなのかもしれない。
ちょっとピリピリした痛みが走り、動きが一瞬止まった後、
「どこがどういう痛み方なのか、傷口かドレーンの跡が痛むのか」のような
質問って、これ何?聞いたら痛みがなくなるの?何かしてくれるの?
私の痛みは研究材料か何かか?
先生達からの説明は聞き流していたのか何なのか、
「センチネル検査は痛かったのか、そのせいで痛いのでは」
手術中にやる検査だってA先生からもC先生からも説明されたのに...
様々ながんの勉強をしろって、胃がんの勉強したら乳がんが治るのか?
etcetc

あーあ、やっぱり...。

これは昔々、私の近視で眼鏡が必要になった小学生の頃と同じパターン。
父は近視ではなかったので、理解できず、8歳児に近視の説明をさせようとした。
そして、子どもだから近眼は治ると言いだし(根拠不明)、私は数年以上、散々な目に遭った。
(そのうち飽きてうやむやになり、弟が中学生で近視になったときは放っておかれた)

好奇心は旺盛だが、統一性と集中力と想像力がないので
年寄りの道楽にもなっていない。

金曜日にA先生C先生の診察があるけど、母は傷口を父には見られたくないので、私にも来て欲しいと言う。
傷を診ていただく際、引きずり出すタイミングをはかるプランを練らねばならない。できるかなー。
(何と言うか、悪意無くフリークショー感覚で覗きたがる)
私には、鎖骨の下までを少しだけ見せたけど、
失った箇所は私にも弟にも見せたくないと言う。
父方の祖母は、現在はほぼ寝たきりに近いが、意識はシャンとしていて
今でも約38年前の手術跡を叔母達に絶対に見せていない。
身体を清めるのを叔母達にはさせないのだ。

私は見て、というなら見るけど、
見せたくないのだから、絶対に見ない。
病室でも、チェックしていただいている間、私は席を外した。

やっぱウチだけだろうなあ、こんな悩みって