島崎藤村の「破戒」は読み終わりました。知らない単語もちゃんとまとめて単語帳に登録しました。最後まで読んで、感動せずにはいられませんでした。小説中は心を打たれるようなシーンが多いですが、ここではその一つを取り上げ、丑松が生徒達に自分の秘密な素性を告白する時の感動的なセリフを御覧下さい。
「皆さんも御存じでしょう」と丑松は噛んで含めるように言った。「この山国に住む人々を分けて見ると、大凡五通りに別れています。それは旧士族と、町の商人と、お百姓と、僧侶と、それからまだ外にという階級があります。御存じでしょう。そのは今でも町はずれに一団と成っていて、皆さんの履く麻裏を造ったり、靴や太鼓や三味線等を製えたり、あるものは又お百姓して生活を立てているということを。御存じでしょう。そのは御出入と言って、稲を一束ずつ持って、皆さんの父親さんや祖父さんのところへ一年に一度は必ず御機嫌伺いに行きましたことを。御存じでしょう。そのが皆さんの御家へ行きますと、土間のところへ手を突いて、特別の茶碗で食物なぞを頂戴して、決して敷居から内部へは一歩も入られなかったことを。皆さんの方から又、用事でもあってのへ御出になりますと、煙草は燐寸で喫んで頂いて、御茶は有ましても決して差上げないのが昔からの習慣です。まあ、というものは、それ程卑賤しい階級としてあるのです。もしそのがこの教室へやって来て、皆さんに国語や地理を教えるとしましたら、その時皆さんはどう思いますか、皆さんの父親さんや母親さんはどう思いましょうか――実は、私はその卑賤しいの一人です」
手も足も烈しく慄えて来た。丑松は立っていられないという風で、そこに在る机に身を支えた。さあ、生徒は驚いたの驚かないのじゃない。いずれも顔を揚げたり、口を開いたりして、熱心な眸を注いだのである。
「皆さんも最早十五六――万更世情を知らないという年齢でも有ません。何卒私の言うことを克く記憶えて置いて下さい」と丑松は名残惜しそうに言葉を継いだ。
「これから将来、五年十年と経って、稀に皆さんが小学校時代のことを考えて御覧なさる時に――ああ、あの高等四年の教室で、瀬川という教員に習ったことが有ったッけ――あのの教員が素性を告白けて、別離を述べて行く時に、正月になれば自分等と同じように屠蘇を祝い、天長節が来れば同じように君が代を歌って、蔭ながら自分等の幸福を、出世を祈ると言ったッけ――こう思出して頂きたいのです。私が今こういうことを告白けましたら、定めし皆さんは穢しいという感想を起すでしょう。ああ、仮令私は卑賤しい生れでも、すくなくも皆さんが立派な思想を御持ちなさるように、毎日それを心掛けて教えて上げた積りです。せめてその骨折に免じて、今日までのことは何卒許して下さい」
こう言って、生徒の机のところへ手を突いて、詫入るように頭を下げた。
「皆さんが御家へ御帰りに成りましたら、何卒父親さんや母親さんに私のことを話して下さい――今まで隠蔽していたのは全く済まなかった、と言って、皆さんの前に手を突いて、こうして告白けたことを話して下さい。――全く、私はです。調里です。不浄な人間です」
とこう添付して言った。
丑松はまだ詫び足りないと思ったか、二歩三歩退却して。「許して下さい」を言いながら板敷の上に跪いた。
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「皆さんも御存じでしょう」と丑松は噛んで含めるように言った。「この山国に住む人々を分けて見ると、大凡五通りに別れています。それは旧士族と、町の商人と、お百姓と、僧侶と、それからまだ外にという階級があります。御存じでしょう。そのは今でも町はずれに一団と成っていて、皆さんの履く麻裏を造ったり、靴や太鼓や三味線等を製えたり、あるものは又お百姓して生活を立てているということを。御存じでしょう。そのは御出入と言って、稲を一束ずつ持って、皆さんの父親さんや祖父さんのところへ一年に一度は必ず御機嫌伺いに行きましたことを。御存じでしょう。そのが皆さんの御家へ行きますと、土間のところへ手を突いて、特別の茶碗で食物なぞを頂戴して、決して敷居から内部へは一歩も入られなかったことを。皆さんの方から又、用事でもあってのへ御出になりますと、煙草は燐寸で喫んで頂いて、御茶は有ましても決して差上げないのが昔からの習慣です。まあ、というものは、それ程卑賤しい階級としてあるのです。もしそのがこの教室へやって来て、皆さんに国語や地理を教えるとしましたら、その時皆さんはどう思いますか、皆さんの父親さんや母親さんはどう思いましょうか――実は、私はその卑賤しいの一人です」
手も足も烈しく慄えて来た。丑松は立っていられないという風で、そこに在る机に身を支えた。さあ、生徒は驚いたの驚かないのじゃない。いずれも顔を揚げたり、口を開いたりして、熱心な眸を注いだのである。
「皆さんも最早十五六――万更世情を知らないという年齢でも有ません。何卒私の言うことを克く記憶えて置いて下さい」と丑松は名残惜しそうに言葉を継いだ。
「これから将来、五年十年と経って、稀に皆さんが小学校時代のことを考えて御覧なさる時に――ああ、あの高等四年の教室で、瀬川という教員に習ったことが有ったッけ――あのの教員が素性を告白けて、別離を述べて行く時に、正月になれば自分等と同じように屠蘇を祝い、天長節が来れば同じように君が代を歌って、蔭ながら自分等の幸福を、出世を祈ると言ったッけ――こう思出して頂きたいのです。私が今こういうことを告白けましたら、定めし皆さんは穢しいという感想を起すでしょう。ああ、仮令私は卑賤しい生れでも、すくなくも皆さんが立派な思想を御持ちなさるように、毎日それを心掛けて教えて上げた積りです。せめてその骨折に免じて、今日までのことは何卒許して下さい」
こう言って、生徒の机のところへ手を突いて、詫入るように頭を下げた。
「皆さんが御家へ御帰りに成りましたら、何卒父親さんや母親さんに私のことを話して下さい――今まで隠蔽していたのは全く済まなかった、と言って、皆さんの前に手を突いて、こうして告白けたことを話して下さい。――全く、私はです。調里です。不浄な人間です」
とこう添付して言った。
丑松はまだ詫び足りないと思ったか、二歩三歩退却して。「許して下さい」を言いながら板敷の上に跪いた。
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