首都圏は久々に大雪となりましたね。仕事が休みで助かりました(汗)新成人の皆さんは着物が濡れて大変そうですが、ずっと印象に残る成人式になったのではないでしょうか。
私の住むあたりは丘陵地帯で、山の下の街より明らかに雪の粒も大きく、よく積もるんです。とはいってもたかだか海抜5~60mくらいの差なんですが、ある時、所用で山の下の街まで車で出たところ、車に雪が載っているのはなぜか私の車だけ・・同じ地元なのに街の人たちから「この車、どこの山から出てきたの!?箱根あたりは雪なのかねぇ」みたいな奇異の目で見られたことがありました。まだしばらく降り続きそうで明朝、壊社に行くのに下山できるか心配になってきました。ひょっとしたらビバークが必要かもしれません(笑)
さて本題です。赤羽駅の大宮方にあった跨線橋が8割方出来上がりまして、前回机上でバランスチェックを行いました。今回は年末新製導入されたKATO485系300番台の試運転とともに実際に製作中のレイアウトボードに置き、全体的な景色の見え方を確認してみます。
とはいいましても赤羽駅には跨線橋が3つもあり、あと2つ造らないとなりません。更に大宮方の踏切と今回製作した跨線橋の間に鉄骨の小さな跨線橋がありました。よく子供たちが列車を眺めていたポイントですね。これは市販品では再現できそうにありませんのでプラ材で自作になりそうですね。
赤羽線と貨物上下線です。このあたりは支柱を入れる予定です。それとボード上に置いてみて気になってきましたがこの屋根の形状です。大宮方の跨線橋は屋根が傾斜のない陸屋根っぽい形状でした。かなり特徴的な部分だけに、再現すればかなりインパクトがあり、リアルになると思いますが屋根だけ作り変えるかどうか。
あれに見えるは赤羽台団地!?実際はもう少し駅から離れていますがこのあたりは限られたスペースでどのようにデフォルメし、赤羽らしく再現するか・・レイアウト製作の面白いところでもあり、悩ましいところでもあります。
このアングルではやはり築堤上にスカイブルーの103系が欲しいです。ストラクチャーが充実していなくてもそこにスカイブルーがあるだけで「あ、これは赤羽だねぇ」とわかるくらいインパクトがありそうです。次に導入の機会があれば是非狙いたいところですが、KATOのKOKUDENシリーズは値段も手頃でいいのですが編成を組成できませんのでぜひ北モセのクモハが入った編成をリニューアルで出してくれないかなぁ・・中間封じ込めのクハ・クモハは前面の方向幕でいろいろ遊んでみたいですね(微笑)
ホームの屋根は撮影のためにTOMIXの島式ホーム屋根を置いただけですので高さがおかしいです。まぁ、雰囲気だけ感じ取っていただければと思います。
70年代初頭あたりはお盆などに、夕方に上野に到着する一部の優等列車は制限を受けて大宮・日暮里・赤羽止まりのものがあったそうです。時刻表をみると殆ど電車かディーゼル車を使った急行列車だったようですが、こんなトラフィックが多く、通過線もない中間駅で終着として捌くことができたというのも不思議です。それこそ客扱いで遅れてダイヤに影響が出なかったのでしょうか・・
大宮方から上野方面を眺めます。いずれ跨線橋の手前に開かず踏切と踏切回避の跨線橋が設置されます。
当時この先にも都道445線のワイヤー遮断機の踏切と鉄骨の跨線橋があり、そこに赤羽貨物駅がありました。貨物の入れ替え作業が始まると踏切もずっと閉まりっぱなしとなったそうです。歩行者は跨線橋を渡れば東西を往来できたでしょうが、なにも事情を知らない車は大変だったでしょうね。レイアウトではこの先からカーブに入ってしまうため、そこまで再現することは考えておりませんが、反対側の直線部分ではヤードを設置することなんかも検討中です。気移りの激しい私の性格に堪えられるようレールプランもシンプルそのものにしました。おかげでどんな情景にするか最後まであれこれ悩むことができそうですね(^^;
またいろいろと赤羽のウンチクを語ってしまいましたが今年は手を動かして少しでもレイアウトがカタチになるよう頑張っていきたいと思います!最後はゴハチと「やまびこ」でさようならです。ご覧いただきありがとうございました~
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私の住むあたりは丘陵地帯で、山の下の街より明らかに雪の粒も大きく、よく積もるんです。とはいってもたかだか海抜5~60mくらいの差なんですが、ある時、所用で山の下の街まで車で出たところ、車に雪が載っているのはなぜか私の車だけ・・同じ地元なのに街の人たちから「この車、どこの山から出てきたの!?箱根あたりは雪なのかねぇ」みたいな奇異の目で見られたことがありました。まだしばらく降り続きそうで明朝、壊社に行くのに下山できるか心配になってきました。ひょっとしたらビバークが必要かもしれません(笑)
さて本題です。赤羽駅の大宮方にあった跨線橋が8割方出来上がりまして、前回机上でバランスチェックを行いました。今回は年末新製導入されたKATO485系300番台の試運転とともに実際に製作中のレイアウトボードに置き、全体的な景色の見え方を確認してみます。
とはいいましても赤羽駅には跨線橋が3つもあり、あと2つ造らないとなりません。更に大宮方の踏切と今回製作した跨線橋の間に鉄骨の小さな跨線橋がありました。よく子供たちが列車を眺めていたポイントですね。これは市販品では再現できそうにありませんのでプラ材で自作になりそうですね。
赤羽線と貨物上下線です。このあたりは支柱を入れる予定です。それとボード上に置いてみて気になってきましたがこの屋根の形状です。大宮方の跨線橋は屋根が傾斜のない陸屋根っぽい形状でした。かなり特徴的な部分だけに、再現すればかなりインパクトがあり、リアルになると思いますが屋根だけ作り変えるかどうか。
あれに見えるは赤羽台団地!?実際はもう少し駅から離れていますがこのあたりは限られたスペースでどのようにデフォルメし、赤羽らしく再現するか・・レイアウト製作の面白いところでもあり、悩ましいところでもあります。
このアングルではやはり築堤上にスカイブルーの103系が欲しいです。ストラクチャーが充実していなくてもそこにスカイブルーがあるだけで「あ、これは赤羽だねぇ」とわかるくらいインパクトがありそうです。次に導入の機会があれば是非狙いたいところですが、KATOのKOKUDENシリーズは値段も手頃でいいのですが編成を組成できませんのでぜひ北モセのクモハが入った編成をリニューアルで出してくれないかなぁ・・中間封じ込めのクハ・クモハは前面の方向幕でいろいろ遊んでみたいですね(微笑)
ホームの屋根は撮影のためにTOMIXの島式ホーム屋根を置いただけですので高さがおかしいです。まぁ、雰囲気だけ感じ取っていただければと思います。
70年代初頭あたりはお盆などに、夕方に上野に到着する一部の優等列車は制限を受けて大宮・日暮里・赤羽止まりのものがあったそうです。時刻表をみると殆ど電車かディーゼル車を使った急行列車だったようですが、こんなトラフィックが多く、通過線もない中間駅で終着として捌くことができたというのも不思議です。それこそ客扱いで遅れてダイヤに影響が出なかったのでしょうか・・
大宮方から上野方面を眺めます。いずれ跨線橋の手前に開かず踏切と踏切回避の跨線橋が設置されます。
当時この先にも都道445線のワイヤー遮断機の踏切と鉄骨の跨線橋があり、そこに赤羽貨物駅がありました。貨物の入れ替え作業が始まると踏切もずっと閉まりっぱなしとなったそうです。歩行者は跨線橋を渡れば東西を往来できたでしょうが、なにも事情を知らない車は大変だったでしょうね。レイアウトではこの先からカーブに入ってしまうため、そこまで再現することは考えておりませんが、反対側の直線部分ではヤードを設置することなんかも検討中です。気移りの激しい私の性格に堪えられるようレールプランもシンプルそのものにしました。おかげでどんな情景にするか最後まであれこれ悩むことができそうですね(^^;
またいろいろと赤羽のウンチクを語ってしまいましたが今年は手を動かして少しでもレイアウトがカタチになるよう頑張っていきたいと思います!最後はゴハチと「やまびこ」でさようならです。ご覧いただきありがとうございました~
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友人に聞いたんですが、やはり赤羽線はわたしの勘違いで、最初はずっと地平だったみたいですね。
地下道は、新幹線が出来て、陸橋を壊してとも教えてくれました。なので70年代当時は、わたしも記憶がある古い陸橋だったんでしょう。
赤羽台、崖側にスターハウスがあって、雰囲気は出ていると思います。
個人的には、病棟みたいな、他では見ない50台の棟が赤羽台の印象ですね。
あと、勝手なことを言うと、駅前にグリーンの国際興業バス、バスコレかなんかの模型があれば感動ですね(笑)
赤羽=国際興業、いすず、みたいな気持ちすらありますね。そういえばわたし、BU04型の模型、2台持っていました。
跨線橋を置くと当時の情景の記憶がフィードバックしてきました。赤羽線を降りて乗換えるのに階段を下がったり昇ったり・・・。利用者にはとても不便な駅でしたが、ジオラマになるといいですねー。残りの跨線橋が設置されると更に感動しちゃうと思います。楽しみ、楽しみ!