昨日、釜石へ行って来ました。
目的は、復興支援のボランティア活動です。
きっかけはひょんなことから…
同じ仕事をしている25歳の男の子が
「週末、釜石へ行きませんか?ボランティアに」
と誘ってくれた。
彼は、「1年経つのに、何もしていなくてもいいのかな」
…と思ったらしい
ボクは、ボランティア活動までは考えていなかった
…と言うより、「できない」と思っていた
~でも、ほとんど縁もゆかりもない土地なら…
と思い、ふたつ返事で行くことにした。
自分の心の現状を知るためにも…
集合時間が早いので、前泊することにしたが、
翌日が震災からちょうど一年ということで、
市内の宿はどこも満室。
そこで、手前の遠野の安価な宿に泊まることにした。
遠野は、ボクの好きな街でもあるので、それは楽しみだった
(遠野でのモノガタリはゴヂツにアップします)
8時過ぎに釜石駅近くの『ボランティアセンター』に着き
受付を済ませて、作業場所と内容、メンバーなどの説明を受ける。
15~6名で漁港の瓦礫撤去に行くことになった
しかし、分乗できる車が足りないので、
ボクが車を出すことにして、現場へ移動。
9時半過ぎから作業開始、午前中は昼前まで。
2トントラック一台分の瓦礫を運び出した。
一旦戻り、昼食後ふたたび移動して午後の作業。
なんとなく無駄な感じがした。
そして、またトラック一台分の瓦礫…
それでこの日の作業は終了。
いろいろと思うこともあるが、非難をする立場でもないので、
おとなしく帰る事に…
でも、他の地域にも行っている参加者に聞けば、
「釜石の復興がいちばん遅れているかも…」
なんとなくわかる気がした。
デジカメは持っていたが、
あまりシャッターを押す気にもなれなかった。
少ない写真の中から数枚を…
この日は静かな海だったが、一年前は…
(釜石市街から10数キロ南の尾崎白浜地区)
ほんの数メートルの違いで運命が変わったのか?
瓦礫撤去の作業をする中にも、確実に生活している人たちもいる
…人間の強さを感じた気がした。
P.S. 今回の最後に、連絡先を知らなかったので、安否がわからず
ずっと気になっていた知り合いと再会できた。
数年前まで、仕事の関係で20年近くの知人。
3年ほど前に会ったきり、連絡が途絶えていたが、
ボランティアセンターのすぐそばだったので、
「ひょっとして…」と、最後に会った店に行ってみた。
そしたらなんと!そこに元気な彼の姿があった。
見つけた瞬間、涙が出そうになった。
「なんで、ここに居るの?」
「ボランティアできたんだ。元気そうで良かった」
「住んでるアパートの1階は水が入ってしまった。
自分の部屋は2階だったから助かった」
…と言う。
家族も無事だったらしい。
最後にいいことがあり、やっぱり来てよかった…ナ
もうすぐ、2年目に入ります。
その25歳の男子に誘ってもらわなかったら会えなかったもんね。若さって、いいね!
結果的に音信フツーのチヂンとも会えてヨカッタけ、ヤッパリ宮城や福島へは行けないナ
見慣れたフーケーは重スギるもん
いつかは行けるようにしないと…
金田一さんって、ドナタでしたっけ
トーノで知ってる方は…タブン…とゆーくらいしかチヂンはいないんですよ
でも、スミマセン
おナマエをワスレてます
もしかして
スミマッセン
おナマエわすれてました
遠野は、また行きたいトコロなので、
ツギのキカイには、レンラクしますネ~~~
ツギは『カッパ』くんをホカクします