我が家の鉢に初めて「スイカ」ができました。
薔薇の肥やしに、お茶の出がらしを入れていました。その中に
スイカの種が入っていたのか、芽が出て実を付けました。
娘が、「ヌカを入れると甘くなると書いていた」言うのでヌカも入れました。
28日、9㎝5㎜、スイカ収穫です。
切ってみると、ちゃんと赤く熟れている。スプーンで味見。。。甘くて嬉しくなる。
いつも見て通る小学生。「食べたい」と言ってたので
「僕、スイカ切ったぜ食べるかね」 と呼び止め差し出すと
「わっ 小っちゃい。甘い」と !(^^)!帰って行きました。1~2年生だろうか?可愛い。
独身の頃、リボングループで知り合い理容店に嫁いだ4歳年上の方です。
今年は「紫陽花」です。 私は彼女の誕生日を忘れていつも、ごめんなさいです。

昨年に続きもう一人、大輪のひまわりを届けていただきました。
私のバレー友で、笑顔が素敵で大好きな奥さんのご主人からのプレゼントです。
昨年は、少し小ぶりで玄関の中に。(季節の美味しいお野菜をいつも頂いています)
今年は、家庭菜園の腕を上げて大きく玄関外に飾りました。

この奥さんと私の誕生日は同じ、6月です。
「塩田さんにプレゼントがあって私に無いがでー、どう思う」
私が「あなたは愛をもらったでしょう」 「もらってないきー」と返事有。
私の主人からのプレゼントは新婚の頃、ワンピースを頂いただけ。
「釣った魚に餌はやらない」と薄情このうえない言葉が若い頃返ってきて、情けなく思ったことがある。
嫌な事は忘れ、神様も祝ってくれる、輪抜け様の日に生まれた誕生日を喜びます。
今夜は、田舎で貰ってきたクジラで、すき焼きをします。
明日の夜は、お友達三人で楽しくやってきます。 何歳か言わぬが花の誕生日です。
家計簿を付けた事が思い出せないくらい昔にチラッとあるくらいでお断りしますが
なかなか引き下がらない。何日か後、渋々お引き受けする。
見本の書き方をみて唸ってしまった。
買ったものすべて、量りに載せ、いくらで買ったのか書かなくてはいけない。
(ホウレンソウ、一把、何グラム、150円。うるめ4匹、何グラム、何円。)
まとめ買いするので買い物から帰ると、テーブルの上はいっぱいになり、冷蔵庫に入れるのも
大変、記帳も大変。最初の月2万3千円近く不足金がでました。
翌月、年収を別用紙記入するよう頼まれ、その次、貯蓄等調査票記入表がきた。
頭に来て「私の家にいくらお金があり、無い」は私の夫婦だけが知ってればいいことで、
これは書けないとお断りする。
気持ちが落ち着き、その中に今まで掛けた保険金はいくらか?に目が留まり、
「いったい幾ら払ったんだろう」興味が湧いてきて、今までの貯金通帳を出し計算してみた。
家が二件分、建つくらい払っていてビックリ。
お金も無くお店を建てた為、死亡金、借金を払える入院給付金を備えた保険。よく頑張った。と感心する。
家計簿は眠りながら書いて、線ばかり書かれていて「もう朝書き直そう」睡眠不足の6か月でした。
終わって、ほっとしていると近くの県住建て替えの事前調査をすると連絡があり、写真を撮る為、
家中の 掃除と窓拭き、片付け、外の鉢除け。10日間が戦争のごとく、大変忙しい毎日でした。
7月1日やっと終わり、家の中は綺麗になり、私へのご褒美は腰痛が残りました。
若い頃、高知市の社会人学級が高知城、下の公民館でありました。
そこで、生け花、お料理、俳句、社交ダンス、ホークダンス等教えていただきました。
彼とはこの中の、リクレーション部一緒でした。サイクリング、キャンプ、水泳、バス旅行、沢山の仲間とよく遊びました。
途中、理容の職人で大阪に行かれました。
私達夫婦も、この中で知り合い結婚いたしました。
私は結婚後、理容学校に行き免許を取り、同業者として仲良くしていました。
県外友が里帰りすると昔の仲間が集まって今も楽しくやっています。
彼は大阪でお見合をした彼女と結婚して、高知(グランド通り)に理容店を開業し来年で40周年だったそです。
背中が痛くなる3日前までゴルフに行き、お元気だったのに「進行性微少細胞ガン」が肝臓全体に広がり肝不全で
たった2ヶ月足らずで天国へ旅立ちました。
やさしい目、性格も温厚、鼻筋の通った、眉黒々凛々しく、糖尿の彼に合わせて散歩、休日も
夫婦仲良く寄り添って、奥さんを泣かすことも無く真面目な彼でした。
彼の食欲が落ちた時、筍ずし、メロン、主人が釣った刺身を美味しいと食べてくれたことが思い出されます。
お寿司の造り方は、彼のお母さんに習いました。(美味しので習いたいと言うと私の休みに合わせて教えてくれました。)
「お寿司作ったき取りきいや」と電話すると彼が来て「しんどくて手すりを持って階段の上下しょったら背中が筋肉痛になった。」
と話すので「そらぁ、しんどいがあるやったら病院へ行ってきや」と話、次の日、病院にいき手遅れ。
まだ亡くなった気がしない。すぐそこに笑顔の顔がみえる気がする。
5月6日、美術館ホールで「おかあさん」と題して講演がありました。
ちょうど休日だったので行ってみました。
お話の中に、保育園~小学四年生位までの子供さんに聞いたお話が紹介されました。
「ぼくは、お空からみていて、お兄ちゃん、お姉ちゃんがいて家族みんなが仲良しで、
ここの子になりたいと、生まれてきた」とか
「お母さんとお父さんが優しそうだったから、ママのお腹に入ったの」とか、それに近いお話でした。
「親が子供を作るのではなく、子供が親を選んで、そのご両親の子供として生まれてくるのだと。」
聞きました。
私ごとになりますが、母親として失格の部分があります。母乳が出なくて、粉ミルクも飲まない、
仕方なく、牛をお母さんにしてしまったことです。
長女は反抗期もなく勉強も性格もまっすぐに成長しました。
次女は三年間の不妊治療でやっと授かった、お金で買ったような娘です。(長女出産後、体調崩しがあり)
小学三年生の時、担任の先生が嫌いだと不登校になった時、話の中に自分の考えがきちんとありました。
親としては「、生まれて たった10年しか経ってないあんたがその何倍も生きた先生のことを、
色々言うのは間違ちゅう」
「お父さんもお母さんも生徒のことを思う、いい先生と思う」
「学校に行かんがやったら働かないかんきにお仕事、捜さんといかん。
子供は中学卒業するまで学校に行くのが仕事やき」どうする?
「お友達にも会えんなるぜー、心配かけとうないろう」
行く気になったのか、遅刻、欠席もなく中、高、専門学校、無事卒業しほっとしたことでした。
反抗期もありましたが、今はいいお母さんをしています。
大人になるまでが、人間育成期間と思っていたら、結婚、子供、孫、にも学ぶことが多くあり
幸せをもらって今があります。