おかあさんのうた

どこをどう歩いてきたんだろう。
おかあさん、子供たちよ。
あのぬくもりはもう帰っては来ないのだろうか。

春だよ

2015-03-15 22:42:47 | 随筆

きょうから25℃
ここはもう春だよ
つつじもこんなに精一杯咲いてるよ
今夜も酒と道連れ、ごめんね

いい夫婦に出会ったよ
いつも歌う「北海岸」
帰り際に唄った「酒とふたり連れ」
夫婦でにこにこして聴いてくれた
「奥さん、思い出しているんでしょう」って
そうなんだ
お前の顔を浮かべて唄っているんだ

淋しいよね
聴いていたかい

日毎、夜毎お前の事を想い出す
ごめんな
こんな甲斐性なしでさ
あと一年、目安が立ったら連絡するよ
忘れないでくれよ
病気なんかするなよ

明日もまた
いつものように朝が来るのだろうね




つわぶき

2015-01-21 23:52:56 | 随筆

 常夏・常春の国だ。1月下旬なのにつわぶきは咲いている。

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「帰ったぞ!」
小さな螺旋階段を2階まで昇り。ドアを叩く。
誰もいないさ!ひとり笑ってドアを開ける。
脚元tがふらつく。
倒れそうになりながら、何とか靴を脱ぎすてる。

「帰ったぞ!」
誰も出てこない。
「何してんだ、こんなに酔って」
云ってくれる親父もいない。
「どうしたの?何かあったの?」
心配してくれるおふくろもいない。
「何よ、いつも酔っ払って!」
邪険に迎える妻もいない。
「お父さん、みっともないことやらないで!」
悲しい顔をする娘もいない。
「だらしないなあ、親父はーーー」
という息子ももいない。
誰もいない。
だ~れもいない。
ごきぶりでもいいから出て来て俺の踵でもかじれ!


今宵も酒頼り

2014-05-27 23:37:07 | 随筆

 今夜もやるせなく、やる方なく屋富祖に出た。
行きたい店があるでなく、会いたい奴がいるでもないのに、あのうらぶれた屋富祖に向った。
哀しいよね。
今、パソコンに向って、ただキーを叩いている。
財布と相談して貧しい酒を飲んできた。

 今頃になって、酔いがまわってきた。
なんて下らない人生をやっているんだろう。
残された月日は少ないのに・・・・。

 モコは元気かい?
アコは頑張っているだろうなあ。
由布子、お前は最近、ゴルフやってないのか?

 毎夜、お前たちが夢に出てくる。
今夜も、お前たちに逢える、それが唯一のたのしみだ。
いつでも、お前たちはやさしい。
そして、可愛い。

 場所がいつも同じなんだよね。
でも、記憶にあるところとは少し違うんだよ。

 由布子はいつでも愛してくれている。
いつも変らぬ無愛想だけど、寄り添ってくれる。
「ごめんね、いいのかい?」
っていうと、あの頃のあの笑顔でほほ笑みかけてくれる。
 アコも、モコも小学生の頃のように
懐に飛び込んでくる。
「ごめんね」
可愛い、あどけない笑顔が返って来る。

 もう、キーが叩けなくなったよ。
おやすみ・・・・・・・おやすみ。

男。1

2013-05-24 23:07:37 | 随筆

 男。
女ではない、俺は男だ。
平太は夜更けの坂道を千鳥足で家路を辿る。
急ぐのではない、辿っている。
梅雨中休みのような暗い空は町の灯りに明るい。
今夜もまた彷徨い出た。
 俺は男だ。
平太はまたつぶやいた。
平太の顔を打つ初夏の風は彼を奮い立たせた。

 この風はどこかで、いつだったか俺の身体を吹き抜けて行った。
平太は懐かしさに訳もなく瞼を熱くした。
さわやかなこの夜風。
いつだったかな。
どこだったかな。
酔いどれ平太の老いぼれた足取りは急に軽やかになった。
そうだ、俺には青春があった。
あの頃は未来があった。
青空もあった。
俺は男だった。
突然、平太は自己嫌悪に陥った。
なに愚痴ってんだ、老いぼれ奴!

 男を忘れた野郎が街燈の下を千鳥足。
みっともないってもんじゃない。
平太、
嘯いて鼻歌まじりで家路を歩む。
男だろう、
そうだろう、甲斐性なし。

陽春の入院

2013-03-19 11:56:26 | 随筆

退院した翌日、近くの喫茶店に出かけた。
いつも通う道の花壇の花が見事なほど咲き誇っていた。


 3月13日火曜日。
6日振りに退院となった。
 3月7日木曜日は、入院当日も冬は遠くに追いやったような穏やかな日だった。
病室は8階の窓際で北中城、中城の町が、眼下に一望できた。
琉球大学付属病院は高い丘の上にある。
中城湾の向うには知念半島の低い山なみが長く横たわって見える。
一週間を過ごすには悪くないなと気が楽になった。

 10時に入院、午後から多少の検査があった。
手術は、翌日午後2時半からと知らされた。
生まれて初めての手術である。
この先生なら任せられると納得した手術ではあったが、時折、不安がよぎる。
手術当日、車椅子に乗せられ手術室に向かう。
「歩けますが?」
と無用な心遣いと言ったが、なんと言ったか看護師の説明にするがままに任せた。
手術室に入る。
あかるく清潔な室は白一色の透明感といろいろな機器類に溢れていた。
手術は椅子で行なわれるらしい。
両手が肘駆けに縛られ、注射液が高く吊り下げられたスタンドから体内に入ってゆく。
電気椅子で刑の執行を受ける死刑囚の心境を探った。
「安定剤を一緒に注入しますから」
そういった信頼する担当医Y先生のやさしい黒い眼がほほ笑んだ。
 看護師に起こされた時はベッドに戻っていた。
右目は眼帯がかけられ何とも不自由であった。
 
 翌日朝、若い医師が眼帯を外しに来た。
外した瞬間、眼前が別世界に入ったように明るくなった。
窓外の景色が昨日とはまるで違う。
きらきら光る宝石のようだ。
家々の佇まいもビルも、山も。木も、青く光る海も、遠望の山のように連なる丘もこの世のものとは思えぬほど輝いていた。
 やがて、Y先生がいつもの穏やかな笑顔で現れた。
「どうですか?」
この一言に涙が出そうになった。
「こんなに良く見えるとは思いませんでした。ありがとうございました」
思わず叫んで頭を下げた。
「よかったですね」
 翌々日は左目だ。
麻酔をかけるとうわごとを言うらしい。
「次回は部分麻酔でやりましょう」
Y先生の言葉には穏やかだが有無を言わさぬ力があった。思わず、
「はい」
と応えてしまった。

 左目の方が良かったはずなのに、右目よりは良くない。
なみだ目のようになっている。
 白内障は医者から手術を勧められた訳ではない。
軽度とはいうものの糖尿病があるし、歳を考えると早いほうがいいと思ったからである。
眼鏡を付けて0.8位は見えていた。
ただ、ものが、すっきりと見えない。いつも、少し霞がかかっているようであったし、思い切って昨年、Y先生に手術を申し出たのである。
「いい時期じゃないかとおもいますよ」
とY先生も賛同してくれた。
「しばらくすれば落ち着くでしょう」
Y先生は静かに言った。


 入院は誰にも告げず、独りで準備した。
大きな旅行カバンと拓大の紙袋を買い込んで、着替えの下着や常用薬など、日常品のこまごまを忘れ物をしないように2日がかりで用意万端整えたつもりであったが、結局、入院して8,000円ほど買い足す羽目になった。
こんなとき、由布子やアコ、モコがいてくれたらと、ついつい思ってしまう。
自分で選んだ道じゃないかと邪念を振り払い、己を戒める。
 家族。
それは面倒なことがいっぱいあるけれど、いいものだ。
空気のようなものだが、決して疎かにはしてはならない。
こうしてパソコンに向かっていても空しさがこみ上げる。
逢いたい・

白内障手術

2012-12-11 00:17:31 | 随筆
5月8日。仕事を終え、少し足を伸ばして郷里に帰り、墓参りに行った。


 寒くなった。
夜更けの11時。道行く車のエンジン音が透き通って聞こえる。
どうしているかな。
今夜は酒も飲みたくない。

 眼底出血から3ヶ月に一度、眼科に通っている。
4,5日前、白内障が悪化していると医師から告げられた。
来年春に両眼の白内障の手術をすることになった。
「2月に手術前の検査と承諾をいただくことになります。ご家族の方どなたかと一緒に来てください」
医師から当たり前のように告げられた。
「わたしは今ひとりです。家族はいません」
医師は何故とも訊かなかった。
「私がサインします」

 眼底出血した当時のことが頭に浮かんだ。
日記を取り出してみる。
3年前の7月22日だった。


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 今夜も飲んだ。
最近、酒が強くなった。
もう、3合は飲んだかな。
 おまえに手紙が出せなかった。
こんな手紙見たら誰でも愛想つかすよな。
4月、検査してもらった眼科の医師の言葉が気にかかっている。
「眼底出血が片目というのは珍しい。何百万分の一の確率だけど、肺がんの可能性が考えられる」
肺がんから転移したという医師の説明を他人事のように聞いた。
「関係ないと思うのですが、肺がんは辛いからねえ」
この言葉が脳裏から離れない。
でも、誰にも云えない。
ゆふこ、おまえの信頼も失ってしまっているからだ。
そう。きょう手紙が出せなかったのはおれはずっとおまえを裏切るような事ばかりしてきたからだ。
「家族」
自分なりに大切にしてきたつもりだった。
今夜、テレビのある番組で、
「やっぱり家族だよね」
と言ったとき、はっと気付いた。
おれは家族の為とがんばってきたつもりだったが、何が家族の為だったんだ、と。
何もしてない。
 子供のころ、近所では親孝行でいい息子で通っていた。
40歳も過ぎた頃、親の事など全く考えてなかったことに気付いた。
そのときは父も母もいなかった。
慙愧の思いに心身を掻き毟られた。
自業自得という奴だ。
 今度は自分の家族にさへ何もしていない。
できればこの世から消えたいが、消えたところで災厄は消えない。
出たとこ勝負かと思ってきたが、その気も失せてゆく。
おまえとヨーロッパ旅行をしたかった。
倹約家のおまえは、
「わたしはどうでもいい。あなたが好きなら行ってきたらー」
というに違いない。
「こんな金どうする。これくらい贅沢してもいいだろう」
そうして、スイスのあの農村の風景の中を二人で歩きたかった。
宮殿での室内楽、おまえから教えてもらったクラシック。おまえと聴きたかった。
そしてね、おまえとのお墓を造りたかった。
おれの夢はそれだけだった。
それなのに、家も手離し、もう引くに引けないところまで来てしまった。
数ヶ月、こんな状態が続いている。
2ヶ月前から安酒浸り。

 ゆふこ、おまえは生まれ替わったら俺とは夫婦にならないと云ったけど、おれは生まれ変わって本当におまえを幸せにする。
もう寝るよ。9時半になる。
アコやモコ、そしておまえからブツブツ文句を言われながら酒を呑みたい。

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 馬鹿な決断をするひと月前のことだ。
酔ってるな。
重いが乱れているあの夜を思い出した。

逢いたい

2012-10-07 11:51:58 | 随筆
 由布子に逢いたい。

“紅いのばらがただひとつ
 荒れ野の隅に咲いていた
 ものみな枯れた山陰に
 風に震えて咲いていた“

あれはどこのホテルだったっけ。
「おんちゃん、男の歌がいいよ」
由布子はそういった。
この歌を歌ったっけ。
“昔の名前ででています”じゃなかったっけ。

 どこだったんだろう。
ホテルなんかで俺が歌うわけないよな。
「男の歌を歌いなさい」
お前はそういってくれた。
ここだ! というときには俺は男の歌を唄った。

逢いたいな。
どうしているかな。

タクシーなんか乗らないよ。
歩いて帰るんだ。
15分だからね。
勿体ないさ。
結構最近は、」経済観念が出来てきただろう。
ずいぶん、
苦労かけたね。

逢いたいなあ。

お前の小さい肩がみえるよ。
「こぼれ花」じゃなかったっけ。
あれは津和野のホテルだった?
津和野では泊まってないよね。
湯本温泉?湯田温泉だった?
とてもシックなホールだったよ。

今夜は月が出ていない。
空は漆黒だ。
もうちょっとだけ待ってね。

必ず、帰るから。

由布子の愛した山々。

2012-09-20 20:32:11 | 随筆
 
 思い出と後悔ばかりの雑文。
だれに書いているのかわからない。
誰が読んでいるのかさへわからない。
つぶやきだろうか、ひとりごとだろう。

 由布子はよく山の話をしたね。
久住山、祖母山、阿蘇連山。
そして由布岳に四国の石鎚山。

 きょう君の好きな大山が放映されていた。
登山帽がよく似合う君の姿をみた。
「大山はね、見る位置が違うと山容が変わる」
君がいってた通り、テレビでもそのように解説していた。
NHKの「小さな旅」。
ぼくと君のためにつくられたような番組だったよ。

 天を覆う樹林の中の登山道。
潅木の登山道。
君の足はぼくよりずっと速かった。
ついて行くのが精一杯だった。
草いきれが呼吸の邪魔をした。
立ち止まり、振り返る君の頬は真っ赤だった。
すがりつくように君に追いつこうと踏ん張った。
大山は一緒に行ってない。
祖母も阿蘇連山も、石鎚も由布も。
でも、いつも君がいる。

 ふたりで登ったのは久住だった。
大きな山の最初の登山。
法華院温泉の山宿はふたりだけだったね。
男湯と女湯は簡単な板細工で仕切られただけだった。
「気持ちいいね」
「うん」
簡素な仕切り越しに遠慮がちに話したね。
声はよく透った。
それでもふたりはあたりを憚るようにしゃべった。
「静かだね」
「淋しいくらい」
いまも聞こえる君の声。
流す湯音に動悸が打った。
「もうあがる?」
「もう少し」
山の寒気にゆれる湯気が細かった。

 もう君は歩けないだろうか。
「行けるところまで行ってみないか」
大山の尾根は広々としていたよ。
「行こうよ」
返事はない。
窓越しの枯れ行く栴檀の梢が揺れる。

 おれはどうしたんだろう。
人生の終焉はこんなに寂しいのだろうか。
きょうの夕べは秋風が吹いた。
酒に云って聞かせる青春の思い出。

3度目の盆

2012-09-02 15:12:49 | 随筆
 
 3度目の盆。
この地はみな旧盆で執り行なう。
今年は8月30日~9月1日。
大きな台風が通り過ぎて秋風が吹き始めていた。

 9月1日、送りの日。
6時前の夜明けの空は秋の気配だった。
起き際の肌を過ぎる風がなぜか寂しい。
お前と別れなければ解決の目処が立たないと決心したのが
秋風の吹く哀しい日々であった。

 親父とお袋と兄のまつりごとはすべてお前に任せっ切りだった。
ひとりでロウソクに灯を灯していると
おまえがひとりでやってくれていたことに感謝した。
ひとりでやるようになって3回目の盆を迎える。
なんと空しい日々であろうか。
おまえもこんなわびしさに耐えていたのだと思うと
感謝などと言えたことではない。

 おれの一生はこうだったのだろう。
何も思いやれず
誰も思いやれず
一所懸命やっていればいつかわかってくれる。
一所懸命やっているのだから選択の余地はない。
自分に言い聞かせ、納得してきた。
うそだ。
一所懸命とはそんなことじゃない。
ただ、自分が納得行く方法をとったに過ぎない。
そう思った。

 こうしようと思うがどうだろう?
どうればいいかな?
どうしてほしいの?
一度も、誰にも、たずねたことがなかった。
言い出す勇気がなかった。
それが、どんなに大切なことだったろうか。
今でさえ云えない。
父母に対しても同じだった。

 逃げる。
とても嫌いなことだ。
俺は逃げなかった。
そう自負し、他言もしてきた。
迎え日に、仏壇の前で母と酒を酌み交わした。
突然、
俺の人生が逃げの人生であったことに気付いた。
逃げてばかりいた。

 時は還らない。
過ぎた人生は悔いる以外にない。
明日をどうしよう。
絶望、という言葉がよぎる。
そこには夢も、生き甲斐も、障害さえもない。
ひとは無力感だけだと蔑むだろう。

 どうすればいい。
今更、だれに相談できると言うんだ。
せめて、来年の盆までにーーー。
そう考えて思考を止めた。

 また逃げるのか!




 

夢でアコとサイクリング

2012-07-11 23:18:38 | 随筆
   夜明け

 テレビを観ながらいつの間にやら眠っていた。
青年となったアコとサイクリングに出かけた夢を見た.
アコとはぐれてしまった。
漸く、出会って一緒に走り始めたところで目が醒めた。
2時間タイマーが切れずにテレビは放映していた。
もう一度夢の続きを見ようとしたが眠りにつけなかった。
時計は夜中の11時を回ったところだった。


 「アコ,どのコースを走る?」
「お父さんにまかせる」
故郷の山裾を南北を走る大通りにふたりはいた。
この大通りは記憶にはない新しい道である。

 夢によく出るこの山は南の裾から山を登ると、途中道は二手に分かれる。
深い木々に覆われた険しい山道の方を登ると森林に埋もれた山頂に出る。更に、暗い森林を下るとアルプスのような深い谷あいの町に出る。はるか彼方に雪を被った山々の白い峰々が続く。
もう一方の道は低木に覆われ、山腹を晴れ渡った青空を仰ぎながら登る。
なだらかな山道である。
頂上に着くと、眼下には草原が広がりゆるやかに下ってゆく。
山腹にはせせらぎが山を下り、夢を見るたびに、いつも花が咲き乱れ、空は晴れ渡っている。
アコはこのコースは知らない。
連れて行きたいが自転車では行けない。

 「アコ、左に行こう。30分くらいで国道に出るから東に向かって走ろう」
「どこまで行くの」
「今日中に帰り着くように、引き返せるところまでいこう」
 国道に出たところで迷った。
道は広くて平坦だが、変哲もないコースになる。
西へ向かえば中心街に出るだけで、きょうは街の喧騒から逃げたい。
 「アコ、戻ろう。このコース面白くない」
そう云って踵を返した。

「アコ、道路地図を貰って来よう」
来る時にこの辺りでみた案内所を探してはじめた。
気がつくとアコがいない。
「はぐれた!}
携帯電話が内ポケットにあることに気づいた。
あわてて取り出そうとした。携帯電話が道路上に落ちた。
壊れたかもしれない。
アコと連絡が取れなくなる。
暗然としてダイヤルをした。
直ぐに、アコが出た。ほっとする。
「どこにいる!」
「おとうさんはどこ?」
「戻っているところだよ。行く先変更しようと云ったでしょう」
「〇〇があって気にしていたらお父さんがいなくなった」
〇〇とは何であったかわからない。
今も思い出せない。

 「さあ、行こう」
自転車を元来た方向にUターンしょうとペダルに足を掛けた途端、
「おとうさ~ん!」と背中で遠く呼ぶ声がする。
急いで自転車をまわし、声の聞こえる方向にペダルを踏む。
橋の工事現場からであった。
さっき通った工事現場だ。
たくさんの人たちが仮の橋を渡っている。
その中に赤い服を着た若い女性がしきりに手を振っている。
アコだ。
「ここよ、はやく!」
あいつ、いつの間にあんなところまで行ったのか。
高所恐怖症のわたしはもう一本の仮の橋を渡り始めた。
意識が靄のように薄れていく。
橋だけが足元にあった。

「アッコ!」
そう叫んだとき、電灯の灯りがまぶしく目を射た。

おとうさ~ん!」
アコの声がいつまでも耳に残っていた。
あいつ、赤い洋服など着たことなかったのにーーー。

 




ホワイトチョコレートの夜

2012-04-24 23:55:22 | 随筆
 母さん、今夜はね、

この路地を千鳥足で居酒屋に向ったよ。

 ママと新米のホステスが小さなチョコレートをひと月前にくれたんだ。

ママはいなかった。

新米のホステストふたりだけだった。

「ありがとう」そう云って彼女にママの分あわせてお菓子をプレゼントした。

洒落たお菓子だったんだよ。

 もうひとり、チョコを貰った。

そう、あいつさ。

あいつは知らないね。

今度、ゆっくり話そう。

よく惣菜を持って来てくれるんだ。

これがうまいんだ。

あいつは椎茸入り昆布の佃煮が大好きなんだ。

だからスーパーで椎茸入り昆布佃煮を買った。

惣菜のお礼もあってさ。


 夕べね、いや、今朝かな。

おまえの夢を見た。

このごろは毎夜みるんだ。

おまえは髪を短く切っていた。

おまえはぼくの傍にいた。

少し短く切りすぎじゃないかと思うよ。

おまえの小さな横顔が寂しそうだった。

「由布子!」

そういって、おれはおまえを両腕に抱いた。

由布子、おまえのぬくもりがおれのからだを包んだ。

あれ?由布子おまえは嫌がってないね。

俺、帰ってももいいのかい?

笑ったね、由布子笑ったね、いいんだ!!


 ちきしょう、なぜ目が醒める。

きょうも雨か。

ちきしょう!!


平成24年3月14日  23:00

初夏だよ

2012-04-19 10:17:40 | 随筆
声も聞けない。

誰の所為でもないけれどやるせなくなる。

月日は矢のように過ぎてゆく。


 ふと、通り過ぎた昔通ったゴルフ場。

元気でやっているかな。

おまえとやりたかったゴルフ場だよ。


 夕方、インターネットでおまえの名前を探した。 

おまえの名前はインターネットに出ているんだよ。

おまえが好成績を出したときだけね。

94だったね、すごい!

元気にやっているんだとうれしかった。

おまえに逢えたような気がした。

「あんたはほんとうに下手くそだからーーー」

そういうおまえの顔が浮かんでくるよ。

いやだ、いやだ言ってたおまえの方がうまくなったね。

その歳で94はすごいよ。

あいつらに自慢してみたい。


 元気でよかたった。

声くらい聞きたいけれど我慢するよ。

どうしようもないものね。

最近はお酒もおいしく飲める。



幸せだった。

2011-10-21 00:52:44 | 随筆


コン!コン!

誰?

おれ。

また呑んでる。

うん。

からだこわすわよ。

うん。

明日は早いの?

いつもの時間さ。


子供達は寝た?

何時だと思ってるの。

うん。

ごはん食べる。

お茶漬けがいいや。


し~としたダイニング。

ガスのスイッチを入れる。

カチッ!

テレビのスイッチを入れる。

コマーシャルが流れている。


由布子の後姿が頼りない。

由布子、

どうしているかなあ。



海の光

2011-10-13 09:45:34 | 随筆


「行ってきます!」

裏木戸から義母がモコを抱いて手を振る。

「いってらっしゃーい!」

義母の裾を掴んでアコが手を振る。

由布子とわたしは急ぎ足で坂道を下る。


関門海峡の朝の輝きが目を射る。

小さな谷川の土手に桜の並木の若葉が足元が暗く、ひんやりとした。


右に折れて、小さな橋を渡るとき、もう一度振り返る。

義母の腕の中でモコはてを振っていた。

突然、

アコが身を翻して、裏木戸の中に駆け込んでいくのがみえた。

「アコ、泣いている」

由布子はぽつんとつぶやいた。

おれは何も言わなかった。


ふたりは黙ったままバス停に急いだ。

巌流島が今にも波に呑まれそうに薄く見えていた。

遠い遠い日になってしまった。

夕陽

2011-09-18 22:26:46 | 随筆

由布子、きれいだろう。
名護湾に入る夕陽だ。
オンボロのデジカメだよ。
おまえに見せたい!

どうしているかな。
相も変わらず、毎日洗濯してるのか。
おれもね、
おまえに逢った時に、
「結構、やっているのね」
そういわれたくて、毎日を過ごしているよ。

逢いたいなあ。
でも
こんな冷たい奴、って愛想つかしていないかな。
アコやモコが許してくれないだろうね。

モコどうしている?
少しはえらくなったかな。
朝は機嫌が悪いかな。
あいつ、怒ると怖いよな。

先日もおまえたちと旅行に行ったよ。
アコの奴、はぐれてしまってさ。
飛行機の出発間際に何だか知らないおっさんとおばさん連れて現れたよ。
「どうした!」
そういって、あいつのほっぺにキスした。
あいつ怒らなかった。
でも、
俺のほうには見向きもせずに笑っていた。
あたたくて、やわらかなほっぺ立ったよ。

むかしのように美ヶ原高原に行きたいね。
あのころ、
実家にもいろいろ問題があった。
心の底から楽しめなかった。

かあさん、
逢いたいなあ。