12月18日(水) 「野球の国」
キャンプを観に沖縄へ行ったり、ダイエー対オリックスの試合(公式戦)を観るためにわざわざ台湾へ行ったり、二軍戦を観るために東北の田舎町へ行ったりと、プロ野球好きの著者が自由業の特権を生かして?綴ったプロ野球観戦記。
基本的に気ままな一人旅。道中の出来事がオモシロさと情けなさが程よい加減の奥田節で楽しめるのは勿論だが、この本はそれだけではない。テレビを見ているだけではわからないプロ野球の楽しみ方が全編に溢れる野球好きにはたまらない一冊である。
個人的には最終章九州編(マスターズリーグ編)で、若くして亡くなってしまった炎のストッパー津田恒美(ある程度の年齢以上のプロ野球ファンなら知らない人はいないと思うので説明は省略)の息子が始球式を努めたときのエピソードとそれに対する著者の僅か2行のコメント。不覚にも感動のあまり目頭が熱くなってしまった。
著者の野球好きが存分に発揮された素晴らしいエッセイである。著者のファンであると同時にプロ野球のファンでもある人(自分)は勿論、著者のファンでなくともプロ野球ファンであれば読んで損することはない、と断言できる。
12月26日(木) 「沈黙の町で」
中学二年生の名倉祐一が部室の屋上から転落し、死亡した。屋上には五人の足跡が残されていた。事故か?自殺か?それとも…。やがて祐一がいじめを受けていたことが明らかになり、同級生二人が逮捕、二人が補導される。閑静な地方都市で起きた一人の中学生の死をめぐり、静かな波紋がひろがっていく。被害者家族や加害者とされる少年とその親、学校、警察などさまざまな視点から描き出される傑作長篇サスペンス。
奥田英朗は、もともと引き出しの多い作家で、どれを読んでもおもしろく、失望することがない。 この作品は、一昨年から昨年にかけて、本紙に連載された新聞小説である。これを読むと、著者がきちんと自分の小説作法を持ち、読者を最後まで引っ張るための枠組みを、明確に意識しながら書いていることが、よく分かる
まず、中学生のいじめという、きわめて今日的かつデリケートなテーマを、正面から取り上げた姿勢に、著者の覚悟のほどがうかがわれる。誤解を恐れずにいえば、この作品を問題提起型説教小説ではなく、あくまで手ごたえ十分のサスペンス小説として、書ききったところがすごい。
冒頭、某地方都市の中学生名倉祐一が、部室棟と並ぶ銀杏(いちょう)の木の下で、頭部損傷死体となって発見される。長丁場の小説で、前置きなしにいきなり事件からはいる呼吸のよさは、読み手を否応(いやおう)なしに引きつける。まさに、エンタテインメントの王道、といってよい。 死体の背中には、つねられたと思われる、多数の傷痕がある。ほどなく、携帯電話の受信履歴等から、同じテニス部の市川、坂井、金子、藤田の四人が名倉をいじめていたらしいことが、判明する。名倉は四人に強要され、部室の屋根から銀杏に飛び移ろうとして、転落死したのではないか……。
物語は、生徒たちの親や担任の教師、真相究明に当たる刑事、事件担当の若い検事、さらには取材に当たる女性記者など、複数の関係者の三人称多視点で、書き進められる。いわば、映画のカットバックの手法で、読み手の興味を少しもそらさず、達者につないでいく。そのため、場面転換は目まぐるしいほどだが、著者は一人ひとりの人物を生きいきと、みごとに描き分けてみせる。
中盤、今度はフラッシュバックの手法で、突然話を名倉が生きていた時点にもどし、読み手のペースを攪乱する。それ以降、物語は現在と過去を行きつもどりつしながら、名倉の死後と生前の出来事を、交互に描いていく。この手法によって、いじめる側といじめられる側の実態が、徐々に解明される過程はまことにスリリングで、まさに玄人わざの筆運びだ。
生徒の視点は、被疑者の市川や女子の安藤朋美にほぼ限定され、坂井ら他の被疑者の視点は、取り入れられない。それには理由があるのだが、このあたりはミステリーにとかくありがちな、アンフェアな視点操作を回避するための、たくみな処理といえる。著者はミステリー作家ではないが、そうした気配りにも怠りがない。
重いテーマを、かくも読みやすく提示する筆さばきは凄い。
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