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おきると荘の書斎

おきると荘の書斎へようこそ。
実況プレイ動画を投稿したり、時々ニコ生で配信したりしています。

「のめり込み」と「外から見」

2016-05-27 00:52:00 | 小説
ゴミは溜まり尽してから捨てる派です。不本意ながら。


うさぎ小屋②

 こたつに腰鰍ッ改めて見回ると、酒瓶の棚はさっきよりも大迫力に感じられた。地味顔先輩はこたつの手前にある椅子に座った。丸い座面で細身な椅子で、壁際に向けて置かれた小さなPCデスク用のものだとすぐに分かった。
「今日はエチル倶楽部の部室へようこそ」と、僕から見て右側に座っている男子学生が言った。
「よろしくお願いします」僕の胸には少しの警戒がまだ残っている。
「こちらこそよろしく」と、今度は左側の男子学生が言った。
「まずは一杯、いかがかな?」右側の学生が眼鏡を直しながら言う。
「ありがとうございます」
「じゃあ、どれか好きなのを選びなよ」左側の学生はそう言うとこたつからゆっくりと立ち上がり、酒瓶の並んだ棚の方を指さしながら言った。
「日本酒はまだ飲んだことがないので全然分からないんですが」僕は正直に言った。
もっとも、日本酒以外の酒もまだ飲んだことがない。僕はこのエチル倶楽部なる場所で飲酒童貞を捨てようとしているということになる。
「そうかい。それじゃあちょっとこっちに来て」元左側の先輩が棚の方から僕を呼んだ。
僕は立ち上がって棚に近づいた。改めて色とりどりの瓶に圧唐ウれる。圧唐ウれた勢いでふと上を見上げると、棚と天井の間に突っ張り棒のようなものが挟まっている。
「ここからここまでが日本酒の棚。色々な地域の地酒からどこにでも売ってる安酒まであるから、とりあえずパッケージの見栄えと名前でどれか一つ選んでみて」
そう言われて、一本の瓶を試しに手に取ってみた。緑色の四合瓶に青いラベルが貼ってあり、銀の文字で製品名が書いてある。パッケージを見るに、どうやら滋賀県のものらしい。僕は一旦その瓶を棚に戻し、ひとつ下の棚に入っている別の四合瓶を取り出した。今度は茶色い瓶で、なんとなく見たことがある和紙風のラベルが貼ってある。
「これにします」と僕は言った。
「いいの? 2個しか見てないけど。慌てて決めることはないよ」椅子に座っていた地味顔先輩が言う。
「はい。このパッケージ、なんとなく見たことがあるんです。でも名前はあんまり聞いたことがないので、きっと初めての日本酒には丁度良いんじゃないかと思うんです」
「なるほど」こたつに残っている眼鏡の先輩が言った。「どこにでも売っている定番の安酒は避けるけど、ご当地限定のお酒にしてしまうと自分の中の基準値としては適切でないというわけだね。面白い選び方だ」
「じゃあ、お猪口に入れるからちょっと待っててね。今泉さん、お猪口取ってもらえる?」
「はいはーい」と言いながら、地味顔先輩は椅子から立ち上がり、デスクの隣にある小さな食器棚からお猪口を一つ取り出した。
「私もそれにする」今泉さんは自分が持っているお猪口を差し出した。
「そうだ、折角のお客さんチョイスだし俺たちもこいつにしようか」と、棚の所にいた男子学生が言った。
「そうだね。悪いけど注いでもらえるかな」と眼鏡先輩が言う。
「はいよ」と受けながら元左側の先輩が一つひとつのお猪口に瓶から酒を注いでいく。「これがまずはお客さんの分。それでこれが今泉さんので、これが田村の分。で、これが俺の分」
 全員の酒が注がれたので、改めて全員でこたつを囲んだ。僕から見ると、田村さんが右側で今泉さんが向かい側。元左側先輩はまた左側に収まった。
「じゃあさ、小嶋君から一言お願いします」と、今泉さんが言った。
「あれ、こういうのは女の子が言った方がいいんじゃないの」と小嶋さんが言う。
「今までの会話の中で小嶋君だけ名前が出てなかったから、自己紹介も兼ねてと思って」今泉さんは落ち着いた調子で言った。
「よく聞いてるもんだね。そういうことなら分かった…………では改めまして。エチル倶楽部は大学生活に小さな居場所と『それっぽさ』を提供する隠れ家的サークルです。宣伝も大っぴらにはしていないので、ここに入ってくる人はよっぽどの物好きか、もしくは部員に声をかけられた人ということになります。えー、まあそんなわけで、このお酒と違って基準としては相応しくないサークルかもしれないけど、少しでもゆったりして行ってもらえればと思います。乾杯」
「乾杯」唱和の後、僕は初めてのお酒を恐る恐る口にした。
液体が舌の上に乗ると、少しツンと刺激が走った。何とも言えない独特な味が舌に広がりピリピリとしてきたので、思い切って飲み込んだ。喉が少し温かくなった。
「それじゃあ、お客さんに自己紹介をお願いしてもいいかな」と、眼鏡の田村さんが言った。
「はい。猪島といいます。文学部です」
「おお、田村も文学部だよ」と小嶋さんが言った。「ロシア文学をやってるんだ」
「バリバリの文学系専攻なんですね」
「いや、違うよ」田村さんは笑いながら言った。「僕はほとんど本なんか読まないから、先生が優しい所に収まっただけ……猪島君はどうして文学部に?」
「恥ずかしい話なんですが、どこの学部が何をやっているかいまいち分からなかったもので。医者にも科学者にも先生にもなる気がないという風に絞っていったら、文学部しか残っていなかったんですよね」と僕が言うと、田村さんは優しく笑った。
「そうだよねえ。大学にいたって、自分以外の人が何をやってるかなんてよく分からないんだから……そういう意味じゃ、人生はそんな選択の連続なのかもしれない」
「さっきのお酒選びと一緒だね」今泉さんが言った。
「確かに。でも、そう考えると人生ってある程度既に決まってるような気がしてくるよな」小嶋さんが言う。
「どういうこと?」今泉さんが分からないという顔で聞き返す。
「だって、目の前に来る選択肢は毎回違うけど、『選び方』は人によってある程度癖が決まってるはずだからさ。その癖に従って選択し続けたら、ある程度行きつく先は予測できると思うんだけど」
「なるほど」田村さんが相槌を打つ。「つまり、分岐点で右の道を選びがちな人が道を歩き続けたら、10年後には元の位置よりかなり右側にいるだろうってことだね」
「そういうこと」と言いながら小嶋さんはクイっと日本酒を飲み干した。
「そういえば、このサークルのメンバーは3人だけなんですか?」僕は少し自分の胸を縛っている紐が緩んだような心地を感じながら聞いた。
「あと2人いるよ」今泉さんが言う。
「それでいて、3人いるとも言う」田村さんがすかさず付け加えた。
「どういうことですか?」
「2人とも女の子なんだけどね。そのうち1人の中にもう1人いるんだよ。いわゆる二重人格ってやつだね」
「そう。どっちも良い子なんだけど、大分印象は違う。あんまり常連じゃないけど」
「はあ」僕は漠然とした不安に襲われた。
「まあ、入る入らないはさて置いて、とりあえず今日は時間が許す限りゆっくりしていくといいよ」田村さんは呑気に言うと、後ろを振りかえってオーディオのスイッチを入れた。
のんびりとしたクラシック音楽が流れ始め、僕は時間が皮膚と服の間をゆっくりとすり抜けていくのを感じた。エチル倶楽部は間違いなく、大学生である自分に陶酔できる場所だったのだ。


書いてみる

2016-04-28 00:21:00 | 小説
こんばんは。前回の話が途中で止まってるけど新しいのを書くよ。
特に意味はないけど今はこっちを書くよ。


========
 うさぎ小屋のかげにしゃがみこんで泣いた時の涙が僕の記憶を締め付けて離さない。やかましい蝉の声と土で汚れた体育着を思い出すと、どうにもやりきれない気持ちになる。

うさぎ小屋①

 大学に入学して1週間が経った。なんだか色々とよく分からないまま毎日が過ぎている。僕は高校時代の激しい受験戦争をのらりくらりとやり過ごし、まあまあな成績でまあまあの大学に合格した。偏差値で言うと60ちょっとくらいの大学だ。世間の知名度は高く、初めて正門をくぐった時の僕の顔は自然とほころんでいた。僕の名誉のために前以て言っておくが、ニヤけてしまうのには色々な理由があったのだ。片田舎から東京に出てきて新しい生活が始まることへの期待もあった。親元を離れて一人で暮らすことへのワクワクもあった。サークルの華やかな勧誘活動と学舎の人の多さも僕を浮足立たせた。そして何より春めく風の暖かさが、僕の高揚感を煽った。
 荷解きや学校への道順の把握をしているうちに1週間が過ぎてしまった。そろそろ履修する課目を決めないといけないのに、僕は電話帳のように分厚いシラバスに並んでいるおびただしい数の講義に辟易していた。同じコマにいくつも面白そうな授業が重なっているし、人気講義の教室には子育て中のペンギンのような人だかりができている。そして講義を受けているひとりひとりのことを先生は全く覚えていない。要するにいてもいなくても同じことなのだ。そんな高校との違いに新鮮な刺激を感じながら、僕は構内の溜め池沿いに並んでいるベンチに腰鰍ッた。春の陽気は相変わらず心地好い。
 「サークルどうしようかな」14時の日差しを浴びながら僕は独り言ちた。
大きな大学には沢山のサークルがある。そもそも、僕は大学にサークルというものがあってほとんどの人がそれに所属しているという事実をつい1週間前まで知らなかった。兄も姉もいない上に大学に入った後のことなんて考えたこともなかったから当然と言えば当然だと思っている。ただし、既にその事実を知ってしまった以上僕にはあまり猶予がない。大きな大学には沢山のサークルがある。僕は入学式の時に渡されたサークル紹介の冊子を見て驚いてしまった。テニスサークルだけで何種類あるというのだ。それぞれが独自のアピールャCントを誇示してひしめき合っている。冊子に載っているサークルだけでも相当な量なのに、載っていないサークルも相当数あるのだという。その上、中にはカルトサークルやいわゆる飲みサー・ヤリサーもあるんだとか。もはや何を頼りに決めていいものか分からなくなってしまう。要するに、大学に入った途端爆発的に広がった選択肢に僕は圧唐ウれてしまっているのだ。
 ふと視線を上げると、向かいのベンチで足を組んでいる女子学生と目が合った。ャ鴻Vャツにジーンズという服装で中肉中背。どちらかと言えば地味な方だが妙に安心感のある顔立ちをしていた。ひとりで遠くを見つめる表情は悠然としているように見えて、新しい生活のあわただしさに迄Mされている僕とは対照的だった。溜め池とベンチは大きな校舎の建物から西に少し離れた場所にあり、今は地味顔の女子学生と僕の2人しかいない。僕はそれとなく目を逸らしたものの、一度は存在を意識してしまった相手だ。お互い無意識に視線が相手に向かってしまいその後も何度か目が合った。そして、いよいよその感覚が我慢ならなくなったのか女子学生が僕の方にやってきた。
「こんにちは。新入生ですか?」
「はい。あなたは?」
「私は新3年生。履修科目はもう決まった?」
「いえ。なんか見学に行くと自分が烏合の衆に飲み込まれていくみたいで疲れちゃって」
女子学生はそれを聞くと小さく笑った。声は少し倍音が多めで可愛らしかった。きっとファミレスでは周囲の音に声が掻き消されてしまうタイプだろう。
「気分転換になるかどうか分からないけど、私たちのサークル今新歓やってるから見に来てみない?」
「はあ、いいんですか?」と言いつつも、僕は突然の勧誘に少々身構えた。
「入るか入らないかはさて置くとして、ね。少し新歓イベントとかにも顔は出したんだけど誰も入ってくれないからみんな悲しい思いをしているところなの」
「そうなんですか。どんなサークルですか?」
「簡単に言うと、お酒を飲んだり調べたりするサークル。イベントをやったりもするんだけどね」
「へええ」僕はますます不安になった。しかし目の前の先輩のあまりにも落ち着いた物腰と、いわゆる飲みサーのイメージが噛み合わなかったので、一度行ってみようかと思い僕は立ち上がった。
 先輩は僕に柔らかく目配せをして先を歩いた。改めて見ると身長は150センチくらい。アメリカのIT企業にいそうな服装だと思った。体のラインがしっかり出る服を着られるのは、中肉中背と言いつつやはりスタイルが良いからなのだろう。
 部室は大学構内の最も南西にあった。木造の小屋のような建物でドアに「エチル倶楽部」という手書きの看板が貼ってあった。大学のメイン校舎から見て西にある溜め池の、更に南。まだあまり構内には詳しくないが恐らくこの辺りの棟に学部生が入ることは滅多にないだろう。
「ここがエチル倶楽部の部室です」先輩は少し恥ずかしそうに言った。
ドアを開けると玄関のようなスペースが設けられており、8畳ほどの畳の部屋が広がっていた。一番奥の壁に沿って4段に仕切られた棚が4つ並んでおり、左から3つの棚には一升瓶や四合瓶が並んでいる。一番右の棚は本棚になっていた。棚の手前にはこたつがあり、男子学生が2人お猪口を挟んで語り合っているところだった。部室は綺麗に片付いていて酒臭さは感じられなかった。
「おお、新入生かい?」とひとりの男子学生が声を上げた。
「今日は見学だけ。入ってくれるかどうかはあなたたちにかかってるってこと」
「それはそれは。こんにちは。何もないけどゆっくりしていってよ」ともう1人の男子学生が僕をこたつに招いた。
「ありがとうございます」僕は友好的で地味顔先輩と同じように物腰の柔らかい2人に少し安堵を覚えながらこたつの手前側に座った。
座りながら既に僕は、きっとこのサークルに入るに違いないと感じていた。


旅の途中

2015-01-22 00:25:00 | 小説
あと少しで終わります。
何の構成も無しに思い付きでバシバシ書いてるので、まとまりが無い話になってしまっているかもしれません。

が、一度自分の中で物語が完結してしまうと、それを文面に起こし切る作業が億劫になってしまうというゴミみたいな性能を持っているので、こういう書き方の方が書き切ることはできるんですよね。

なんかすみません。1人でも読んでくれている人がいたならば、幸せなことです。



サイコドラマ⑭


 守りたいものが、崩れていくこと。つかもうとしたものが、離れていくこと。

 12月になった。センター試験が近付き、僕の余裕も焦りに変わっていた。クラスの中では、多くの人が自分の能力と向き合い始め、周囲の他者と向き合うことをやめた。僕の苦手な雰囲気だった。結局のところ受験は個人戦なんだと、見せつけられているような気がした。
 学校が終わると、僕は校門の外で村谷さんが出てくるのを待ち、一緒に図書館に向かった。
 「私、誰かと一緒じゃないと成長できないタイプなんだよ」と、村谷さんは言っていた。
僕は、そういうタイプの人間が自分だけではないことに安心し、救われた気持ちになった。ようやく落ち着いていられる場所を見付けたような心地だった。もしかしたら、村谷さんもそんな風に感じていたのかもしれない。僕は、勉強では全然村谷さんに敵わなかったけれど、そんなことはどうでもよかった。あの日以来、村谷さんの傷痕は増えていない。口には出さなかったけれど、その事実が誇らしかった。そして、傷痕のことを気にしている間、僕は村谷さんのことを心配していることができた。
 「小池君は、大学に入ってどうするの?」村谷さんが、不意に尋ねたのは、午後7時を過ぎた頃だった。
 「どうするって?」僕には、質問の意味が理解できなかった。
 「大学に入って、何をするの?」
 「うーん、全然決めてないよ」
 「そうなんだ。そういえば、前にもそんなこと聞いたことがあったね」
 「そうだね。僕の答えは、相変わらず要領を得ない」僕がそう言うと、村谷さんは笑った。
 「やっぱり、将来が見えない人を見てるとイライラしたりするの?」と、僕は聞いた。
これは僕が、好史が村谷さんに追い詰められていると勘違いしていた頃に、ふとよぎった考えだった。村谷さんは、好史の先行き不透明な部分が許せないのではないか。
 「全然そんなことないよ」村谷さんは驚いたように言った。「責めてるように聞こえたならごめんね。実は私もあまり決まってないから、時々皆に聞いてるんだよね」
 「そうなんだ」僕はそう言いながら、好史の言葉を思い出していた。
 「勉強が出来なくて嫉妬して、躍起になっても全然追いつけなくて。高い志を見せられて悔しくても、自分のしたい事なんてはっきりと分からないし。馬鹿なんだろうな」好史は、そう言っていた。
 「そういえば好史は、村谷さんは志が高いって言ってたけどな」何気なく僕は言った。
 「そう見えてただけだよ」村谷さんは答えた。「私、好史といる時は、肩肘張っていないといけなかったから」
 「どうして?」
 「それは、好史が不安定になっちゃってたから。いつだったか分からないけど、将来どうしようとか、もっと早く勉強始めてれはよかったとか、凄く不安な状態になっちゃってさ。私がしっかり励まさないといけないと思って」
聞きながら僕は、同じようなことを好史も言っていたな、と思った。きっと、どちらも本当にそう思っていたんだろう。
 「私、最近夢を見るんだけど」
 「どんな?」
 「好史とファミレスにいる夢」村谷さんがこう言った時、僕の胸はちくりと痛んだ。
 「そうなんだ」
 「それで、何を話すでもなく好史のことを見てたら、急に崩れ始めるの」
 「えっ、何が?」僕は、すぐにはその状況が思い浮かべられなかった。
 「好史が。ボロボロって。泥みたいになって。本当に浮ュなって、叫びそうになるんだけど、身体が動かないの。その辺で夢だってことは分かるんだけど、やっぱり寝ている自分の身体は動いてくれない。その上、好史が崩れていく夢が、勝手に私の頭の中に流れ込んでくる。起きてるのに、夢を見させられている感じがして。それが浮ュて、最近あまり眠れないんだよね」
 「夢だと言っていいのか分からないけど、浮「体験だね」と、僕は言った。
言いながら、僕はこうして村谷さんの所に居ていいのだろうか、という思いが、勝手に頭に浮かんでくるのを感じていた。
  「村谷さん」僕は言った。「俺は村谷さんを慰められているだろうか」
 「えっ」村谷さんは、小さく言った。
 「俺は、村谷さんのことを、少しでも慰めることができているかな」僕は、悔しかった。悔しくて仕方がなかった。そして、悔しくなっている自分を抑えられないことが、情けなくて仕方がなかった。
 「ダメだ。俺は自分のことしか考えられないクズだ」僕は席を立ち、伝票を取った。
 「違う、ちょっと待って」村谷さんの声が聞こえた。
 「ごめん、違うんだ。俺が悪いんだ。恥ずかしい話だよ」
僕は、レジで精算を済ませ、そそくさと駅に向かった。我ながら自分勝手だと思った。

十四幕は、ここで終わる。


書いてたら朝になっていくやつ

2015-01-11 04:17:00 | 小説
次回はちょっとファンタジー色のあるやつが書きたいな。


サイコドラマ⑬


 どんなに馴染みのない感情も、自然と浮かんでくるようだ。

 僕は、途方に暮れて帰路についた。村谷さんをこのまま放っておけば、リストカットの痕はますます増えていくだろうと思った。そう思うと僕の中で、ズタズタになった腕のイメージが、勝手に膨らんでいった。それは他でもない、僕が付けた傷だった。いても立ってもいられず、僕は外に飛び出した。日は沈んでいた。父親も母親も、夕食前の突然の出来事に、揃って怒りの声をあげた。これまで、特に隠し立ても無く生活をしてきた我が家だ。突然のこの行動は、2人にとって青天の霹靂といっても大げさではなかっただろう。夕飯はどうするんだ、という父親の声が聞こえた。その台詞は、今回ばかりは僕を苛立たせた。夕飯なんてどうだっていいんだよ。いちいちうるせえな。そんな風に思ってから、反抗期ってこういうことの繰り返しなんじゃないか、と今更ながら思った。
 外に出たからといって、行く当てがあるわけでもなかった。僕は、公園に足を運んだ。夏休みが明けてから、ここに通う頻度は多くなっていた。生活空間である学校と家から、唯一逃れられる場所だった。ベンチに近付くと、先客が見えた。
 「村谷さん」
村谷さんは驚いた風でもなく、俯いたままでいた。
 「村谷さん、さっきはごめん」
村谷さんは、僕に応えるでもなく、下の方を向いていた。
 「隣、いい?」と僕は少し遠慮しながら聞いた。
村谷さんは肯いた。怒っているようにも見えたけれど、僕は隣にそっと腰かけた。
 静かなまま、長い時間が過ぎた。村谷さんがどんな気持ちでいるのか分からず、僕は声をかけられずにいた。怒っているだろうから、まずはもう一度謝ろう。そう思っては、いや、そもそも僕のしたことが間違っているわけではないし、怒っているのがどうしてなのかよく分からない。そう思い直し、口をつぐんだりした。そして、それを繰り返すたび、心臓の音が大きくなったり、小さくなったりした。浜辺の波のようだった。
 村谷さんは、不意にぽろぽろと涙をこぼした。夜の暗さにも埋もれない、静かな、綺麗な涙だった。僕の心臓は切なく締め付けられた。同時に、僕は恥ずかしくなった。自分がどんな風に村谷さんに話しかけるか、などということに気を取られている間にも、きっと村谷さんはひとつのことを考えていたんだろう。そして、今流れてきた涙が、恐らくその答えなんだろう。そう感じた。
 どれほど時間が経ったのだろうか。時計を確認するのは気が咎めた。僕は、結局何も声をかけず、村谷さんを見ていた。色々と考えているうちに、今の村谷さんにとって、僕はここにいることだけのために必要なんじゃないか、と思うようになったのだ。
 「ごめんなさい」しばらくして村谷さんは、小さな声で言った。
はじめ僕は、その言葉が誰に向けられているのか分からなかった。
 「小池君を心配させるようなことをしちゃって、本当にごめんなさい」村谷さんはもう一度言った。
途端に、僕を切ない気持ちが支配した。俯いていて村谷さんの表情は見えなかったが、居た堪れない思いは僕にも充分に伝わってきた。
 「こちらこそごめん」と、僕は言った。
 「謝らないで」村谷さんは、俯いたまま言った。「小池君が許してくれなかったら、私、誰に許してもらえばいいか分からないよ」
僕は、村谷さんが誰かに許してもらう必要なんてないと思ったが、黙っていた。そういう問題じゃないんだ、という村谷さんの声が、聞こえてくるような気がしたからだ。
 「傷、見せてくれる?」と、僕は聞いた。
村谷さんは少し考えたようだったが、やがて静かに頷くと、自分の右腕のブラウスを、ゆっくりと引き上げた。月明かりに照らされ、白い素肌が露わになった。赤い筋が2本、走っていた。またしても、村谷さんに対する衝動が、僕の中にこみ上げてきた。僕は、それを必死に抑えながら、2本の筋を見ていた。そして僕は思った。僕は、この傷に恋をしているのではないか――
 「ごめん、村谷さん」僕は言った。
村谷さんは、何を謝られているのか分からない、という様子だった。それもそうだろう。僕は、村谷さんの傷に欲情し、そんな自分がたまらなく憎いのだ。
 「僕は今の所、村谷さんと向き合うことができないでいる。村谷さんの腕の傷を見ると、切ない気持ちになるんだ。自分が浮「よ」と、僕は辛うじて言った。
 「小池君」村谷さんは腕を僕の前に差し出して、言った。「私はカッターナイフで、小池君も傷付けていたんだね」
僕は思わず、村谷さんの腕に顔を付けた。冷たい腕だった。どうしようもなく切ない気持ちが募り、自分の舌で赤い筋をそっとなぞった。涙がこぼれてきた。
 「ごめんね、村谷さん。俺、こんなに、こんなに情けないなんて――」言葉が続かなかった。
不意に、村谷さんが僕の身体を抱きしめた。僕は、ゆっくり抱きしめ返した。キスよりも、温かい気持ちが僕の中に広がった。優しい時間だった。

 ここで、第十三場面の幕が下りる。


心ここにあらず

2014-12-29 01:55:00 | 小説

時々、前の話とか見直さずに適当に書き始めるんだけど、そういう時って大概、自分の中で話の筋が通っているかどうかとても心配になる。


サイコドラマ⑫


 乗り越えることは、全て腑に落ちることではない。

 僕は、村谷さんと一緒に下校するようになった。申し合わせたわけではなく、何故か自然と下校時刻が重なることが多くなったのだ。受験のことと好史のこと以外に、共有する話題があったわけではない。しかし、考えてもみれば、似たような生活習慣で動いている僕たちに、そもそも、それ以外の共通性などあまり必要なかった。むしろ、一通り共通した話題を並べ切った後、少しずつお互いを知っていく時間が、とても心地好かった。
 そのような下校制度になってから一か月ほどが経ち、村谷さんのことが少しずつ見えてきた。例えば趣味。村谷さんは、トレーディングカードを集めるのが趣味だった。それも、ャPモンのような可愛らしいキャラクターではなく、もう少しリアルで、グロテスクなキャラクターが目立つ類のものだ。なんでも、カードの名前とデザインを見ていると、美術館で絵を見ているような気持ちになるんだという。変わった人だと思ったけれど、
 「なるほど、面白い趣味だね」と僕は言った。
そして、陳腐なリアクションだと思い、少し恥ずかしくなった後、大概のコミュニケーションなんて、こんなものなのかもしれないと思った。仮に、僕が村谷さんともっと仲良くなったとしたら、同じように「面白い趣味だね」と言えるかどうか、分からなかった。
 それでも、村谷さんは僕の安っぽい応答に満足したようで、
 「今度見せてあげるよ」と言った。
僕は、カードの収集を見せてもらえることよりも、村谷さんの申し出そのものが嬉しかった。少なくとも事実上は切れてしまったひとつの人間関係が、新たなひとつの人間関係を作ってくれたような、そんな温かい感覚だった。そして、その温かい感覚には、同時にもやもやとした気持ちが含まれていた。恐らくそれは、好史への罪悪感と、村谷さんに対する不安だったと思う。
 村谷さんは、好史という大切な存在を喪い、どのような気持ちで今の僕と接しているのだろうか。僕は、村谷さんと同じ道を歩き、好史のことについて話をすることに、楽しさを見出している。それは、友人の死を乗り越えるための強い薬だと思う。ならばこの薬は、村谷さんにも同じように効くのだろうか。僕が感じている好史への引け目と、村谷さんが感じているものは、違うんだろうか。僕と話をしている時の村谷さんの横顔は、楽しそうに見える。これが僕の浮いた心のせいなのか、本物の表情なのか、僕には判断できない。しかし、そういった考えを、僕は毎日巡らせずにはいられなかった。村谷さんは、好史を喪った傷を癒すために、僕と関わっているのだろうか。相手が僕であることに、意味はあるのだろうか。もしあるのだとすれば、それはどういった意味なのか。もし無いのだとすれば、何故僕と関わっているのだろうか。そして、そういった堂々巡りを終わらせるために、僕にはどうしても確認したいことがあった。
 「村谷さん」
 「どうしたの?」
 「リスカの傷はどうなったの?」
 「え……あの」
ここまで聞き、僕は村谷さんの袖に手をかけ、一気に引き上げた――
 華奢な手首に、2本目の傷が入っていた。
 ふと見上げると、村谷さんの顔からは血の気が引いていた。僕は、それを見てかける言葉を失ってしまった。やばい、と思った。村谷さんは、僕の手を振り払い走り去った。