goo blog サービス終了のお知らせ 

おきると荘の書斎

おきると荘の書斎へようこそ。
実況プレイ動画を投稿したり、時々ニコ生で配信したりしています。

光陰矢の如し過ぎィ!

2019-08-07 18:25:00 | 小説
既に全体で2万字超えてるけど収集つくのかこれ……?

何はともあれ久々のお小説になります。
タグの小説もしくはキーワードの「うさぎ小屋」で検索していただければ全話ヒットします。

もう俺も最初の方よく覚えてないので、整合性は取れていないかもしれません。
でも頑張って書いてるので読んでくださいませませ。

うさぎ小屋⑩

 曾我さんの下宿は大学から歩いて15分ほど東にあった。オートロックの玄関を入ると小綺麗な廊下が続き、突き当りに階段がある。1つ上のフロアに上がると、すぐ左手のドアが曾我さんの部屋だった。
「電車じゃないんですね」
「電車は嫌い」
そういえばあの日、蔵橋さんと曾我さんは車で出鰍ッて行ったっけ。そんなことがもう大昔の出来事のように感じられた。
「シャワー浴びろよ。ずっと風呂入ってないだろ?」
「ああ、うん。ありがとう」1週間以上野ざらしだった体を女子の家に持ち込んでいる時点で相当引け目を感じていた僕は、遠慮なく曾我さんの家のシャワーを借りた。久しぶりの温かい水に体が溶け出していくようで、このまま一生浴びていたいという気持ちに駆られた。
曾我さんの部屋はいわゆる2DKという間取りで、玄関から続く廊下には浴室とひとつめの部屋のドアがあり、廊下の奥にあるダイニングの更に奥に、もうひとつの部屋へと続くドアがあった。
しばらくシャワーに夢中になっていると、不意に浴槽のドア越しに人影が見えた。何かを期待していたつもりはないが、不本意ながら僕はどぎまぎした。
「パンツ買ってきたからタオルと一緒にここに置いとくぞ。ジャージは私のだから小さいかもしれないけど、無いよりはマシだろ」と、コンビニの袋をガサガサと鳴らしながら曾我さんが言った。
「わざわざありがとうございます」と言いながら、僕は少しでも平静を失いかけた自分の気持ちを恥じた。
 浴槽を出ると、洗濯機の上にコンビニ特有の淡色のボクサーパンツと白いバスタオル、そして長袖のジャージが置いてあった。体を拭いてジャージに袖を通してみると、思いの外サイズはぴったりだった。
 先ほど通されたダイニングに戻ると、テーブルの上にグラスが2つ用意されていた。
「よし、じゃあ飲むか」と言いながら、曾我さんは冷凍庫で冷やしていたビール瓶を取り出し、僕のグラスに注いでくれた。
「エチル倶楽部の部員として、アルコールへの依存と敬意を忘れてはならない」自分のグラスにもビールを注ぎながら、曾我さんが楽しそうに言った。
「曾我さんはあまり部室に来ないですよね」
「部室に顔を出すだけが活動じゃないさ――では、猪島の人間復帰を祝して。乾杯」
「乾杯」
 そういえば酒も久しく飲んでいなかった。グラスを合わせて一口飲むと、キンキンに冷えたビールが食道を這って胃に吸い込まれていくのがよく分かった。
「どう?」と言いながら両手で頬杖をつく曾我さんの姿を見て、僕の中にあった曾我さんへの警戒心は少しずつほぐれていった。
「最高」僕は久しぶりの喉越しに感動すら覚えながら呟いた。
 曾我さんはそんな僕を見ながら満足げな表情で、喉を鳴らしながら3分の1ほど減らしたピールをコトンとテーブルに置いた。豪快な飲みぶりの割に、音は控えめだった。
「最近エチル倶楽部には顔を出してないんだね?」
「そうですね。色々ありまして」
「いけないね。授業には出なくてもエチル倶楽部には顔を出しておかないと」と言って、曾我さんは残ったビールを一気に飲み下した。「あれは稀有な良サークルだよ」
「どうして?」
「社会人が仕事以外でコミュニケートする機会は少ない。そして、その限られた機会の多くは飲み会という場に更に限定される。エチル倶楽部はメンバーが身銭を切って取り揃えた多種多様な銘柄のお酒に触れることで、酒に対する知識を得ることができる」
「かなり真っ当な理由ですね」
「そう。でも、それより重要なのは、アルコールを摂取した自分を知ることができる点だ。どんな酒を飲んだ時、自分はどうなるのか。陽気になるのか、センチメンタルになるのか。説教くさい話が多くなる? すぐに眠くなってしまう? 相手のキャラクターや関係性によってどう変わっていくのか? ……様々な場において、自分がどうありたいのか、そのためにはどの程度のアルコールが必要なのか。それらを客観的に知ることは、ある種どんなサークルよりも社会人生活に直結すると考えられないか?」曾我さんは瓶に残ったビールを僕のグラスに注ぎ、それでも余った分を全て自分のグラスに流し込んだ (グラス半分ほどになった) 。
「曾我さんはサークル活動を通じてアルコールと自分との関係性を客観的に位置付けることに成功したと?」
「まだまだ。でも、私の場合は解離性同一性障害があるから、周囲との関係性は1:Nではなく2:Nになる」
「解離性同一性障害って二重人格のことですか?」
「そう。田村や小嶋から聞いてたと思ってたけど」と曾我さんは何事もなく言う。
「はい、一応聞いてはいましたけど……どこまでオープンな話か分からなかったので」
「オープンでいいよ。ただし、世の同じ状態を抱えている人が皆同じようにオープンとは限らないから気を付けてくれ」と曾我さんは言った。強い方の曾我さんはどこか説教くさい感じがした。「そして、もう片方の人格の私も」
 曾我さんの最後の言葉の意味を測り兼ねた僕は、何となく部屋の壁に目をやりながらグラスを傾けた。
「私は彼女の人柄を知っているが、彼女は私の人柄を伝聞でしか知らない」少しの沈黙の後、曾我さんが続けた。「彼女は興奮状態や緊張状態になると無意識的に身を潜めてしまう。一定以上のアルコールを摂取した場合も」
「そうすると今の曾我さんが出てくるということですね」
「簡単に言えばそういうこと。彼女が潜ってしまうのは無意識的な行為だから、私が出てきてみたら見覚えのない場所にいる、なんていうことも昔はよくあった」
「昔は?」
「エチル倶楽部に入ってアルコールとの接し方を色々と試した。彼らにも随分協力してもらった。おかげで、彼女はどういう状況になると潜ってしまうのかに気付き、私はどういった状態の時に表舞台に押し出されるのかを学んだ。あの部室にはそういった大らかさがあり、時間があり、協力的な姿勢がある」ここまで一気に話して、曾我さんはグラスに半分残ったビールを一気に飲み干した。
 僕は今泉さんのことを曾我さんに聞きたくなった。だが、どんな切り出し方をすればいいのか分からず、結局聞かずにいた。結局、その夜は633mlの大瓶を2人で4本飲んだ。
午前2時頃になり「そろそろ夜も更けてきたので帰りますね」と僕が言うと、「どこにどうやって帰るんだよ。しばらく泊めてやるから新しい住まいと金策を早く済ませて社会復帰してくれ」と言われた。
曾我さんは2つある部屋の玄関に近い方に布団を敷き、B5サイズのキャンパスのノートを取り出した。「一通りのことは彼女に伝えておくけど、もし彼女が気付いていないようであればノートを見るように伝えてほしい」
 そして曾我さんがリビングの奥にある自室に戻った後、僕は今日1日の出来事を思い出し「長い1日だったな」と呟いてそのまま眠りに落ちた。意識が聡恚@で一気に吸い込まれた後のような、真空の眠りだった。


結局1000本ノック

2018-04-23 01:02:00 | 小説
思い付かないと言って何もしないより、思いつかなくても無理矢理推し進めた方が良いんじゃないかという、当然の結論にたどり着きました。


うさぎ小屋⑨


 学生の身分でありながら住所を失いなけなしの小遣いもなくした僕は、最低限の手続きを済ませると改めて自分のしでかしたことの馬鹿馬鹿しさに呆然とした。そして、気付くと溜め池沿いのベンチに横になっていた。汗と雨で湿ったTシャツがくぐもった不愉快な臭いを放っている。不潔さが気になり、授業にもここ数日間は出席していない。所持品を盗まれてから1週間が経過しようとしていた。水分は大学の水道水で充分に事足りたが、食事がとれないのは正直なところ耐えがたかった。暑さゆえに体中の水分とミネラルが抜けていくのだが、補充できているのは水分の方だけである。
「何してるの?」という声が聞こえたので見上げると、先日の「文学部飲み」で隣に座っていた蔵橋さんだった。
「浮浪者やってるんです」と僕は答えた。
「ああ、そういうコンセプトなのね」
「いえ、ほんとに」僕は空腹の不愉快さにたまらなくなりながら答えた。
「どういうこと?」と蔵橋さんは無邪気に質問を続ける。
「気になります?」
「かなり」
「実はですね。とある雨の日にサークルの先輩がふたりでいちゃいちゃしながら歩いてましてね」
「目当ての先輩だったとか?」
「分かりません。あるいはそうだったのかもしれませんが、どちらかというと初めて見た身近な同性カップルに面食らったというか」
「ほう」
「そのうち1人は二重人格で、その時の雰囲気は僕の知っているその人と全然違ったんですよ。」
「うんうん」
「その後もう片方の先輩と部室で会ったんですが、何事もなかったかのようなさっぱりした雰囲気で。彼女は二重人格じゃないはずなんですが、雨の日に目撃した場面と比べるとその二面性はもはや異なる人格なんじゃないかと思ったんです。僕のこれまでの人生にとってその一連の出来事が都会的過ぎたんでしょうね。気付いたら下宿を払ってホームレスになってました」僕は先輩の相槌に心地好さを覚えつつ一気に大まかな経緯を語った。
「なるほど。最後のフレーズの跳躍が随分思い切ってるけど。消化不良になった勢いで家を飛び出しちゃったわけね」
「そうです」
「で、これからどうするの?」
「分かりません。このまま汚くなるにつれどんどん人に頼りづらくなっていって本物のホームレスになるかもしれません」
「なるほど。それは家出計画としてはあまり成功とはいえないね」蔵橋先輩は心配そうに言った。
「そうなんです。ただ、こうして履き古した靴の中敷きみたいな気持ちになってみると、日光が一層気持ち良いですよ」
「私の知り合いには少なくともそんな境地にたどり着いた人はいないけど」蔵橋さんはそういった後、「ちょっと待ってて」と言ってどこかへ駆けていった。
 こんな状態の後輩によく声をかけたものだと感心していると、しばらくして蔵橋さんが戻ってきた。手には大学生協の袋がぶら下がっていた。
「ごめんね、こんなことしかできないけど。良かったら食べて」と差し出された蔵橋さんの手には、おにぎりが3つ乗っていた。
「いえいえ、そんな」と辞退しつつ、僕にとってこのおにぎりが命に関わると思うとどうしても視線を離すことができなかった。
 いいのいいの、とおにぎりを押し付けて蔵橋さんは去っていった。自分の手元に残ったおにぎりを見て、以前であれば何のありがたみもなかった物に唾液の分泌が止まらなくなっている自分が情けなくなった。
 おにぎりを貪り絶望的な空腹感から逃れると、不意に吐き気を伴う倦怠感が押し寄せてくると同時に、蔵橋さんが文学部の先輩や同期に僕の追い込まれている現状を吹聴するのではないかという不安が脳裏をよぎった。とりわけ吉木は「大2病だ」とか言って僕をこき下ろすに違いない。そう考えると、蔵橋さんに自分の境遇を語ったことが今更ながら悔やまれた。
 大学にいると見世物にされないとも限らないと思い起き上がろうとした時、聞き覚えのある声が降ってきた。
「おい、お前こんな所でなに干上がってんだ」
「はい……あ、曾我さん」
「汚い恰好してるなあ。何日風呂入ってないんだ」
「分からないですけど、少なくとも1週間は」あなたのせいですよ、と言いたい気持ちを抑え、僕は曾我さんの威勢にどぎまぎしながら答えた。
「とりあえず私の家に来いよ」と曾我さんが言う。初対面の面影は全く感じられない、男性性の強い口調だった。
「いえ、さすがにこの格好では――」
「可愛いエチル倶楽部の後輩が死にかかってるのを見過ごすわけにはいかないって。ここから近いからついて来いよ」そう言うと曾我さんは腕組みをして、僕が立ち上がるのを待った。僕は吐き気を抑えながらゆっくり起き上がった。


キリモリスキー

2017-01-20 01:57:00 | 小説
平日に真夜中まで起きてる学生諸君。
社会人になったら自然に変わるだなどと思い上がらないことだな!!!


うさぎ小屋⑦


 2人の先輩の逢引を目撃してから、僕は人のことが真っ直ぐ見られなくなった。曾我さんの堂々とした雰囲気と、曾我さんの半身に身を委ねるように寄り添う今泉さんの姿が鮮明に脳に焼き付いて離れない。何か、重大な秘密を理不尽に押し付けられた時のような落ち着かない日が何日か続いた。エチル倶楽部ではしばしば今泉さんと顔を合わせたが、言葉の一つひとつがあの日のイメージに繋がって気分を波立たせた。僕の中のそのイメージはいつしか妖艶な性質を帯びていた。普段のさっぱりとした様子が、ますます曾我さんとの生々しい関係を連想させた。
 大学の講義は相変わらずピンと来ないものばかりだった。教授や学生の顔を見るたび、僕はその後ろにある生々しい私生活を想像してしまうようになっていた。ためしに僕は、講義中に同じ教室にいる男子学生の顔をまじまじと見てみた。そして、彼の手を握った時の感触をじっくりイメージしてみた。途端に虫唾が走るのを感じて連想を中断した。次に、近くに座っている女子学生を見た。手の骨格や肉づきが男女でこんなにも違うのかと思った。見るからに水分を多く含んでいるその小さな手のイメージは努力せずとも自発的に浮かんできたし、じっと想像しているうちに僕の心は自然に興奮を覚えていた。同じ人間なのに、湧いてくる感情がここまで違うものかと驚いた。
 僕はその後も教室にいる学生に対して同じことを何度か試してみた。男子でもあまり嫌な感じが起こらない時もあれば、女子の手でもあまりイメージが膨らまない場合もあった。実生活で全く関わりのない赤の他人にすらここまで違う印象を持っているのだということを今更ながら自覚し、自分の内面にすら知らない世界があることに軽い絶望すら覚えた。
 今泉さんと曾我さんはどんな気持ちでお互いの手の温もりを感じていたのだろう。どんな悦びや苦しみを共有しているのだろう。今ここで不特定多数を相手に一方通行の妄想を育んでいる僕は、今誰かと少しでも何かの感情を共有しているのだろうか。自分の心にすら気付くことなく死んでいってしまうのだとしたら、僕の人生は僕にとって価値のあるものなのだろうか。曽我さんと今泉さんの一件は、均一に繰り返される日常を歩いていた僕にはあまりに強い刺激だった。
 夏も終わりに近づいたある雨の日、僕はエチル倶楽部で今泉さんと2人きりになった。
「学生の本分は勉強なんだというけれど、学問なんて関係ない世界で働く人がほとんどなのが皮肉だよねえ」
今泉さんは学生生活をのんびり暮らしているように見える。夏の縁側がよく似合いそうな地味顔を見ていて僕は落ち着いた気持ちになったものだが、今は心のざわつきを抑えられなかった。
「こうやって荷物の無い生活を続けられるのもあと2年かと思うと今から気が重いよ。でもせっかく何もないんだから将来のことなんて考えない方が本当はお得なんだけどねえ」
「そうですねえ」と心のこもっていない相槌を打ちながら、僕は芋焼酎をストレートで呷った。アルコールは喉と一緒に心にじわりと沁みるようだった。
「そんな飲み方して大丈夫? 若いねえ」と、今泉さんはゆったり言った。
「大丈夫じゃないです」僕は言った。実際もう頭がくらくらしている。
「何か嫌なことでもあった?」今泉さんは僕の向かいに座り、同じ焼酎をぐい呑みに注いで飲んだ。「うえっ、凄いねやっぱり」
僕はどんどん自分の中に潜るように焼酎を飲んだ。少しずつ視界が薄くなり、どこを見ているのか自分でも分からなくなった。顔中の筋肉が緩んでいるのが分かった。今泉さんが心配そうに僕を見ている。その姿は非力な小動物のようで、今日でなかったら僕は支配欲に任せて襲いかかっていたかもしれない。しかし僕は、今やアルコールの作り出す渦の中に飲み込まれようとしていた。
「本当に大丈夫?」今泉さんは僕のただならぬ様子を感じ取ったのか、こたつを出て僕に一歩近づいた。
落ち着きかけていた僕の心に、また冷たい風が吹き込んだ。
「いや、いいんですよ、これでいいんです大丈夫なんですこれで」僕はそう言いながら今泉さんを避けるように立ち上がり、そして膝から崩れた。湯船で溺れたような感覚だった。
「猪島君……?」歩み寄りかけていた今泉さんは、僕との距離を図るように立ち止まった。僕は肺に直接触れられたような罪悪感に襲われた。
「大学生なんだから群れるより自分の好きなことを自分でやった方が絶対にいい」と言った吉木の言葉がふと頭をかすめた。もっとも、吉木は自分が属していないサークル活動という世界を「群れ」と呼び、学友たちとの馴れ合いを正当化しているだけにも見えた。さながら井の中の蛙が大海を知らぬように。それでも、彼の言わんとしたことが僕の琴線を複雑に揺さぶったのはどうやら確からしかった。うさぎ小屋で生まれたうさぎは、薄い檻を一枚隔てた先にもっと開けた大地があることを知っているのだ。
 その日から1か月後、僕は下宿を引き払い、住所不定になった。

自傷行為ができるかどうか

2016-10-06 00:38:00 | 小説
自分の身を守っていると何も起きずに終わってしまうところがあって、
何か避けたい道を通ることをしないと結果的につまらないだけで終わっちゃうんだよね。
それしんどくない……?


うさぎ小屋⑥


 東京の雨は性質が悪い。薄灰色に包まれた街は、いつもより汚く見える。小学生の頃は雨が降ると上を向いて口を開けていたものだが、東京に住んでいたらそんなことは絶対にしていなかっただろう。酸性雨やら環境汚染やら、かつてはいまひとつピンとこなかった言葉が、ここではとてもリアルな感じがする。
 火曜日は朝から18:00まで授業が詰まっている。雨の影響は大きく、どの講義も普段の3分の2程度の出席者だった。僕も家を出るか否かで相当迷ったが、後で痛い目に合うのも浮「ので顔を出すことにした。傘が持ち込む雨の湿気とにおいが教室中に広がっていて、気持ちが滅入った。前でピアジェがどうのこうのと言っている先生も心なしか不機嫌に見える。僕は頬杖をつきながらしばらく窓の外を眺めていた。高校生であれば青春の甘酸っぱさに酔うこともできただろうが、大学校舎の2階の窓にはどんよりとした将来の不安だけが映り込んでいた。
 棚田のようになった教室では、後ろに座っていても教授の薄い頭がよく見える。逆に言えば教授の側からもこちらがよく見えているということだ。それも人数の少ない今日のような日は、余所見をする不真面目な学生が目について仕方ないことだろう。そんなことを考えながらふと後ろを振り返ると、入り口側の一番奥の席に今泉さんがいた。相変わらず地味な顔立ちだが、けばけばしく仕立て上げた顔より地味な顔を見ている方が安心できた。今泉さんは僕に気付いていないようで、真剣な面持ちで講義に耳を傾けていた。それならもっと前の席の方が聴きやすいと思うのだが、つい目立たない所に落ち着いてしまうのが日本人の性というものだろう。
 ひと通り幼児の発達についての話が終わると、少し早めに授業は終わった。そのままエチル倶楽部に顔を出そうかと思ったが、ふと今泉さんの後をつけてみようと思い立った。今泉さんがエチル倶楽部に出てくる頻度は田村さん・小嶋さんに比べると少ない。普段の学生生活をどんな風に過ごしているのか少し気になった。エチル倶楽部の外側の人間関係はどうなっているんだろう。今思えば、今泉さんに限らず他の3人も外の話はあまり口にしなかった。あの別世界のような空間にいると日常を忘れがちなのかもしれない。
 今泉さんは校舎を出ると、エチル倶楽部の部室とは反対にある北側の校門に向かった。淡いピンク色の傘には可愛らしい花の模様が描いてある。恐らく適当に買ったものではないだろう、と僕の無知な目でも察することができた。今泉さんによく似合っているが、無頓着にも見える服装と比べると少し不思議な対比だった。
 校門を出ると、大学に面した道をしばらく東側に歩いた。駅とは反対側で学生はあまり向かわない方角だった。少し人通りが少なくなったが、それでもカップルや主婦らしき女の人が雨の中を行きかっていた。なんとなく新鮮な印象に、僕はきょろきょろと辺りを見回した。飲食店や小さなオフィスビルが立ち並ぶ通りは、更に少し進むと商店街に繋がっていた。
「早かったね」という今泉さんの声に、僕は我に返って歩みを止めた。
今泉さんが話しかけているのは曾我さんだった。エチル倶楽部の活動というわけではなさそうだった。
「じゃあ行こうか。ここに車停めてあるから」と曾我さんがコインパーキングの看板を指さしながら言った。
 僕は強烈な違和感に襲われた。曾我さんの雰囲気はこの前部室で会った時とは明らかに違っていた。声もはっきりしているし、おずおずとした感じも今の曾我さんには全くなかった。得体の知れないものを見たという不安が僕の心の中にじわじわと広がっていく。雨の音が大きくなったような気がした。
 これが一人二役か……と、しばし僕は茫然として2人を眺めていた。今泉さんは右腕を曾我さんの左腕に絡めて歩いている。曾我さんはガウチョパンツのャPットに左手を突っ込み、今泉さんから受け取った傘を右手で差している。曾我さんが僕からは見えない運転席に乗り込むと、車のエンジンがかかる音がした。よく見ると車はパーキングのフラップの前に停まっていた。
 やがて2人を乗せたセダンはパーキングの出口を左折して遠くの方に消えていった。湿ったアスファルトを蹴るタイヤの音だけが、しばらく僕の耳に残っていた。

外界に接する

2016-08-17 22:44:00 | 小説
お盆でしたね。

久々に外に出てまいりました。
外界に触れるとやりたいことがいっぱい出てくるよね。

やっぱり、外の世界との交流がなくなると気持ちが停滞するもんですね。

今回一回風を通してみて改めて感じました。

うさぎ小屋④

 1か月が経った。僕は時々授業をサボるようになった。とはいっても、サボって何かをするわけではなく、寝ているかインターネットに興じているか、そんなところだった。ただ、高校生の頃と比べると、散歩をすることが多くなった。色々とやらなければならないことが重なる時期が終わり、改めて自分に与えられた自由な4年間のことを考えると、広大な草原に置き去りにされたような感覚になった。僕はその感覚を紛らわせるために、時々エチル倶楽部に顔を出した。今泉さんと田村さんは終業後の時間帯に決まってやってきた。小嶋さんは常に部室にいた。ちゃんと自分の下宿はあるらしいが、校舎への距離も近く居心地も良いこの場所は、小嶋さんでなくとも油断すれば居着いてしまいそうな吸引力があった。大学という小さな社会の中で、僕のことを認識している人は全体の5%にも満たない。まして、僕という人間を日常の中で思い浮かべる人はほとんど皆無といっていい。そのわずかな繋がりに逃げ込もうとしている僕は、人としてごく自然な状態にあると思う。
 ある晴れた日の昼下がり、空きコマの時間帯に入った僕は少しずつ攻撃的になっていく日差しから部室に逃れ込んだ。部室には田村さんと小嶋さんがいた。
「ロシアの小説は慣れるまでが大変だよね」と田村さんが言った。
田村さんと同じく僕もほとんど本など読んだことのない文学部不適合人間だったが、田村さんがロシア文学を専攻しているという話を聞いてからドストエフスキーの『罪と罰』を読んでみた。なぜ罪と罰かといえば、インターネットで気まぐれに検索してみたところそれくらいしか聞いたことのある本がなかったからだ。
「全然登場人物が覚えられなかったんですよね」僕は言った。
「そうなんだよね。みんな急に愛称とかで呼び合い始めるし」田村さんは笑いながら言った。その中にどれほど本気が含まれているのかはよく分からなかったが、ひとまず僕の感じた読みにくさは理解してくれたようだった。
「そう、それに罪と罰はミステリー小説だからさ。人物名に混乱して気を取られてると何が何だか分からなくなってくるんだよ。本当は思想とか宗教のテーマがずっと流れてるのに、事実関係の把握に忙しくてそこまで読み込めない。そして気付いた時にはロージャが地面に接吻してて、『ああ、これがかの有名な』みたいな感じになって物語が終わる」
「まさにそれでした。かといって2回読むにはちょっと分量が重たいというか」
「分かる。まあ、実際2回目って意外にするする読めちゃうから、考えてるほど重たくはないんだけどね」
「そうなんですね。僕、同じ本を2回読んだことなんて一度もないかもしれないです」
「読み方は人それぞれだからね。読んでみようと思っただけでも文学部の素質あると思うよ、僕からすれば。僕だってほとんど本なんか読まないけど、それでも高校の頃に比べれば義務的に読んでてさ。そうすると、かじるどころかちょっと歯形付けた程度にしか読んでないのに、周りの人がもっと読んてないことに気付くんだよね」
「そんなもんですかね」
「そうだよ、ホントに。その分アニメ・漫画・ラノベみたいな方向でみんな物語に触れてるんだね。僕はそっちにも詳しくないから誰とも話ができないんだけど」
「僕もそうです。昨日社会学の先生がアニメを教材に持ってきてびっくりしました」
「教授も授業をキャッチーにしようと必死だからな」小嶋さんが口を開いた。
「まあ、これから社会人になる人がほとんどである以上、社会で多く取沙汰されてることを取り上げた方が学生のためでもあるだろうしね」田村さんが付け足した。
 その時不意に、ドアが開く音がして薄暗い部室に光が差した。背後を振り返ると、今泉さんではなく小柄で少し派手なスカートを履いている女子学生が入って来るところだった。
「あれ、珍しいお客さんだね」田村さんが女子学生に声をかけた。
「あれ、新しい部員が増えたんだ」女子学生は、小柄な体格に似合った高めの可愛らしい声で言った。
「この子は猪島君。新入生で文学部」小嶋さんが僕を紹介した。
「はじめまして。猪島といいます」
「はじめまして。曾我です」と曾我さんは小声で挨拶して、小嶋さんの顔を見た。
「何後輩相手に緊張してるんだよ」小嶋さんが曾我さんをからかう。
「だって初対面に先輩も後輩も関係ないし、心の準備が……」最後は消え入るような声で言った。
緊張した曾我さんの声を聞き表情を見ていると、何故か僕までドキドキしてしまいどうしていいか分からなくなってしまった。
「曾我さんは俺と同じ工学部。女子の割合が極めて少ない中一人二役で頑張ってるので、部室に来た時には労ってあげてね」小嶋さんはそう言ってからからと笑った。
一人二役と聞き、僕はこの曾我さんこそが二重人格の先輩なのだと悟った。ただ、二重人格がどういう病気なのか、どの程度まで触れていい話題なのかもよく分からなかったので、とりあえずもう一度挨拶をしてこたつの近くに座りなおした。
「とりあえず飲んだら?」小嶋さんは曾我さんに向かって言いながら立ち上がり、棚からウイスキーの瓶を持って来て手際よく水割りにした。
「うん」曾我さんは小さく頷くと、グラスを受け取って一口飲んだ。遠慮がちにお酒を飲む曾我さんの姿は小動物を連想させた。
「さっきも小嶋が言ったとおり曾我さんは一人二役なんだけど」田村さんはこともなげに言った。「あいにく相方が出てくるのを制御することはできないので、臨機応変に対応してあげてね」
「は、はい。でもどうすればいいんですか?」
「基本的には別の人だと思って接してれば大丈夫。ちょっと最初は違和感があるかもしれないけど」田村さんは言った。
曾我さんはなおも恥ずかしそうな表情のまま水割りを飲んでいる。僕はなんとなく未知のものに対する漠然とした不安を覚えたが、同時にそれは好奇心でもあった。
 ふと時計を見ると、既に次の授業の時間帯に突入していた。
「あ、やばい。もうこんな時間だ。曾我さん、よろしくお願いします」僕は一言曾我さんに挨拶をして部室を後にした。新たな部員と出会った僕の心は、はじめて部室に顔を出した時のような新しい気持ちに切り替わっていた。