二人の母

戦後を苦労して子供達を必死で育ててくれた母親達を回想する。

デジブック 『淀屋橋から渡辺橋まで』

2017-07-31 22:40:50 | 日記

デジブック 『淀屋橋から渡辺橋まで』

http://www.digibook.net/d/e795a317a14b14fdec5075568edf6618/?viewerMode=fullWindow


軽量の一眼レフを、「故郷の2017年秋祭の撮影」に備えて買いました。
ところが、説明書を読むと、撮影機能と技術の多様性におどろきました。
最初、これではとても使いこなせないと後悔しました。
絞り、シャタースピードの他に、視度調整、ISO感度の組み合わせ等々、頭の中が大混乱!!

メーカーのメールマガジンに「7・8月のワークショプの案内」が載っていましたので、早速申し込みました。ワークショプに参加して、オート機能を上手に使えば、意外と簡単に撮影できることが分かってきました。
初回のワークショプは「「和」を写そう~和を感じる写真のとりかた~」でした。
今回は「Tvモード体験「動きのあるものを撮ってみよう!」」でした。
「構図で決めるお洒落フォト」は7・8月とも、定員申し込みワクがいっぱいで、残念ながら申し込みできませんでした。

今まで、殆ど家に引きこもっていたので、初回のワークショプは、夫が車で連れていってくれたので、迷わなかったのですが、二度目は、一人で参加。地下鉄淀屋橋でおり、写真を撮りながら、カメラの店に向かいました。
フェスティバルタワーウエスト一階でしたので、分かりやすいはずだったのですが、ところが、うっかり通り過ぎてしまいました。
車で来た時は、堂島川の横を通ってきたので、道沿いにあり、簡単に着きました。今回は土佐堀川沿いに歩いていたので、見過ごしてしまったのです。後戻りして行くと、フェスティバルの一階の郵便局が目につき、飛び込んで教えてもらうと、向かいのビルで、堂島川側だと云う事が分かりました。


帰りも、練習がてら、フェスティバルタワーウエストから大阪市役所界隈まで写しながら、淀屋橋まで歩きました。。

ワークショプに参加して、丁寧に解説し、体験もさせて下さったので、少しは理解できたように思いましたが、いざ写そうとしても、思い出せず、気が付いたら、オート機能に頼ってばかりで、やっぱり、自信がありません。
たいへん、お見苦しいこととは存じますが、見て頂けますと幸いに存じます。

最後まで、読んで下さいまして有難うございました。




「日和佐八幡神社秋祭り」がyou tubeに!!

2017-07-14 11:49:31 | 日記
今も北九州の災害や鹿児島の地震など、多くの人がつらい思いをされていることと存じます。

被災された皆様、そして被災地の皆様に お見舞い申し上げます。
一日も早い復興をお祈り申し上げます。



前回「我が故郷徳島県の日和佐の家が砂防ダムになり工事中」と云うブログを書きますと、思いがけず、多くの方々からデジブックの方に励ましのコメントを頂きました。
大変、癒されましたので、お時間がございましたら、コメントの方も読んで頂けますと幸いに存じます。

また、ある方からは、「日和佐八幡神社秋祭り」がyou tubeにのっている事を教えて下さいました。

家族皆で見せて頂きました。

主人は高校卒業後、大阪に就職したので、秋祭りには参加していなかったのですが、父親がお祭りの後、肩の皮膚がむけて痛がっていたのを思い出したり、小学生の時、みんなで一緒にお囃子の練習をしていた頃の事を思い出し、話をしてくれました。
残念ながら、お盆の時だけで、秋祭りには帰っていなかったので、子供や孫は、こんなに盛大にお祭がされていることを知りませんでした。

主人の同窓会が、今年秋祭り前日辺りに予定しているそうなので、私も一諸に帰省して、写真を撮り、デジブック(DB)にしてみたいと存じております。その時、砂防ダムの工事の経過も写真に収めておきたく存じます。
うまく撮影でき、DBに仕上げられるかどうか、まだ素人のはしりなので、良いアルバムになるかどうか分かりませんが、ぜひ挑戦してみたく存じます。

最後まで、読んで下さいまして有難うございます。


デジブック 『故郷「海亀が産卵する大浜海岸」』の実家が砂防ダムになる

2017-07-10 09:24:11 | 日記

デジブック 『故郷「海亀の産卵浜」』

http://www.digibook.net/d/e605c91ba0ca3cf1709eede4b2c5e75e/?viewerMode=fullWindow


昔から何度も押し寄せては繰り返す宿命の災害の歴史、
そして、予想もしていなかった今回の北九州の大雨による山崩れ、
次から次へとむけられる牙に、この先どう対処していけば良いのか、途方にくれる昨今です。

我が故郷も南海トラフ巨大地震に備えて、2年前に、家の敷地は「砂防ダム」になることになりました。
完成には4年位かかるそうです。
先祖代々の墓はそのまま、大浜海岸の近くにある「日和佐八幡(はちまん)神社」の近くにある墓所にそのまま安置したままです。


娘は故郷が好きで、出来れば、ここで、家庭を築き住みたいといっていたのですが、私達夫婦が上阪した事、自分にあった仕事がない事等で、今のところ、諦めています。でも、美波町は、海あり、山あり、里あり自然がいっぱいなので、若い人に人気があり、空き家をリホームして住んでいる方も、結構いて下さるそうです。

お盆には、お墓の草ぬきやご近所の人に何かとお世話をお掛けいたしておりますので、ご挨拶に帰っています。
お陰様で、皆さんに会えるのを楽しみにしています。どうか、皆さん元気で長生きして下さい。

近くに町営の民宿「うみがめ荘」や、ホテル「白い燈台」などがございます。
「うみがめ荘」の駐車場脇のプールで泳いでいるウミガメはいつでも無料で見れます。

デジブックの皆様からも、素晴らしいコメントが届いております。
①「フルウインドウ」でご覧下さった後、②画面の右上にあるペケ「X]で閉じて頂きますと、③「メールで紹介」画面になります。画面の下の「キャンセル」としますと、④最初のデジブックの画面がでてきます。その一番下に
⑤「コメントを見る」がございますので、クリックして、ご覧頂けますと幸いに存じます。
宜しくお願い致します。


ネットから「ひわさ(美波町)の全景」と城山、「アカウミガメ」の写真を使わせて頂きました。


デジブック 『わらべ地蔵(十二支)』

2017-07-06 16:29:05 | 日記

デジブック 『わらべ地蔵(十二支)』
http://www.digibook.net/d/9d95e1bf800c1ebd743f6fe4eadfa608/?viewerMode=fullWindow


つゆの晴れ間に、「七宝寺のわらべ地蔵さま」に会いに行ってきました。
この世に生まれた時は皆同じだと思っていたのに、何故か十二支など、いろんなものが複雑に影響して人生大きく変化してくるのでしょうか?でも、最後は、皆、仏様になるんですね。

話は飛びますが、主人の母は、私の母の里の百姓とは違って、庄屋さんに生まれ、お父さんは、村で初めてバス会社を作った方で、碑も立っていたと聞いております。ところが5歳の時に、産みの母が亡くなり、後添えにきた義母が旅館の仲居さんをしていた方で、1人娘がいたらしいですが、兄弟に預けて再婚されたそうです。かなり怖くて意地悪な方であったようです。
お父さんは、家のことは義母に任せきりで、奉公先も四国からも遠い埼玉にやられ、相当気苦労されたようです。嫁ぎ先も、義母の姉の所に決めてしまい、すべて、義母に良い様にされていたようです。

義母の姉も、四国八十八箇所の札所のある村で、小さな旅館をしていましたが、子供が無くて、連れ合いの親戚の男の子を養子に迎えました。
その子が年頃になったころ、旅館業を嫌がったものだから、廃業し、海岸に近い山里に引っ越して行きました。結婚話が出ていた頃は、小学校の先生になっていました。おとなしい人で、育ての母(祖母)に、滅多に逆らった事はないのですが、余程、旅館業が嫌いだったようです。

結婚して、1年半後に長女が生まれてから、ほぼ、2年毎に長男(主人)次女、次男と生まれました。戦争が始まってから、台湾の学校に赴任して行きました。

長女は、祖父母のたっての願いで、日本においていきました。
戦争が終ってからも、あちこちに赴任しましたが、長女はいつも置いていかれたので、寂しかったようです。


デジブック 『能勢大阪摂津大仏様と五重塔と涅槃仏様』

2017-07-02 07:46:57 | 日記

デジブック 『能勢大阪摂津大仏様と五重塔と涅槃仏様』

http://www.digibook.net/d/8814cd1ba14d1cb1f0d9e5c08ac5e71e/?viewerMode=fullWindow



主人の母が10月24日に旅立ち2週間がたった頃、「七宝寺」の大仏様の事を、思い出して、再び訪ねてみました。

「大仏様」は、高台にあり、階段の両側には、沢山の羅漢さんがおられました。さらに奥へ行くと、「黄金の寝釈迦像様」が、そのまわりを何百もの羅漢さんが取り囲んでおられました。

「お母さんも、このような安らかな寝顔でゆっくり休んで下さい。」とお祈り致しました。

紅葉がとても綺麗で、主人と「来て、よかったね。」と感謝いたしました。


「大仏様」のデジブック(DB)ちょっと手抜きで、お見苦しいかと存じますが、「フルウインドウ」で見て頂けますと、大変有難く存じます。

あつかましいお願いで、悪しからず、お許し下さいませ。