二人の母

戦後を苦労して子供達を必死で育ててくれた母親達を回想する。

デジブック 『野間の大けやき』

2017-06-24 19:26:25 | 日記

デジブック 『野間の大けやき』

http://www.digibook.net/d/a7c58b7b90cd14b1f47e6d44f2d4a71c/?viewerMode=fullWindow

 



昨年10月になって、偶然山懐でお見かけ致しました「七宝寺の黄金の観音様」のお参りに行きました。五重塔の方にも回ってみますと、石像が多く、しかも意外にも奥が深いのです。
「大仏様」は、高台にあり、階段の両側には羅漢さんがいました。さらに奥へ行くと、「黄金の寝釈迦像様」が、そのまわりを何百もの羅漢さんが取り囲んでいました。とにかく、石の仏様はじめ羅漢さんの数の多いのに圧倒されました。


いったい、能勢を治めておられたお殿様、そして住民の方々はどのようなお人柄で、どのような歴史を歩んで来られたのかなあ?と思いを巡らせながら、「七宝寺」を後にしました。
{(現在「七宝寺の黄金の観音様」(前編)「大仏様」と「黄金の寝釈迦像様」(後編)に分けてデジブック(DB)を作成中ですが、まだ、不慣れなので、ちょとしたことがわからず、時間がかかっています。)}


帰りに、大けやきを訪ねると、秋祭りの檀尻(だんじり)を地元の人々や若い衆が引き上げようとしている所にでくあわせました。またしても、偶然に檀尻を見ることが出来て、思わず、主人と二人で「お祖母ちゃん、ありがとう。」とつぶやきました。
お陰様で、デジブック 『野間の大けやき』に秋祭りの檀尻(だんじり)を追加することで、DBの出来上がりが、大変よくなりました。


母は、旅立っても傍で、いつも見守ってくれているようで、良い親に恵まれていたのだと、つくづく、心から感謝しました。

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樹齢1000年以上「野間の大けやき」でアオバズクが子育てしていると放映

2017-06-24 18:52:57 | 日記

昨年6月上旬に、一度野間の大けやきを見に行ったのですが、まだ雛の姿はみえませんでした。7月中旬過ぎたころ、次女が、テレビで「野間の大けやきで、アオバズクの雛が巣から出てきている」と放映していたのでぜひ、見に行きたいと云うので、行って来ました。

カメラを写している方が5~6人いました。土日祝はもっと沢山来ているそうです。今日は平日だったので、ゆっくり観察する事ができました。
カメラをかざしておられる方向をよく見ると、3羽の雛が並んで、枝に止まっているのが見えました。その少し上の枝に雌の親フクロウが、もう少し離れた所に、鋭い目をした雄が見張っていました。

資料館の人が「早朝くれば、親フクロウが、カエルなどを取って来て雛に食べさせている所が見えますよ」と教えてくれました。キャンスがあれば、ぜひ親フクロウの早朝のエサ取りやエサやりの写真を撮り、DBの載せたく存じます。


大きな根が周辺の小石の所まで、露出していたので、なでなでして、「少しでも元気で長生きできます様に」とお願いして、帰路につきました。

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結局、夫婦は手を取り合って行くしか無いのかなあ!

2017-06-21 06:17:54 | 日記
夫婦の中は不可解?
「子はかすがい」と云うけれど、どうだったのかなあ?

さんざん、父にお金をむしり取られて、競輪場には行かないと約束したのに、簡単に破られだまされても、結構、相性が良かったのかなあ??

その後、離婚することもなく、時には、二人で競輪場に行ったりもしていたようだ。



「サルタ彦大神と竜」古代の子宝信仰より



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家族会議

2017-06-20 03:58:32 | 日記

        写真はネットから引用させて頂きました。

父の母親と妹、私の父と母の4人が集まって、家族会議が始まった。
男の子を残して、母が女の子を連れで家を出ると云う離婚話も出たが、父が誤って、「競輪場には行かない」と約束した。幸い、元弟子が建具の店を開いていたので、そこで雇ってもらうことになる。「決まった仕事がないと、男はろくな事をしない」と父の母親が言っていました。

競輪の予想は続けていて、競輪が始まると、母に買ってきてもらうことになる。母は、予想通りに買うので良く当たり、仲間が教えてと寄ってくるほどになる。ある日、このレースは一着と二着が入れ替わりそうだと思った母は裏も買ってみたら、的中し、高配当の大穴があたって嬉しかった事もあったそうな。しかし、母は、決しってのめり込む様な事はなかった。

一方、父は我慢できず、給金を前借してまで、競輪場に行くようになる。
父にお金を貸す人は何処にもいなかったので、無茶はしなくなった。
その頃はまだサラ金がなかったので幸いでした。
その後、時には夫婦で一諸に行ったりもしていたようだ。
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父と母が大喧嘩

2017-06-19 11:26:49 | 日記
父の脊髄カリエスも良くなってきた頃、戦死者の肖像画の仕事は減少し、近くの映画館のおやじさんが、映画館の表に掲げる看板の絵を描いてくれるように頼まれて、そちらの仕事も掛け持ちしていたが、競輪はやめられず、日夜、ノートに選手の成績を付けて予想し、当たる確率を上げるように益々努力し始めた。時には大穴も当てられたが、それまでのレースにお金を使い果たしてしまい買うことが出来ず、やっぱり損ばかりしていました。

母の商売道具のお米をこっそり持ち出して売っていたりしたので、母が、ある日長男を競輪場についていかせ、お金を一部預からせて、いたそうです。ところが、競輪場の近くの浜で釣りをして待っていた長男のところへやってきて、お金を全部もっていたそうです。本命のレース前に使い果たし、あげくのはてに、近くに住んでいた父の妹の所行って「母がお財布を落として困っているので、お金を貸してほしいと頼まれた。」と言わせて、お金を借りさせたのです。その日は儲かったはずなのに返さず、何日か経て、妹から返済の話が来て、母はびっくり!妹も「子供までが私をだました」と怒り出す。
さすがに、母も腹に据えかねて、父と大喧嘩の末に、近くにあった物(たぶん、手に持っていたお茶碗)を投げて、父の額から、血が流れていたのを覚えています。小さかったのですが印象深っかたので、余程の大喧嘩だったのだと思います。
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