「ねぷたの由来について」
1.ねぷたはアイヌ語
2.何故、坂上田村麻呂か
3.何故、牡丹の絵が
4.津軽家文書と官営諸家系図伝 . . . 本文を読む
11月23日に日暮里で開かれた研究会では、伊藤健太郎さんがご先祖についての調査結果を報告されました。
講師は、昭和59年の陸奥新報に連載された「津軽の近代化とキリスト教」(相沢文蔵著)をテキストにし、先祖伝来の写真やメモメを駆使して、説明されました。
曾祖父に当たる伊藤通(稲垣村沼館=つがる市出身)は、明治初期の津軽でキリスト教布教に尽くした人物です。
祖父の伊東省吾は、エアーブレー . . . 本文を読む
7月31日(日)に、町屋で津軽研究会が開かれました。
参加者は、14名(一戸・伊藤・海老名・角谷・笠井・鎌田・兼平・木村・中舘・水木・三浦・長尾・西川・山尾)で、兼平さんと木村さんは初参加でした。
発表者は、中舘会員で、タイトルは「弘前藩下級武士の先祖調べ~中舘家の場合~」でした。
彼は高校生当時から、弘前の古地図に先祖名が載っていることを認識していたということでした。
内容として . . . 本文を読む
3月27日(日)午後3時半から、町屋で「津軽研究会」が開かれました。
工藤会長が、大河ドラマ「真田丸」を話題にしながら、ご自身の「津軽研究」の視点を1時間半ほど、語りました。
・ 上田では真田家への関心が表面的だ。(徳川初期で上田を去った)
・ 真田昌幸は「策士」だけの人物ではない。(津軽為信は?)
・ 真田幸村は実在の人物なのか。(津軽為信の実像は?)
・ 忠臣蔵の背景は、徳川と上杉の抗争ではなかったか。(為信の津軽統一の黒幕は千徳政武ではなかったのか)
津軽にまつわる、上記の工藤説は斬新で興味深いものでした。
関連して、大坂城真田丸の所在地をめぐる混乱について、笠井会員から概要が紹介されました。
次に、弥彦神社で発見された「津軽火の玉石」について、西川会員が中間発表をしました。
弥彦には、弘前二代藩主(信枚)の鳥居寄進状があるようですが、津軽には関連する資料が皆無です。
これもまた、興味深い話題でした。
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