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ほらふきにっき

発作的な日記です

国宝土偶展へ行ってきた

2010-02-12 | つれづれ
建国記念日、東京国立博物館に「国宝土偶展」に行ってきた。
いや~寒い寒い。前の日飲み過ぎたが午前中に行こうと気合を入れて上野駅へ(笑)

会場へ着いたが午前中にも関わらず、かなりの人出。
国宝の土偶が3体揃って展示というのは今まで初めてのことらしい。
入り口に近い展示ケースから沢山の人が張り付いてなかなか見れない。
大きな絵画とは違って、対象物は意外と小さいものだからかもしれない。

横長の展示ケースを並んで見ていたら、小さなオバサンが展示ケースに張り付くようにスルスル横から割り込んできた。
または小さな双眼鏡を持ったオバサン2人組が展示ケースが曇る近さで張り付いていた。近寄りすぎでハァハァと息で曇っていた。
若い女性2人組がべちゃくちゃ喋りながらぴったり展示ケースに両手をつけ張り付いて動く気配がない。

明らかにフツーの美術館に来る人とは違う。
見に来る人も、かなり個性派ぞろい(笑)
そうか、ここは美術館ではないか、博物館か。
でも阿修羅展に来てた人とも明らかに客層が違うと思った。


概要(東京国立博物館HPより)
「“ひとがた”をした素焼きの土製品「土偶」の発生は、縄文時代草創期(約13,000年前)にまでさかのぼります。伸びやかに両手を上げるもの、出産間近の女性の姿を表すもの、極端に強調された大きな顔面のものなど、多様な姿かたちをする土偶は「祈りの造形」とも称され、縄文時代の人々の精神世界や信仰のあり方を具現化した芸術品として、世界的に高い評価を得ています。
 本展は、イギリスの大英博物館で2009年9月10日(木)から11月22日(日)まで開催されるTHE POWER OF DOGUの帰国記念展で、国宝3件と重要文化財23件、重要美術品2件を含む全67件で構成されます。縄文時代早期から弥生時代中期にわたる日本の代表的な土偶とその関連資料を一堂に集め、土偶の発生・盛行・衰退の過程と、その個性豊かな造形美に迫ります。」

ふむふむ。
でも土偶って何かいな?と思います。

今も多くの謎に包まれている。
形は土をこねて「ひとがた」にして焼いたもの。

その土人形たちは不思議なかおをしたものもある。


重要文化財 遮光器土偶
縄文時代晩期(前1000~前400)
青森県つがる市亀ヶ岡遺跡出土
東京国立博物館蔵
写真:東京国立博物館HPより

遮光器土偶などは宇宙人を表したものか?と小学校のころ学研か何かの本でマジメに書いてあった。宇宙人が作ったとしか思えない不思議な形。
しかし宇宙と関係しないわけでもないな、とも思う。

エスキモーのするゴーグル(遮光器)をかけているようなのでこの名前がついているそう。
名前も結構いい加減な感じのものが多い。
分類のなかで「出尻(でっちり)土偶」というのがあった。レッチリじゃなくてデッチリ。
読んでそのままお尻が大きく出た土偶のことらしい。


今回の展示、初期の頃のものは土の塊でこれって土偶なんかい?というには???というものがあった。
しかし次第に縄文時代の終わりにかけて細かなデザインで様々な造形の土偶が作られていく。
遮光性土偶や中空土偶など個性派な土偶は東北、北海道に多い。
長いこと蝦夷と呼ばれてきたその土地に重なる。


また土偶はどうやら人形に作って飾って置いたものではないらしい。

その多くは足やら手やらが壊れている。
というより、様々な分析の結果、故意に壊されているというのである。

壊すことにより災いを避けるまじないとしたのではないか?という解説があった。
身代わりに土偶を壊して土に埋めたのだろうか?

土で作ったささげものを壊して、また大地へと還す。
祈り、呪術、豊かな実り、安産、様々な願い事に使ったのだろうか?

その多くは女性を象っているのだという、確かにおっぱいはあるし、お尻も大きい。
古代の人にとって女性が子供を産むこと自体が不思議に素晴らしいことであったのかもしれない。

謎は多いほうがいい。
こういう謎はいろんな伝説があって解明する必要はないのだと思う。
~だったのではないか?といろいろと古代の人々の生活に思いを馳せる。
謎は謎のままでいいのである。

一見幼稚な造形とも思えるものもあるが、土偶は人間と言うそのものをあえてリアルに作っていない。
すべてデフォルメされている。
見たままではなく、縄文の人の感性を通して作られた人間の形のようである。
個人的な眼で見たところから言うと、あれだけ細かなデザインを作れるのであれば人間の形をリアルに作ることなどワケないと思った。
そのままの形に作ったものでは神様や精霊へのお供え物としては相応しくないということなのだろうか?
それともただ単にリアルに作ったんじゃあんまり面白くなかったからナンだろうか。
人間のその背景にある雰囲気を形にしたり模様にしてみたり、自然と混ぜ合わせてみたり、動物の顔をくつけてみたり、いろいろ想像しながら作ってみる、そっちのほうが面白いだろう、ね。


土偶
縄文時代中期(前3000~前2000)
山梨県笛吹市上黒駒出土
東京国立博物館蔵
写真:東京国立博物館HPより


一般的には人間は進化しているということになっているけれど、精神性はむしろ縄文の頃からだいぶ退化しているのではないのかな?などと思ってしまう。

縄文の人々には時間と言う概念があっただろうか?とも思う。
ある時、1日を12に割って細かに動き始めたのである。
明るくなったら起きて、暗くなったら寝る。
腹がへったら狩りに出かける。
その中には時間というのは関係ないかもしれない。

現代人のモノサシでは測れない、豊かな幅が広がっている。

今回の展示でいちばんのお気に入り、山形の「立像土偶」
ナンともいえない、そり具合、曲線美、バランス。
顔を上に向けているのか?それとも前に向いているのか?
上のほうにに小さな穴がいくつか開いている。
髪の毛でも付けていたのだろうか?


重要文化財 立像土偶
縄文時代中期(前3000~前2000)
山形県舟形町西ノ前遺跡出土
山形県教育委員会蔵
写真:東京国立博物館HPより

2月21日までやってます。
お気に入りの土偶を見つけに行ってみては?どうでしょう。
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