「栄光ある孤立」、あるいは「ただの格好つけ」。
19世紀と20世紀の狭間の時期、イングランドは、「帝国」として歴とした影響力を保持していた。
本土以外にも、世界各地域に領土を持ち、今でこそ――それは『植民地』として好意的には受け取られないけれど――あの国は、そう、まさしく古代のローマ以来の、“世界帝国”だったと思う。
世界に、搾取と云う破壊をもたらしたけれども、彼らなりに、彼らなりの調和ももたらした。
彼らがばら蒔いたものは、悪意だけではなかった――そう信じます。
しかし、史実では、大英帝国は、1882年にエジプトを占領し、帝国維持のために南アではボーア戦争を自ら招いた。
大陸、本土で吹き荒れた大不況を乗り越え、帝国の体制を維持するためには、偽りの「自由貿易」「国際平和」など続けていられなかった。
それでも、欧州随一の実力を保ち続けるイングランドは、他国からは妬みを、植民地からは恨みを買っていた。
彼らは、けして愛されてはいなかった。敵が多かった。
物語『シャーロック・ホームズ』を読むとき、それらの時代背景を踏まえて読むと、より一層面白くなる。
正典時系列、最後の事件『最後の挨拶』で、ドイルは、ホームズ自身に語らせている、
「ワトスン、東風が吹き始めたよ…。
今まで、イングランドには吹きつけたこともないような強烈な風が。
本当に冷たく、厳しい風だ。ワトスン、僕たちのうちで、どれくらいたくさんの人間が死んでしまうかも分からない…。」
それは、作中の時間で、わずか数カ月後に始まった「第一次大戦」を示唆している。
ホームズは、正典では、上の台詞に続けて、神への祈りにも似た、とても感傷的な言葉を続けている。
それは、『ボール箱』事件で、その終わりに彼が言った言葉と似ている。
「ワトスン、これをどう考えるかい?
悲惨と暴力と恐怖が、巡り続けると云うことが、どんな役に立つと云うんだい?
何らかの目的はあるに違いない。でなければ、この世界は偶然だけが支配していることになる。そんな事はあり得ない。
では、どんな目的だと云うんだろうね。人間には解き明かせない永遠の課題で、その答えはまだ見つかってはいない…。」
ドラマ、グラナダ版ホームズでも演者ブレットに語らせていますが、そう、とても情緒にあふれている。
『ボール箱』作中で、殺人犯ブラウナーは、妻とその愛人を殺した。
しかし、妻が不貞を働いたのは、妻の姉セアラが、そう唆したからである。
そもセアラは、ブラウナーに恋慕し、彼が妻への愛のために彼女を拒否したことを逆恨みしたのが…原因である。
ブラウナー自身、妻たちを殺したが、目を閉じるごとに、殺した二人の「姿」が現れ、常に彼を苛み続ける。
死人が、苛むのだ。朝になれば狂うか、死ぬか、と慄くほどに…。
「罰は充分味わいつくした」、縛り首以上の罰だ、と彼は言う。
それを受けての、ホームズの独白である。
***
この話をドラマで観た時は、幼心に、愛の恐ろしさや人間の闇の部分を考えさせられたものです。
現実世界を鏡のように映し、時として、深く人間そのものに問いかける。
だからこそ、ホームズは、今もなお読み継がれるのでしょう。
『第二の血痕』(原題:The Second Stain)を、上記を踏まえたパスティーシュを取り上げます。
それも、“同人誌”から、である。
さて、次回file.no-103 『 名探偵セフィロスの帰還 セカ☆ステ 』 !!
(上記のホームズの台詞は、原文から自分で訳しています。
名訳として、小林司・東山あかね両氏のものが存在しますので、図書館ででも読んでみてください。)