《補われた知と対をなすもの-12》 「カモメのジョナサン」より
年月が流れ、そしてあくる日の夕方、彼らがやってきた。彼らはジョナサンがただひとり、愛する空を静かに滑空しているのを発見して近づいてきたのである。ジョナサンの両翼のところに現れたその二羽のカモメは、星の光のように清らかで、空の高みに優しく心をなごませるような輝きを放っていた。しかし、なによりもまず素晴らしいのは、彼らの飛行技術だった。二羽の翼の先端は、ジョナサンの翼からかっきり2センチ離れた位置を終始たもって滑ってゆくのである。
ジョナサンは無言のまま、彼らをためしてみた。これまでかつて合格したもののないテストだった。彼は両翼をひねって、失速寸前の時速1.6キロに速度をおとした。まばゆく輝く二羽の鳥は、彼にあわせてスピードを落とし、スムーズに所定の位置におさまった。彼らは低速飛行法を心得ていたのだ。
ジョナサンは両翼をたたんで横転し、時速300キロの急降下へ突入した。二羽は彼にあわせ、完璧な編隊を組んで稲妻のように降下した。ついに彼はその速度を保ったまま、いきなり上昇し、長い垂直緩横転にうつった。二羽も彼にならって、微笑みさえうかべながら一緒に横転した。
ジョナサンは水平飛行にもどった。そしてしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「大したものだ」と彼は言った。「ところで、あなたがたは?」
「あなたと同じ群れの者だよ、ジョナサン。わたしたちはあなたの兄弟なのだ」
その言葉は強く、落ち着きがあった。
「わたしたちは、あなたをもっと高いところへ、あなたの本当のふるさとへ連れていくためにやってきたのだ」
「ふるさとなどわたしにはない。仲間もいはしない。わたしは追放されたんだ。それにわれわれはいま、聖なる山の風の最も高いところに乗って飛んでいるが、わたしにはもうこれ以上数百メートルだってこの老いぼれた体を持ち上げることはできんのだよ」
「それができるのだ、ジョナサン。あなたは飛ぶことを学んだじゃないか。この教程は終わったのだ。新しい教程にとりかかる時がきたのだよ」
これまでいつも彼の頭の中には何かが瞬間的にひらめくことがよくあったが、この時もジョナサンは即座にさとった。「彼らのいうことは正しい。自分はもっと高く飛ぶことができる。自分の真のふるさとへ行くべき時がきたのだ」彼は最後の長い一瞥を、そこで自分が多くのことを学んだ空と銀色の壮麗な陸地へ投げかけた。
「よし、行こう」ついに彼は言った。
そして、ジョナサン・リヴィングストンは、星のように輝く二羽のカモメとともに高く昇ってゆき、やがて暗黒の空のの彼方へと消えていった。
「ふーむ、するとこれが天国というやつか、なるほど」と、彼は考え、それからそんな自分に思わず苦笑した。・・・・・ふと気がつくと彼自身の体も他の二羽と同じようにしだいに輝きはじめてきた。まさしくそこには、金色の目を光らせながらひたむきに生きていた、あの若きジョナサンの姿があった。もっとも外見はすっかり変わってしまってはいたけれども。姿はカモメのかたちをしているようだが、飛び方はちがう。すでに以前の彼よりもはるかに見事に飛べるようになっていた。
・・・・・・新しい翼をどう扱えばよいか、どうすれば加速することができるかを研究しはじめた。・・・・・時速400キロほどに達すると、それが新しい自分のだせるぎりぎりの速さなのだと知って、ほんの少しだけがっかりした。この新しい肉体が出せるスピードには、やはり限界があったのだ。過去の水平飛行時の最高記録をはるかに上回っているとはいえ、依然としてそこには限界があり、それを突破するには強大な努力を必要とするらしい。天国には限界などあるはずはない、と思っていたのに。
そのとき不意に雲が切れ、介添役のカモメが声をかけた。
「無事着陸を祈る、ジョナサン」そう告げると、彼らはふっとかき消すように見えなくなった。・・・・・つづく。
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