結~つなぐ、ひらく、つむぐ~

身近な自然や社会との関わりを通して、マイペースで、新たな自分探しに挑戦しながら、セカンドライフ、スローライフを楽しむ。

「石川部落事務所」「世栄津橋」「前ヌ川」…うるま市石川

2014-03-02 | 文化

 戦前、旧美里村の石川地区には、石川・伊波・嘉手苅・楚南・東恩納・山城の6字がありました。戦後、石川に造られた難民(捕虜)収容所を基盤として石川市が発足しました。その後、市町村合併を経て、うるま市石川となっています。

01-0225 石川事務所

02-0225 石川事務所

03-0225 石川事務所

「石川事務所…うるま市指定文化財 史跡 2005年(平成17年3月1日)指定…この建物は、1932年(昭和7年)に旧美里村字石川の『ムラヤー(村屋)』として建てられたもので、現在でいう公民館に相当します。沖縄県内に戦前から残るムラヤーとしては唯一の建物です。ムラヤーは、字石川の各種の年中行事をはじめ、農繁期には、女学校出身の女性たちが子供の面倒をみる所にも使われていました。1945年(昭和20年)の石川市施行後は、約5年間にわたって市役所として使用されました。その後は石川事務所となり、現在でも石川部落会の年中行事、青年会のエイサーやウスデークの練習場として使われています。」

04-0225 うるま市の文化財

参照(うるま市の文化財 http://www.city.uruma.lg.jp/DAT/LIB/WEB/1/urumasinobunkazai.pdf

05-0225 地頭火の神

06-0225 地頭火の神

07-0225 地頭火の神

08-0302 サーシ御川

09-0302 サーシ御川

10-0302 サーシ御川

11-0302 前ヌ川

12-0302 前ヌ川

「前ヌ川(産川)祭神水の神 在所 石川水溜原七五三番拝所地籍一一〇坪 前ヌ川は、戦前は周囲に松の大木林立し汲めどもつきぬ清水湧き溢れ水質良好であったが大木も次第に伐採されて境内次第に荒廃し、殊に戦後は人口の増加に伴い、管理の不十分を相埃って水量減退し。水質汚濁し、昔の清浄さを失っている。 此の川は昔郊外にあった石川、渡口、両が合併後(一七〇五年代)新設された井戸で、村の後方中央に位置し、全村之に依存していた。 此の川は出産の時の『名附け水』、死者の『湯灌水』、天然痘、麻疹等の『水撫水(ウビナデー)』元旦の若水等に霊泉として重用せられ、殊に元旦には『川詣り』と称し、住民一同参拝した。 この川は、古来由緒のある川でありますので、市民の皆さんでキレイにしましょう。 改修 昭和五十三年(一九七八年)八月十六日 整備 平成十七年(二〇〇五年)十二月十一日 管理者 石川部落会」

13-0302 前ヌ川

14-0302 小那覇歯科跡

「小那覇 舞天(おなは ぶーてん、1897年 - 1969年)は沖縄県出身の演劇人、歯科医師である。本名・小那覇全孝。現在の今帰仁村生まれ。旧制沖縄県立第二中学校(現・沖縄県立那覇高等学校)から旧制日本歯科医学専門学校(現・日本歯科大学)を経て嘉手納で歯科医院を開業するかたわら、沖縄の伝統芸能の保存、普及に努め、また大衆演劇人として弟子の照屋林助とともに、占領下の焦土と化した沖縄で大きな人気を博し、沖縄のチャップリンと呼ばれた。」

引用(小那覇舞天 - Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%82%A3%E8%A6%87%E8%88%9E%E5%A4%A9

15-0302 世栄津橋

16-0302 ゆーえつばし

17-0302 富祖橋

18-0302 石川川

19-0302 石川川

20-0302 石川川

21-0302 遊歩道

22-0302 川沿いの柵装飾

 川沿いの柵パイプを支えている石柱は、「ハイビスカス、サンダンカ、ムラサキカタバミ、ゴクラクチョウカ、ゲットウ、アロエ、デイゴ、ルリハコベ、オオタニワタリ」などの植物の絵で飾られていました。

23-0302 ハイビスカス

24-0302 サンダンカ

25-0302 ムラサキカタバミ

26-0302 ゴクラクチョウカ

27-0302 ゲットウ

28-0302 アロエ

29-0302 デイゴ

30-0302 ルリハコベ

31-0302 オオタニワタリ

32-0302


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