NPO法人 滝山城跡群・自然と歴史を守る会 公式ブログ

八王子市認定 滝山観光おもてなしボランティアガイド団体「ウジテラーズ」滝山城跡の下草刈りを毎月実施しています

奥高尾縦走 その2 「景信山」 北条氏照の重臣”横地景信”が守護した山

2015-01-21 19:00:00 | ノッチの日記
奥高尾縦走、陣馬山~高尾山。
(偉そうに言わせていただきますと)その目的は…
城跡とは特に云われていない山に城郭化された痕跡がないかを調べるためです。
コースは、
JR藤野駅 → 陣馬山登山口 → 栃谷尾根 → "陣馬山" → 明王峠 → 堂所山 → "景信山"
"小仏峠" → "小仏城山" → 高尾山→ 京王高尾山口駅

奥高尾縦走その2は、陣馬山から小仏峠です。
小仏峠は、永禄12年(1569)の滝山合戦で、武田軍の別働隊 小山田信茂が、当時予想もしていなかった小仏垰を超えて乱入たという、あの小仏峠です。
縦走コース途中にある「景信山」は、北条氏照の重臣”横地景信”が守護した山と云われています。
それならば、その山が城郭化されている可能性があるのでは?

記事の中で「陣馬山」もそうですが平坦地にこだわるのは、
山中で見られる凹凸のない綺麗な平坦地が自然の地形でどこまで存在するものなのか?
ということを考えているからです。
人工的に整形したとしか見えない山中の平坦地を、いつ何に利用したかに着目しています。

10:35 陣馬山を出発して高尾山を目指します。12月 日没は16時30分、暗くなる前に下山したかったのでペースを速めて歩きます。城郭遺構はないか見落としがないように注意して歩きます。


10:50 細い尾根が"土橋"にみえてしまう


11:05 明王峠に到着、休憩するハイカーで賑わっていました。


不動明王尊の碑がある。広い平坦地に昔はお堂があったのだろうか?


杉がいかにも信仰の場という雰囲気だ。


11:40 堂所山 「堂所(どうどころ)」というのも信仰と関係がありそうだ。


12:10 景信山に近づくと笹が多く、周囲がよく見えない。


12:17 景信山山頂はすぐそこ、陣馬山からここまで城郭遺構らしきものは見当たらない。
もしくはあるのかも知れないが発見できなかった。


12:20 景信山山頂に到着


平坦な広い山頂


景信山の広い平坦な山頂には売店がある。


腰曲輪に見えませんか?


一段下の平坦地にもう一軒売店がある。


景信山から見る八王子城方面、中央の山は富士見台。八王子城の本丸はその向こう側で見えない。


左の尖った山は浄福寺城址。奥に滝山城址がある長い丘陵も見える。


小仏側から山頂の入り口を下から見あげる。
右側は見張り台か櫓台のような感じて、城の虎口のように見える。
見張り台?は周囲をほぼ垂直に削ってあるようだ。
その場所は平坦地でベンチとテーブルが置かれ登山者の休憩場所となっている。
休憩場所ならばその下方は斜面のままでもいいのでは?
あえて垂直に削ってある意味は?


山頂は平坦で、その下にも腰曲輪のような平坦地があり、
城の虎口に見える山頂への入り口もあった。
横地景信が守護した山と云うならば少ない所見ではあるが、
「景信山は城郭化した痕跡があるようじゃ…?」と強引に結論づけたいが…
景信山は狼煙をあげだり、出城のような山だったのか?

12:58 昼食を済ませ景信山をあとにして小仏峠へ向かう。


景信山を振り返る。


左に見える山は小仏城山、右奥には相模湖が見えた。
武州と甲州を結ぶ経路上にある山々が、戦国時代には城郭化していたとしても不思議ではないと思ったのでござる。


私が小学生の時に中世城郭研究家の中田正光氏に連れられ多摩・秩父地方の山城を巡ったのをきっかけに山を歩くことが好きになり、それから40年経った今も山歩きが好きです。


山の谷間 縦に中央高速道路、横に中央高速道路をまたぐ陸橋の圏央道が見える。
圏央道は八王子城址と高尾山の中をトンネルで通る。左が八王子城址、右が高尾山方面。


13:18 広い平坦地に出た。


ここには、お堂でもあったのかな?


13:20 そのすぐ先、山道脇に竹が多い、竹林は寺の周囲によく見られるが先ほどの平坦地と関係ありそうな気がする。


13:34 薄暗い山中を進む。


13:35 明るい小仏峠に飛び出す。景信山から小仏峠までの区間も城郭遺構らしきものはないようでした。


さらに小仏城山から高尾山に向かいます。


"小仏城山"については、先日「高尾山は城!?」のブログで報告しましたのでここでは省略します。

「陣馬山」から「景信山」そして小仏峠まで尾根上に堀切などは見当たらなかったが、山頂周辺には曲輪のような平坦地があり山が一部城郭化?しているように見えました。
結局初めから答えを出す事はできないのは分かっているのですが、
「城を見る目」で山を観察すると尾根に堀切を発見したり、
案外そこらにある誰も注目しない裏山が城郭していることがあるのではないでしょうか?
それは戦国時代の" 村の城 "かも…

14:47 高尾山に到着。ケーブルカーには乗らず歩いて京王高尾山口駅に向かいます。


高尾山から東京スカイツリーが見えました。


15:00 静かな高尾山参道、紅葉の頃は前に見えるのは人の背中のみでした。


15:50 下山


こういうの好きです、買ってしまいました


戦国大名の城もいいのですが、誰の城か分からない城郭化された山、" 村の城 "探しが楽しいこの頃です。

中野


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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (軍師)
2019-12-07 17:16:23
この方面、先にチェックされてましたか。
土橋状尾根とか気になりますよね。
どんだけの大工事だったんだって。

急ですが、明日、小仏城山東尾根~景信山東尾根を歩きます。
よろしければ、ご参加ください。
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Unknown (滝山城の雑兵)
2019-12-07 18:21:57
明日は天気回復!絶好の調査日和になりそうですね。ハイキングや登山のとき、城とは呼ばれていない山を歩いている際中に、それらしき物を見つけることがあります。小仏城山、景信山はもちろん、小仏峠あたりもなんか怪しいですよね。調査の成果を期待しています。明日は自動車の点検で車をディーラーに持っていったりとか面倒な用が・・・でも時間あったら高尾山行きたいかな。
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