武士=ヤクザ、武士団=暴力団
なのである。
非合法で未公認の暴力組織、それが武士である。
地方の有力者は、中央からの統制が緩く、好き放題にやっていた。今のヤクザと同様、いろいろなシノギによってかなり裕福だった。
シノギは今のヤクザと同様に、用心棒やショバ代稼ぎである。当てにならない警察に代わっていろいろなトラブルやいざこざを解決していた。用心棒は盗賊などから守ってやっていたが、盗賊もヤクザも大して代わらない連中である。いつ盗賊に早変わりしてしまうかもしれない。
当時の警察は、全く頼りにならなかったので、ヤクザたちは忌み嫌われつつもなくてはならない存在となってゆく。警察の側も、ヤクザに身を落とす者もおおくなる。どっちがどっちかわからないような世の中になっていったのである。
そして、貴族や役人たちもヤクザの力を便利に使うようになる。地方の年貢を都に運ぶにもヤクザの用心棒がいなければ無理である。貴族や役人の手下、正規の警察たちも頼りにならず、背に腹は代えられなかった。
ヤクザの方も、貴族や役人と結びつくことで、正式に官職をもらい、非合法組織から合法な組織へとカンバンを掛け替えることができた。現代の政治家に食い込むヤクザと同じである。正規の警察官になるヤクザも出てくることになる。
ヤクザというのは今も昔も仁義とかで格好をつけたがる。昭和のヤクザもやたらと古風で和風なセレモニーを好んだが、昔のヤクザたちも同じである。
警察どころか軍隊までもヤクザに代行させるところまでいってしまう。武力が必要な場面では正規の軍隊ではなく暴力団を使うようになる。天皇が武力討伐の命令を与えれば、その暴力団はもはや正規の軍隊ということになるのだ。
やがて、ヤクザを統括する者が現れ始める。源頼朝である。幕府というのは広域暴力団を率いる有力政治家が現れるようなイメージである。とうとうヤクザに国を乗っ取られた、それが武家政権というものの正しい姿だ。ヤクザたちは頼朝の家来、「御家人」となることで「侍」という地位を得る。
「侍」とは貴族である公卿、諸大夫の下の階級である。貴族の家来という意味合いの言葉だ。位階でいうと六位、七位の階層であり、庶民である「凡下」の一つ上の階層になる。一部の有力ヤクザは貴族である諸大夫の地位にまで上りつめた。
サムライ=武士 という誤解があるが、そうではないことがおわかりだろうか?日本人としてここだけは誤解のないようにしておこう。