最終的な決断は週末に連絡する事になりそうだ。
そこで決めてしまえば、自動的に裁判が始まるだろう。
またしばらく長い戦いになるのかな。
やっぱり、最初からきちんと話しておけば良かったのでは、そう思ったりもする。
私は話そう、そう言ったのに。
元々彼女と親しかった人から以前言われた。
そう決めた今でも、本当はきちんと話したいんでしょ?
それはそうさ。
でも、矛盾している話を聞きたい訳じゃない。
都合のいい言い訳を聞きたい訳じゃない。
話したいのは、どんなに自分勝手な話だとしても、本心の部分だから。
別に自分勝手なのは、それでいいじゃないか。
それを取り繕おうとする、綺麗でいようとするから返って醜い矛盾が生じるのだから。
ずっと伝えようとしていたのは、本来そうならないように、自分が醜くならないように取り繕うのはやめてくれって事だったのに。
私が話したいのは、そういうことさ。
なんかの奇跡とか、間違いでもいいけど、戦う前に話しておきたかったな。
伝わるか、伝わらないかはこの際どっちでも良くて。
んで、少しだけ。
昔を懐かしんで終われりゃ良かったのにね。
どうせ。
お互い完全に忘れたりなんて、できないんだから。
嫌われてもいいから、正しいと思う事をする。
そう言ったのは君の為と。
例え嫌われる事になっても、嫌われるなら、忘れられるよりマシかと思った自分の為さ。
こんな所に、だらだら思った事や考えた事をつらつら書いて過ごしてきたけれど。
こんな結論や結果を導く為なんかじゃなかったはずなんだ。
最後の話し合いが裁判なんて、皮肉もいい所だ。クソ過ぎてなんの救いにもなりゃしない。
実際問題、君もそんな事するのは大変だろう?やるってなっただけで毎回お金かけて出てこにゃならんし、時間も使うしで。
でも、それやっぱさ、根本は取り繕おうとしてしまったからなんだよ。
俺も君も別に特別でもなんでもない。
だからホントの意味で素直に生きるしかないって思うんだ。
自分勝手したけりゃ、自分勝手すりゃいい。でも認めるトコは認めて、んで自分で最低限責任取れなきゃ。
自由、ってのはそういう事だと思うよ。
人を利用して都合のいい事言って自分のしたいようにする。自分は悪くない、悪いのは他人だ、環境だ、社会だと言って。
それは自由じゃなくて、自分に対する最大級の侮蔑になってしまうよ。
だって、他ならぬ自分に1番嘘ついて騙してるんだから。
自分を傷つけて、貶めるのはやめた方がいい。
好きな事してもいい。
好きなようにしたらいい。
でもいい加減、ホントの自分と向き合って欲しい。
ダサい事しないで欲しい。
カッコよく、カッコつけて生きて欲しい。
私の妻だった人は、そういう人だと思っていたから。