もしも茂志茂の俳壇・歌壇

アスク発の俳句・短歌・川柳の投稿作品集
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なのはな

2015年03月31日 | 俳句・短歌・川柳

 

風 景  
   純銀もざいく

 

  山 村 暮 鳥

 

いちめんのなのはな           この詩と出合ったのは高校時代だったと思うけれど、
いちめんのなのはな           もうその時には、身近なところに一面の菜の花など
いちめんのなのはな            ありませんでした。ただ、わたしの記憶の中には、
いちめんのなのはな        どこまでもどこまでも広がるいちめんの菜の花の
いちめんのなのはな        感動がありました。
いちめんのなのはな        だから、この詩は、
いちめんのなのはな        私の中で、ぱあっとはじけました。
かすかなるむぎぶえ
いちめんのなのはな

 

いちめんのなのはな        先日、はるか昔の記憶の中にある
いちめんのなのはな        いちめんの菜の花畑を見に行ってきました。
いちめんのなのはな        もちろん、
いちめんのなのはな        季節的にも咲いているはずもありませんし、
いちめんのなのはな        そのまま畑であるはずもないとは思いました。
いちめんのなのはな        案の定
いちめんのなのはな        そこは公園の一部となり、
ひばりのおしやべり         東屋のある芝生の広場となっていました。
いちめんのなのはな        ただ、私を驚かせたのは、
                        いちめんの菜の花畑のあったところは、
いちめんのなのはな        テニスコート二面ほどの広さしかありませんでした。
いちめんのなのはな        どこまでもどこまでも広がっていた菜の花畑は、
いちめんのなのはな        子供の感性、子供の目線だからだったのでしょう。
いちめんのなのはな        ありがたいことに、それでも、今でも、
いちめんのなのはな        ほんわか暖かく、やんわり優しく、
いちめんのなのはな        私の心の中にあるいちめんのなのはなは、
いちめんのなのはな        どこまでもどこまでも広がっています。
やめるはひるのつき
いちめんのなのはな。

 


いちめんの菜の花ばたけ描いてみる少ししおれた心のなかに  俵 万智   

              


人事   葉月会さんからの投句

2015年03月30日 | 俳句・短歌・川柳

啓蟄や人事ざわめく頃となり     幸二

さまざまな思いの中に卒業す     幸二

雛祭りやや寂しげな妻の顔      幸二

啓蟄と人事の組み合わせですか・・・何やら水面下での駆け引きとか、根回しとか、派閥とかそんなことを想像してしまうのは、テレビドラマを見過ぎの茂志茂ばかりでしょうかね。


春一日  葉月会さんからの投句

2015年03月29日 | 俳句・短歌・川柳

乗り継いで鞄のなかや春一日          つや子

土笑い啓蟄の土蠢(うごめ)かす          つや子

春疾風(はやて)出掛けることをためらひし  つや子

昭和四十年のころ、二俣温泉からボンネットバスに揺られての帰り道。はるか遠い記憶ですが、羽鳥湖を越えての鳳坂峠で、バス停はないのですが一時停止のトイレタイムがありました。のどかな時代でした。 それから、長沼町の街中でのバスターミナルで、何十分かの乗り継ぎ時間がありました。これまたのどかな時代でした。


紙雛   葉月会さんからの投句

2015年03月28日 | 俳句・短歌・川柳

真新し糊の香残る紙雛(かみびいな)       

啓蟄の畑掠(かす)め飛ぶ鴉(からす)かな  久美子

後悔の二文字消し去る春の水         久美子

後悔の二文字って、どんな後悔だったんでしょうね。 日々後悔を重ねている茂志茂にしたら、雪解け水を満々とたたえた羽鳥湖一杯分くらいの春の水が必要です。 ところで、県外の人に「羽鳥湖」ってロマンチックな名前ですねって言われたことがありました。羽鳥湖は人造湖ではありますが、夕陽丘ニュータウンなどというように取ってつけた名前ではなく、湖底には羽鳥村が沈んでいるんです。(夕陽丘ニュータウンというものが実在していたら御免なさい)


鏡  葉月会さんからの投句

2015年03月27日 | 俳句・短歌・川柳

古草や寝腐れ髪を鏡中に           秀子

青空をひと間にひらく雛(ひいな)かな    秀子

春の雪だまって父についてゆく        秀子

虫穴を出て突き当たる文字の壁        秀子

マンションやアパートに住まわれている方、都会に住まわれている方には想像できないかもしれませんが、田舎の農家では鍵なんてかけない。最近では防犯上のこともあり、留守には鍵をかけるようになったでしょうが、昔は開けっ広げでした。三世代、四世代で住んでいるなんていうのが当たり前だったから、誰かが家の中にいるということもあったんでしょうね。 暖かくなると縁側なんかも開けっ放し。近所の人は、玄関じゃなく、庭を回って縁側から、「こんにちは」なんてね。だから、「立派なお雛様だごど」なんて、庭から丸見えだったりしたんです。つまり、お雛様も風を感じながら、青空を見ていたかもしれません。