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猫丸の雑記帳

テーマはイロイロです。雑記帳だからね☆

『桜 の 日』(小説)

2005年04月11日 23時57分31秒 | 創作小説
 ひとひらの桜の花びらを額の上にくっつけたまま、その子猫がぼくの前に現われたのは、春のうららかな良く晴れ渡った日曜日の昼下がりのことだった。
 ぼくの他には誰もいないサブグランドの片隅で、昼めしがわりの焼そばパンの匂いに釣られたのか、ありふれた茶トラの子猫は精一杯の自己主張でもって腹が減っているのだと叫んでいた。

 焼そばに乗っていたウインナーを投げてやると、ガツガツと音をたてるように食べる。普段はさしておいしいとも思わないウインナーなのだけど、この猫にとっては味のことなんか問題じゃなかったのだろう。食べ終わるなり、足りませんという顔でぼく見つめる瞳には期待で満ちあふれていた。
「おいで」
 しょうがないといった感じで、それでも優しい声を出しながら、焼そばを地面の上により分けてやると、多少警戒しながらだったが近づいて来た。
 あいかわらず桜の花びらを乗せているので、接着剤で悪戯でもされたのかと手を延ばしたら一瞬、ビクリと身をすくめたものの食べることを止めないのはさすがかもしれない。意に反して花びらは簡単に取れた。濡れたやつがひっつていただけなのだろう。
 しかし、それにしても…
「顔ぐらい洗えよなぁ」
 茶トラの首筋を軽く揉んでやるとゴロゴロと小さく喉を鳴らした。
 ぼくは、焼そばパンから焼そばの香りがするだけの、ただのパンに成り下がった奴を食べた。やっぱり缶コーヒーは飲ませられないよな、なんて思いながら。
 焼そばを食べ終わり、もう無いのかと言いたげに顔を上げている。まさかと思っていたので余分な量もあるはずもない。おまえも足りないだろうけど、ぼくも足らないんだってば。

 さてどうしたものかと考えながら、なんとなく寮の方を見てしまった。でも、ここからだと校舎などが邪魔になって直接見ることは出来ない。寮棟は4階建てなんだけどな。
 寮棟の3階にはぼくの部屋があって、神崎聯(カンザキ レン)という2年生とぼくの相部屋になっている。ぼくは1年生だから、神崎さんは先輩にあたるわけだ。部屋割はくじ引きで決めるらしい。新入生には自分でくじを引く権利と機会はないので、入寮するまでどの部屋なのかわからない。部屋替えは1年に1回だから、気に入らない相手でも最低1年間は我慢することになる。というわけでくじ引き当日はみんな真剣になってくじを引くのだと教えられた。
 みすず台高校の寮棟はひとつしかない。外見はひとつでも2階以上は中央を壁で区切ってあり、実質的には別々の棟になっている。1階の中央に入り口があって、管理室の前を通らなければ中に入れない。入って左側が男子寮、右側が女子寮だ。
 2階以上は男女それぞれ5部屋づつあり、基本的に二人の相部屋だから30人づつの計60人の寮生がいるわけだね。

 ぼく、七草志郎が今年からみすず台高校に進学することになったのにあわせるように、両親が夫婦揃ってフランスに赴任することになった。どうせ独り暮らしするくらいなら寮にでも入れという話になったのが2月も半ばの頃。自由な青春を謳歌するというぼくの夢は、本当にはかなくもあっけなく終わりをつげた。
 同室の神崎さんは、いつもは感情をあまり表に出さないので一見冷たい人のようだけど、優しい笑顔を持っていることをぼくは知っている。長身で容姿端麗、銀ぶちメタルフレームのメガネをかけたキリッとした顔だち。成績だって優秀な方らしい。おまけにスポーツ万能とくれば人望が集まって当然なのだけど、なぜか無かったりするのは、どうやら中学時代に不良やっていたことと、クールな雰囲気が原因かもしれない。

「家だったら飼ってやれるのになぁ」
 だけど、寮では飼ってやれない。「ペットは水槽で飼える魚だけ」という規則があって、しかも寮監の許可が必要だったりするんだ。まあ、何も飼えないという状況よりはマシってところかもしれないけど。
「飼うわけにはいかないけど、何か食わしてやるよ」
 小猫が「うにゃん」と言ってぼくの足にからだをこすりつけてきた。目を細めながら、しっぽをピンっと立てて甘えてくる。
 ついてくるかどうか、確認しながら寮に向かって歩き出す。餌が貰えるとわかるのか、しっぽを思いきり立てて後をついてくる。ときおり駆け足で先になったりする。ほんわりとした柔らかそうな短い体毛を風に吹かれながら。

 幸い、途中で見とがめられずに寮棟までたどり着いたものの、鳴き声でばれるのは時間の問題だったろう。
 しゃがみこんで背中をなでてやっているところへ。
「シロちゃん、なぁにそれ」と覗き込むようにして話しかけてきたのは、3年女子の春野せりな。ぼくの従姉だった。おふくろからお目付役を命じられているらしいけど、昔から先生や親に告げ口などしたことがないという点では安心でき相手だった。
 せりなも寮生なので、彼女の影響か上級生の女子たちの間で「シロちゃん」という呼び名が早くも定着してしまった。中学時代なんて「ななちゃん」と呼ばれてたんだから。あ、中学の先輩もいるんだっけ。ななちゃんも復活かなぁ。
 で、せりなは。わずかにウェーブのかかった濃茶色の長い髪をピンクのリボンで束ねて、ウォッシュストーンの革のジャケットにスリムのブルージーンズというラフな格好をしている。休日でもなければ出来ない格好だった。もちろん校則違反であることは間違いないだろう。校外への外出の際は制服着用が校則なのだから。それとも今日は外出しなかったのだろうか。
「かわいいね。どうしたの、この猫?」
 そういいながら、自分もしゃがみこむと猫をなではじめた。
「ん~、痩せてるなぁ。こりゃノラ猫だね。あれ、青ノリ?」
「焼そばを少しやったからね、そのときのだよ」
 せりなは青ノリの付いた指をぼくに突き出して見せた。
「飼うの?」 
 わかっていて聞いてくる。
「出来ることなら、ね」
「ダメよ」
「そんな、あっさり言わないで」
「規則だもの」
 ね~っと、猫の顔に自分の鼻を近づける。
「説得力ないよ。違反常習者のくせに」
「やばいことはしてないよ」
「されてたまるかぁっ!」
 あ、チョットめまいが……

 そういえば。
 ぼくがまだ小学2年生の時、雨に濡れて震えていた三毛の子猫を拾って来たときのことだった。元の場所に捨てて来いと言って怒るおふくろに向かって、かわいそうだからと飼うように説得してくれたのは、たまたま遊びに来ていた従姉だった。
 そのときの子猫は、3年ほど生活を共にして車に轢かれて死んでしまった。学校から帰って来たぼくに駆け寄ろうとしたところだったらしい。何事もなかったように走り去る白い小型乗用車と、苦しそうにのたうちまわった猫の姿と。
 それでも、なでてやっていると安心したのかおとなしくなって、かすかにのどを鳴らした。やがて静かになり、しだいに冷たくなっていくのを手のひらで感じながら、何もしてやれなかったという思いが、ぼくの記憶の中で消えないしこりとなって残ってしまったらしい。もう一度、猫を飼いたいという思いの蔭で。

「だけど、飼うのはダメでもさ、何か食わせてやるのはいいよね」
「どうせ、そのつもりなんでしょ」
 せりなは、膝の上に小猫を抱きあげて楽しそうにあやしている。
「ま、ね。食い物持ってくるから、桜の相手しててよ」
「サクラぁ? なぁにそれ。この子の名前なの?」
「うん、そう」
 桜の花びらが印象的だったからね。
「どうして茶トラがサクラなのよ。シロちゃんって昔からネーミングのセンスがないんだから」
 ほっといてよね。
 でも、理由を言っても信じてもらえるだろうか。桜の花びらを付けて現われた猫なんて。このみすず台には桜の木が1本も生えてないのだから、いったいどこからくっつけて来たというのだろう。

 思いつきのように「桜」と名付けてしまった小猫をせりなにあずけ、寮の3階まで階段をいっきに駆け上がる。
 あ、でも。さすがにちょっと息切れ。エレベータが欲しかったな。
 息を整えながら、303号室のドアをノックする。
 返事はない。神崎さんはまだ帰っていないようだ。
 合鍵で部屋に入ると、開け放したままの窓から風が吹き込んでくる。窓の薄緑色のカーテンが風にひるがえっていた。
 共同の冷蔵庫を開けて、何かないかと探してみる。
 冷蔵庫の中味は基本的にジュースだ。
 缶ビールが何コか入っているのは神崎さんが飲んでいるから。
 ぼくは相手をさせられてもそれほど飲めないので、もっぱら隣室の秋津文彦さんたちと飲んでいる。
 秋津さんは神崎さんと同級生で、小学3年生の時からすでに9年間も同じクラスだそうだ。前年度は寮の部屋も一緒だったということで伝説的腐れ縁と呼ばれている。さすがに今年は別室だったものの、となり同士という状況ではほとんど変わっていないかもしれない。ちなみに秋津さんと同室なのは御崎晶さん。クラスは違うけれど神崎さんたちと同じ2年生だ。
 というわけで、いわゆるつまみとかお菓子も買い込んである。いちいちコンビニまで買いに行けないからだ。
「ああ、なにもないっ!」
 それでも中味をあさってみると、牛乳とソーセージがあったので持っていくことにした。
 今度から猫用に煮干しでも常備しておこうかな。

 500ミリリットル入りの紙パック牛乳とソーセージの束、それに小皿を持って桜たちの所へ戻ってみると、せりなが気まずそうな感じでぼくを見返した。その横で立ち尽くしているのは神崎さんと秋津さんだった。
「あ、シロちゃん…サクラが…」
「桜が?」
 どうしたのかと言おうとして、姿が見えないことに気が付いた。
「ちょっと目を放してる間にいなくなっちゃったの」
「俺たちが声をかけたせいらしいんだがな」
 神崎さんがせりなの方を睨む。秋津さんは憮然とした表情でうなずいた。
「だって、それまではあたしの足元でじゃれていたんだからね。あんたたちに驚いて逃げたんじゃないの?」
「だけど、俺は気が付かなかったぜ」
 なあ、というように秋津さんに同意をうながす。
 ぼくはあたりを見回した。たしかに桜の姿が見当たらない。
 いくら猫が素早いからって、3人の目に気付かれずに逃げきることができるだろうか。

「その猫ってさ、腹が減っていたんだろ。そのうち姿を見せるって」
 よほどぼくが気落ちしているように見えたのか、秋津さんは部屋に戻ってからも何かと気を使っているようだった。
 ぼくはベッドの上で横になり、秋津さんはぼくの机の椅子に座っていた。
 神崎さんは飲みかけの缶ビールを手にしたまま窓際に立って外を眺めている。さりげなくビールであることが外からわからないようにしているあたりは、やはり飲酒が違反という自覚はあるらしい。
 ぼくたちは手分けして桜を探した。しかし、誰一人として桜の姿を見かけることすら出来なかった。
「夢だったのかしら」と首をかしげながら、せりなは不思議そうにつぶやいていたけれど。ふたりして同じ夢を見たというのだろうか。
 そう、桜がぼくの前に現われたあのときから?。

 数日後、せりなから「あのときのことを覚えているかな」と言われた。
 何の話だと尋ねると、むかし飼っていた三毛猫の最後のことだという。あのときというのは事故のことかとせりなに確認すると、そうだという。もちろん、忘れたりしないさ。
「死んでしまった猫の墓を作りたいってシロちゃんが言うからさ、公園の木の根元に埋めたんだよ。何の木か忘れてたんだけどさ。あれは確か桜の木だったよ」
 関係無いと思うけどねぇと、ひとこと念を押してせりなは立ち去った。
「…謎が深まっただけじゃないか……」
 ぼくはため息をついて、せりなの後ろ姿を見送った。
 結局、わからないままなんだよな。
 高校生活最初の中間試験が近づいてきているというのに、桜と出会ったあの日のことが気になってしょうがない。

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もう8年くらい前の作品で恥ずかしいんですが、こんなものも書いていたんだってことで(笑)
この作品は「みすず台高校」という架空の高校を設定し、高校生活を舞台とした創作小説・イラストによって表現し、発表するという企画でから生まれたものです。
作者は複数いました。
作中やたらと説明が多いのは設定資料も兼ねていたからですね (^_^;)