猫語のブログ〜ねこさんの、ぼくによる、ねこさんのためのよみもの〜

「猫語の教科書」をだいざいに、しもべいくせいほうほうなど。

おへそ天というせんたく

2023-11-25 | 日記
ねこのみなさんごきげんよう。

しもべがぼくのおへやで虫をみつけました。
けっかだけをもうしあげますと、
虫はほかくされましたが、
ひさしにカブテープがつきました。
からすがおもしろがっていましたね。

みなさんは、”おへそ天”をごぞんじでしょうか。
これは、ころんとさんのバリエーションのひとつで、
おへそをうえにして、つまりおせなかではなく
おなかをみえるようにしてころんとさんになることです。

ねこさんにとっては、おなかをぺったりしたにするか、
よこになるのがしぜんなころんとさんですから
おへそ天をまったくしないままですぎてゆくねこさんもいます。

おへそ天というせんたくしをしっていても
おへそ天をしないねこさんもいます。
しないでおくりゆうはねこさんによってそれぞれですが、
よくあるりゆうをいくつかあげてみましょう。

ひとつめは、じゆうねこさんにおおいりゆうですが、
おかあにゃんからおなかはいつもしまうようにと
きつくいいつかっているため、ということがあります。
ぼくもそうでした。
ぼくはおかあにゃんからは、ごじぶんよりおおきなものには
おなかはけしてごひろうしてはなりません、しまっておくのです、
といいつかりました。
おかあにゃんのおっしゃることには、なぜ、
ときかないのがじゆうねこさんのいきかたです。
ぼくも、はい、とだけこたえてそのおしえをかたくまもっていました。
ですので、おなかをうえにするおへそ天というころんとさんは
ぼくにはそんざいしないころんとさんのやりかたでした。

ふたつめは、たんに、おからだがおへそん天にてきしないため
しないというものです。

おへそ天をじつげんするには、おまた関節が
ぱっかんとひらかなければなりません。
でないと、おせなかでころんとさんになろうとしても
ぱたんことよこにたおれてしまうのです。


ねこさんのあんよもおてても、おまた関節やおかた関節から
したにむかってはえています。

もしみなさんが、ふねをしっていて、
そのふねがみずにういていないときをそうぞうできるのなら、
おまた関節がぱっかんとしないねこさんが、
おせなかをしたにしたするということは
そのふねとおなじだとごりかいください。

おへそ天がこねこさんたちに
よくみられるのはこのためです。
こねこさんたちは、こちらのせかいにきてまのないため
おまた関節がのびのびしています。
ですので、ただおへそをうえにするだけで
おまたはぱっかんとなります。

おまた関節やおかた関節は、
ねこさんがこのせかいのことわりになじみ、
ごじぶんでしっかりとあんよができるようになるにつれ
かんたんにはのびのびしないようになります。

もし、おさんぽのためあんよしているとき、
うちなるライオンさんがおめめざめし、
おたくをとぶように駆けているとき、
おまた関節がのびのびしたらどうなるでしょうか。
おさんぽはまったくはかどりませんし、
おめめざめしたうちなるライオンさんは、
飛んだつもりが落ちていることになるでしょう。

はんたいからいえば、こねこさんたちはあるくとき
ぷるぷるしてしまうのはこのためでもあります。

おおきいねこさんになってもおへそ天をしようとおもうならば
おおくのねこさんは、こねこさんのきもちを
おまた関節がわすれないようにおまた関節に
いいきかせていなければなりません。

ぼくも、おまた関節がぱっかんしないねこさんです。
もしかしたらこねこさんのころはのびのびしていたかも
しれません。
しかし、ぼくはおかあにゃんのいいつけられたとおり
おへそ天をしたことがありませんから、
のびのびしていたかどうか、いまとなってはわかりません。

どちらにしろぼくには、
おへそ天というせんたくしは
そんざいしていませんでした。

ですので、ぼくにはじめておへそ天が
やってきたときには、ごじぶんでも
たいそうびっくりしたものです。

はじめておへそ天をしてしまったとき、
ぼくはおかあにゃんのいいつけにそむいてしまったのですから、
きっとぼくにとっておそろしいことがおこると、
おへそ天のままかくごをしました。

しかし、おそろしいことはおこりませんでした。
むしろおこったのは、ぼくにとってよろこばしいこと
だったのです。

まずひとつめは、おへそ天をしたぼくをみつけたしもべは、
ぱしゃりぱしゃりとぼくをおもいでのこばこにおさめ、
そのご、3時のスープをさしだしました。
(このころ、ちゅーるさんはぼくのせかいにまだありませんでした)

また、くろくんもたびくんもあついのですね、
としもべがいいましたのでおへやがすずしく
なりました。
(このときはまだおにいにゃんもいっしょにいました。)
(おいいにゃんもおへそてんをしていました)

また、いつもはおひさまにも
あまりおみせしないようにしているおなかや、
あんよとあちらのあんよのあいだのおけなみを
おひさまにごひろういたしますと、
おひさまのおちからでもって、おけなみは
きらきらしふくふくにもしてもらえます。

そして、おへそてんでみるせかいは
たいそうきょうみぶかいのです。

ぜんぶがぜんぶ、さかさまになっているのです。

みなさんはニャコムやニャルソックをしているときに
鳥がえだなどに、さかさまになってつかまっているのを
ごらんになったことがあるでしょう。

ねこさんがおへそてんになりますと
しもべは、さかさま鳥とおなじようにみえます。
そしてさかさまのままあっちにいったり
こっちにいったりします。

どういうしくみかしりませんが、
ぼくのしょくたくも
ぼくのはばかりも
ねこさんくさも
おめめにうつるものすべて
さかさまになります。

ぼくがなにをおっしゃっているかわからないでしょうが
ありのままをおはなししています。
きっとおへそてんをしていただければわかります。

ぼくもこのさかさまのせかいのなかを
おさんぽしたいとつねづねおもっているのですが、
いままでいちどもできたことがありません。
しようとおもうと、もとのせかいに
もどってしまうのです。

きっといつかぼくもこのせかいを
たんけんできるようになるとおもうのですが、
いまはまだそのときではないようです。

さて、ここまでおへそてんについてを
おはなししてきたわけですが、
おへそてんをしましょう、ということでは
ありません。

してもしなくても、それはどちらでも
よいことです。
できてもできなくても、また
それもどちらでもよいものです。

しかし、おへそてんをしてみたいけれども
やりかたがわからないという
ねこさんがいるかもしれません。

また、ぼくとおなじでいままでは
おへそてんのがいねんすらなく、
ぼくのおはなしでどういうものかきょうみをそそられた
ねこさんもいることでしょう。

そういうねこさんのためつぎは、
やりかたをごしょうかいするしょぞんです。





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