そこで日本側でも戦況打破のため、2000馬力級のエンジン開発および実用化を急ぎ、一応の成功を見せます。
三菱が開発した「火星」および「ハ104」、中島飛行機が開発した「誉」です。
世界最高の飛行艇として名高い「二式大艇」はじめとする海軍機を中心に採用された「火星」は「金星」と同じ複列14気筒エンジンながら、排気量を10リットル以上も拡大しパワーアップを図っています。15900基余りが生産されますが、出力は最大でも2000馬力に達しませんでした。
一方、海軍機には採用されず陸軍機のみの登載となった「ハ104」は、「火星」エンジンをベースに、日本製エンジンとしては初の複列18気筒エンジンとし、こちらは2000馬力オーバーの出力を発揮。陸軍の「四式重爆」に採用され極めて高い性能を発揮しますが、こちらは然程量産されなかったようです。
最後に登場する、日本製レシプロ航空エンジン最高傑作との「誉れ高き」エンジンこそ、中島飛行機製の「誉」でした。
2000馬力級エンジンは排気量40リッターオーバーが常識だった状況下で、36リットルを割込む小排気量で同等のパワーを実現。「栄」と比べ倍近いパワーアップを達成しながら、エンジン外径は3cmしか大きくなっていないという、当に奇跡のようなエンジンです。
しかし、調達できる当てもないまま「100オクタン」の航空ガソリン給油を前提に設計してしまったこと、米軍の空爆による生産能力・技術・精度の低下を予想し得なかったことが災いし、所期の性能を発揮し切らないまま敗戦を迎えます。
それでも「誉」エンジン搭載の局地戦闘機「紫電改」および四式戦闘機「疾風」の活躍は、敗戦後も長く語り継がれるほど鮮烈なものでしたし、占領後に接収した「紫電改」「疾風」をテストした米軍関係者が、これらを「万能戦闘機」「最良の戦闘機」と評価したほどの能力を秘めていました。
この「誉」エンジンを生産した工場設備は戦時下の空爆で潰え、開発した中島飛行機は戦後の軍需産業・財閥解体指令を受け、12もの企業に細分されます。
「誉」のハードは消え失せましたがその技術力は生き残り、中島飛行機から分かれた5社が再結集して「富士重工業」を設立。「誉」エンジン開発主任だった中川良一は同じく中島飛行機から分かれた「プリンス自動車」、そして合併後の「日産自動車」役員に就任し、戦後も長く技術者として貢献します。
「中島飛行機」の末裔たちは日本の自動車産業を引っ張り、日本を世界有数の自動車生産国に押し上げたのです。
三菱が開発した「火星」および「ハ104」、中島飛行機が開発した「誉」です。
世界最高の飛行艇として名高い「二式大艇」はじめとする海軍機を中心に採用された「火星」は「金星」と同じ複列14気筒エンジンながら、排気量を10リットル以上も拡大しパワーアップを図っています。15900基余りが生産されますが、出力は最大でも2000馬力に達しませんでした。
一方、海軍機には採用されず陸軍機のみの登載となった「ハ104」は、「火星」エンジンをベースに、日本製エンジンとしては初の複列18気筒エンジンとし、こちらは2000馬力オーバーの出力を発揮。陸軍の「四式重爆」に採用され極めて高い性能を発揮しますが、こちらは然程量産されなかったようです。
最後に登場する、日本製レシプロ航空エンジン最高傑作との「誉れ高き」エンジンこそ、中島飛行機製の「誉」でした。
2000馬力級エンジンは排気量40リッターオーバーが常識だった状況下で、36リットルを割込む小排気量で同等のパワーを実現。「栄」と比べ倍近いパワーアップを達成しながら、エンジン外径は3cmしか大きくなっていないという、当に奇跡のようなエンジンです。
しかし、調達できる当てもないまま「100オクタン」の航空ガソリン給油を前提に設計してしまったこと、米軍の空爆による生産能力・技術・精度の低下を予想し得なかったことが災いし、所期の性能を発揮し切らないまま敗戦を迎えます。
それでも「誉」エンジン搭載の局地戦闘機「紫電改」および四式戦闘機「疾風」の活躍は、敗戦後も長く語り継がれるほど鮮烈なものでしたし、占領後に接収した「紫電改」「疾風」をテストした米軍関係者が、これらを「万能戦闘機」「最良の戦闘機」と評価したほどの能力を秘めていました。
この「誉」エンジンを生産した工場設備は戦時下の空爆で潰え、開発した中島飛行機は戦後の軍需産業・財閥解体指令を受け、12もの企業に細分されます。
「誉」のハードは消え失せましたがその技術力は生き残り、中島飛行機から分かれた5社が再結集して「富士重工業」を設立。「誉」エンジン開発主任だった中川良一は同じく中島飛行機から分かれた「プリンス自動車」、そして合併後の「日産自動車」役員に就任し、戦後も長く技術者として貢献します。
「中島飛行機」の末裔たちは日本の自動車産業を引っ張り、日本を世界有数の自動車生産国に押し上げたのです。