のほほん☆のほほん

気の向くまま 自由に書いてます

菊一文字 松帆神社

2016年12月03日 | お刀のはなし

わたしが 菊一文字という名称に初めて出会ったのは

子供のころ遊んだとあるゲーム内で 

持ってると体力が減るとかなんとか

高性能だけどバッドステータスもあるという武器の名前でした

 

それが 沖田総司の佩刀としての故事から

設定されたのは想像できますが

今思うとヒドい設定ですねw

 

ですが 幼心になんとなく興味を持ったのを覚えております

 

大人になって 歴史小説好きになって

新選組関連の小説を読んで

ああ 菊一文字は 沖田総司が所有していた事になっているのか

と知った次第です

 

 

ちょっと調べてみますと

福岡一文字派の祖 則宗が後鳥羽上皇から菊の紋を

刀の銘に入れることを許可されたことから 菊一文字と呼ばれるようになったようです

 

ただ則宗自身の刀に菊の紋が入ったものは 無いそうです

 

ネットで画像検索してみると

松帆神社のサイトにありました

サイトはこちら

 

わたしは刀の目利きなどは からっきしできませんが

このサイトの画像を拝見して

パっとみて 気品や優雅さがあるのは感じます

 

 

上記サイトの画像は太刀ですので

打刀とはまた違うでしょうが

(というか鎌倉期は太刀が専らで打刀は後世になってからの物だと思うので 

仮に沖田が本物の則宗を持っていたとしたら どういった刀だったのでしょうか?

刃長が短いものがあったとしても 踏ん張りの強さはあったでしょうし

当時はそういう姿でも打刀として使っていたのでしょうか??

すりあげも則宗だと考えにくいですし・・?)

 

司馬遼太郎さんの「菊一文字」という短編内で

総司の 則宗

土方の 兼定

近藤の 虎鉄

を 並べて置いて 見比べるシーンがあります

 

そのなかの表現をお借りしますと

(以下 小説から引用)

 

「土方は、ぎらりと、和泉守兼定をぬき、菊一文字の横に置きならべてみた。

なるほどこうしてくらべてみると、同じ刀ながら、品位に格段の差がある。則宗を隠君子とすれば、

兼定は歯をむいて戦場稼ぎに駆けまわっている野武士の相好そっくりであった。」

 

「近藤は、沖田には甘い。無造作にぬいて、その横においた。

なるほど、厚重ねで反りは浅く、姿には、この道でいう怒味と武骨味をもち、いかにも人切り包丁といった凄みがある。

むろん、虎鉄にはそれなりに品位はある、だか、しかし鎌倉の古刀である菊一文字には遠くおよばない。

要するに、神韻縹渺としたところが、兼定にも虎鉄にもないのである。」

 

近藤の虎鉄に関しては真贋がハッキリしませんし

土方が小説のこの時期に兼定を持っていたか怪しいところもありますが

 

わたしには、表現できないので 司馬さんの文章をお借りしました

 

 

松帆神社のサイトをさらに見ていますと

なんと所在地が淡路ではありませんか!

兵庫県南部在住のわたしから目と鼻の先です

 

サイトによりますと

「10月第1週日曜日の例祭の日に限り宝物殿を開放し菊一文字の一般公開を行っている」

とのこと

 

来年 是非行ってみたいものです