勝田康三「男の見る男の空間」より、ゲスト:小沢昭一
<小沢昭一の小沢昭一的こころ>
「小沢昭一の小沢昭一的こころ」の原点は、露天商の啖呵売にあり。
勝田 このコーナーは、対談は得意ではないという方のところに私
が無理やり行ってお話を伺うものなんですよ。(笑い)
小沢 ははぁ、なるほど (笑い)
勝田 TBSラジオの「小沢昭一の小沢昭一的こころ」は本も出さ
れていらっしやいますが、あれはもう何年目ですか。
小沢 21年目です。
勝田 21年ですか、すごいですねぇ。
小沢 あれも最初はそれ程意気込んだわけでもなく、何となく始ま
ったんですけどね。その頃あったいろんな仕事のうちで、あれだけ
が残ったというのは、僕にあっていたんでしょうね。それが10年く
らい経ってからわかりかけてきて、これはちゃんとやらなくちゃっ
てね。それまでちゃんとやっていないんですよ。(笑い)
勝田 いや-(笑い)。小沢昭一さんと対談すると言うとね、TV
朝日の広報部の女の子たちが「小沢昭一の小沢昭一的こころ」のラ
ジオの話を開いてきてください、っていうんですよ。あれは他のラ
ジオ番組と違うって言ってね。
小沢 あぁそうですか。どこが違うんでしょうね。
勝田 普通はマイクに向かうと、視聴者に向かって語りかけるとい
う調子なんです。でも小沢さんのは、回りにずっと人がいて、いわ
ば小沢エリアというのがあって、その人たちを自分の芸で魅了して
いくっていう感じだ、と彼女たちなりに分析してましたよ。
小沢 おっしゃる通りですね。自分でもね、夜店とか露店とかの、
俗に言う啖呵売を意識してますよ。縁日で歩いている不特定多数の
人たちの足を無理やり止めて、自分の回りにワーツと人だかりを作
って、最後にはなんとか品物を売っていってしまう、というあの露
店商たちの語り口に子供の頃から親しんでいて、それに異様に関心
があって、ず-っと見てきましたからね。いつの間にかに身につい
てしまったんでしょうね。
活動弁士の話術を密かに尊敬しています。
小沢 だから、ラジオの前でしゃべるというより、どうしても大声
張り上げて、大勢の人の前で獅子吼に近いやり方ですよ。
勝田 あぁ、獅子が吼えるね。(笑い)
小沢 夏なんか汗だくだくで、顔なんか真っ赤でしょうね。自分で
も、なんでこんなでかい声で、マイクだけ相手にして、こんな狭い
スタジオで、って我ながら滑稽だなって思いながら。
でもまぁ、そういうやり方がいつの間にか身についたというか、
それしかやりようがないというか・・・。
勝田 いや、でも私は、それだけではないんだなって思いますよ。
例えば、徳川夢声さんに代表される活弁、活動写真の弁士ですね、
あの要素も実に巧みに入っておられますよね。
小沢 徳川夢声先生は心中密かに尊敬しておりますから、お見通し
の通りでございまして・・・。夢声さんは緩急自在、活字でいう行
変え、句読点の呼吸の話術が、千変万化なんですね。内容がどんな
に良くても、リズムが二足だとお経と同じで、眠くなってくるんで
す。そこを急に声を強くしてみたり、ひそひそにしたり、意表をつ
いて出てくる徳川夢声先生の話術は実に多彩で、不滅だと思ってる
んですがね。
ところが、この間、多少なりとも芸術や芸能に興味を持っている
学生が100人以上集まっている所で、「徳川夢声を知っている人、
もしくは名前くらい聞いたことがある人、」 って聞いてみたとこ
ろ、4人ですよ。まして、芝居の世界では金字塔を打ち立てた、そ
の時代を代表する名女優の田村秋子さんなんて、誰も知りませんね。
勝田 は-。まぁ、特にあの方は新劇ですからね。映画にそう何本
もお出になってないですからね。
小沢 だからですね、芸能稼業も惨いものだ、とね。天下とったと
ころで、五十歩百歩だと、それなら"五十歩"のところでラクして、
少しは楽しんでる方がいいんじゃないか、とね。若い頃はそう思い
ませんでしたけど、段々そう思うようになりますね。
「小沢昭一の小沢昭一的こころ」全体を通して流れる古今亭志ん生
の精神。
勝田 「小沢昭一の小沢昭一的こころ」の中で、全体を通して流れ
ているのは、この間、多少なりとも芸術や芸能に興味をもっている
学生が100人以上集まっているところで古今亭志ん生の精神だろ
うと思うんです。というのは、古今亭志ん生さんは、最後はお酒を
飲んで高座に出られて眠ってしまったっていくらい、気楽に過ごさ
れたようですからね。ああいう生き態を、小沢さんはどこかで狙っ
ていらっしやるんじゃないかと思うんです。
小沢 はい、あこがれております。
ところが、自分の中に、生的要素というものが非常に少ないんで
す。志ん生的要素というのは、何日も家に帰らないで、家族を困ら
せる。女に溺れてうつつを抜かすとか、芸人として実は非常に大事
なんじゃないかと思える要素が欠落してまして。真面目というと聞
こえはいいんですが、当たり前なんですね。常識人というのは、世
の中を送っていく上にはいいですけど、芸能人としては、魅力に乏
しくなる可能性があるんです。常識を逸している奴ほど、やっぱり
面白い。そういう意味では、古今亭志ん生は、高座で寝てしまうよ
うな、これは非常識ですな。普通でしたら高座に上がって寝て、起
きてただ引っ込むだけなんてのは許されない。ところが許さないど
ころか、志ん生の場合は、お客さんが、「高座で寝た志ん生を見
た」というのを自分の人生の中で"宝"にするようなところがあった
んですね。そういうところが芸能人ととしては、一般の人と違って
非常に大事な要素ですね。
カーッと上がってしまうことは、人を魅き付けるには大切な要素
勝田 「小沢昭一の小沢昭一的こころ」を聞いてると、ワツと思わ
ず大爆笑してしまって、あれは車を運転しながら聞いていると危な
いくらい笑いころげますね。
小沢 車の中で笑ってると、隣りの車の奴も笑ってたなんてお誉め
の言葉をいただくこともあります。ところで我々にはカーツ髪の毛
が逆立つような上がることが必要だと思うんですね。僕は上がって
しまうように心掛けているんすよ。ところが慣れてくると上がらな
くなってくる。素人の方は上がらないことが大切だろうと思ってる
ようですけど。よくテーブルスピーチなんかで上がらないようにす
るにはどうしたらいいんでか、とか聞かれるんですけど、上がらな
いと面白くないですね。ただ冷静にしゃべってるだけじや聞いてる
方は面白くも何ともない。カーッとなって何だか辻褄合わない事し
ゃべっちゃう方が、聞いている方としては面白いんですね。
勝田 ははぁ、なるほどね。(笑い)
小沢 人を魅き付けるたには上がるということは非常に大事なんで
すね。名優を見てますと、みんな上がり症ですね。だから、自分を
上がらせる技術を身に付けないと。
勝田 あ-、なるほど、わかります。
小沢 僕は今、笑福亭鶴瓶さんが一番面白いと思って見てるんです
が、あの意味なくカーッとなって、どんどんわれを忘れて、何だか
わかんなくなっちゃうという面白さがあるんですね。何かにとりつ
かれるような、あれが大事だなぁっていつも思ってるんです。
勝田 そうですか。(笑い)番組が21年続いている秘密が良くわ
かりました。(笑)
褒めちぎることが盲導犬とトレーナーの信頼関係。人間も褒めた
方が何十倍も成長が早いですね。
勝田 小沢さんの一中で、老若男女さまざまなお客とお付き合いし
たけれども、犬のお客とお付き合いしたのは始めてだっていう話が
たいへん面白かったんですが。
小沢 今から7~8年前ですかね、横浜の小屋で芝居やってましてね、
舞台の一番前の席に盲人の方と、その横に盲導犬がピタッと付いて
いるんですね。困りましてね。というのは 芝居の最後、その盲導
犬の真ン前で、絶叫して のた打ち回るシーンかあるんてすよ。い
くら盲導犬とはいえ、自分の鼻先ででかい声出されてドタバタされ
たら、吠えるなり、動くなり、何か反応を示すに違いないと思いま
してね。最後のシーンは控え目にやろうか、場所を変えようか、と
か芝居をやりながら考えるわですからね。やり込んた芝居にもかか
かわらずトチったりしましてぬ。そうこうしているうちに、その最
後のシーンになりました。もう仕方ないって、そのままやりました
よ。あのシーンは 客席の人間でさえびっくりしてギャーッと声が
上がったりすることもあるというのに 犬ほ毫も動かない。すごい
もんてすね あの盲導犬という、あ人柄というかあの犬柄というか
少し嫌そうに顔をしかめただけで、身動きもしなかったもんで僕は
もう、その犬がいとしくなってね。
勝田 ほほーっ。(笑い)
小沢 盲導犬を訓練するのは本当に大変でしてね。世の中で起こり
うるありとあらゆるケースを訓練させるんですね。一番難しい最後
の仕上げは 街でやな犬と、つまり自分より強いような犬と擦れ違
うことなんてすね。もう、ワンワンワン阿修羅のように吠えまくる
大きな犬の前を何辺も何辺も通させて慣れさせるんてす。犬はちょ
っとでも逃げようとすると盲人の方にとって具合が悪うこざいます
からね。
勝田 それはそうでしょっね。
小沢 それで犬がやっと平気で通ったときは、もう訓練する方も道
端に寝転んで犬と抱き合って体中をさすってなでて、褒めちきるん
ですよ。褒めるだけが、犬とトレーナーの信頼関係なんですね。こ
れでもう犬はどんなものか来ても身じろかない度胸がつくんでしょ
うね。
勝田 犬であって犬でなくなっちゃうんじゃないですかね。
小沢 でも-、 犬であれ入間であれ 褒めた方か間違いがないで
すね。僕の俳優教育の多少の経験から言っても 褒めた方か何十倍
も成長か早いてすわ。けなしていいことはないてす。子供の教育も
同じような気がしますな-。
地球全体が、女性時代に。これは自然の成り行き。
勝田 今度は世相評論家・小沢昭一としてお聞きしたいんですが、
私早朝マラソンをやってまして 最近走ってると、女性に良く抜か
れるんてすよ 女性のお尻を見ながら走るのはなかなかいいもんで
して、抜かれた方がいいんですが、それにしても女性に抜かれる回
数がどんどん多くなってきたもんですからね。
小沢 ははー。そうですか。(笑い)
勝田 マラソンに限らず、いろんな分野で女性が強くなりましたね
ー。大臣も女性が増えてきて、、まさしく世相は、女性時代。
小沢 僕ほこれはいい傾向たと思ってるんです。というのは、長い
物差しで見ると、男性の発想が出尽くしたんじゃないですか。
作家にも<体筆宣言>があるように、一辺ここで、充電期間とし
て男も休んでみたらどうでしょう。
勝田 女性か強くなったのは、いろんなことを女性にバトンタッチ
して、男性休息時代に入ったんじゃないかって、言う人もいますけ
ど、女性にも向き不向きがあるんじゃないですかね。
小沢 それを一々探索してたらきりないんですよ。どれか向いてい
るのか見定めるためにも一度全部手を引いてみたらどうでしょう。
"これは男の仕事"って言い過ぎたんですよね。聖徳太子の時代から
ずうーッと、みんな男がやらなきゃならない社会でしたからね。
その前は卑弥呼さんだか、天照さんだか、女性がやってたんでしょ。
男も300年か400年くらい休んでみたらどうですかね。いや
男も休息ばかりじゃなく、家事だの育児だのやってみたらいい。今
現在、こうやって、女のカメラマンがスナップを撮ってらしゃるっ
ているのも、何年か前だったら、大事件でしたからね。今は慣れち
ゃって、何とも思わないですけど。
勝田 それはそうですね。
小沢 もう、僕は男の発想はどの分野においても手詰まりだと思っ
ていますよ。政冶から芸術まで。
勝田 平和が続き過ぎたんですかね。
小沢 欲望が野放しになって、便利になり過ぎてるっていう事も、
ございましょうね。この辺で、原点に戻ってみたらどうですかね。
勝田 世相評論家・小沢昭一としては、女性時代は、自然の成り行
きだということてすね。
小沢 まさしくそうてすね。誰に相談したわけじゃないのに、地球
全体か自然に<女性時代>でしょ。
多少先に進んでる国と遅れている国はありますけど。
勝田 それはそれとして、小沢さんには、TV朝日の男の時代劇に
是非出てもらいたい。このところ小沢さんはテレビはご無沙汰のよ
うですが・・・。
小沢 それはどうも・・・。
勝田 時代劇とは、最近、海外に見せるものだと思っているんです。
海外に向けて誇れる日本の芸人として、これからもぜひ頑張ってく
ださい。