アマノシチロー「なるほどさん」雑記帖

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アマノシチローの「なるほどさん」シリーズ "勝田康三の世界"

2005-08-21 16:45:58 | 人物記

「ある六本木物語」より
<勝田康三の世界>

 なぜ「なるほどさん」というタイトルにしたのか?と云うと昨今
「なるほど」という相槌を打つ人が少なくなった。老いも若きも
夫婦も子供も役人も政治家も先生も絶対にうんと少ないに違
いない。人類は忙しくて「なるほど」と頷いている暇もないだけ
だ。もし日本中の地域社会が「なるほどさん」に満ち溢れてく
れれば、世の中は一番よくなるのではないかと。ナジリ合って
いるようでは、究極は物と物がぶつかり合って、結局ナンセン
スということになる。産業革命以降は「こころ」から「物」だけが
進歩をした。究極は「物」の破局。

"テレビ界の巨像"で「勝田映像」とまで称された勝田康三が本年
6月29日に突如この世を去った。あまりにも彼らしい彼の死に方
である。「ねえっ!新しいものってモノは、古いモノの中から出て
くるものなんですよ!」勝田映像コト勝田康三はよくそういうこと
を云っていた。今でこそテレビでは時代劇を普通に取り上げてい
るが、当時は、時代モノはダメだといってマナイタにあげなかっ
た。これを取り上げたのは、田中亮吉という企画制作者の功績
である。

 勝田康三が"会いたい"と電話があって、今年の1月20日頃JR
小岩駅近くの「峠の茶屋」で会った。それが彼と僕との残酷にも最
期の別れになろうとは。その日純白のダウンを着て、颯爽とした彼
の後姿を見たとき、1月の末だというが、さほど寒くはない日だっ
たのに、なぜ厚めのダウンを?といやな予感が走った。ふんわりと
牡丹雪のような別れの姿を今でも思い出す。

           勝田 康三 作品経歴                      
略歴 昭和3年10月26日生まれ。
    明治大学中退,専修大学中退。
    三好十郎に演劇師事。  
    田中亮吉に師事し、ドラマ制作に励む。
    テレビ朝日制作局次長・総合プロデューサーを担当。
    SEDICを経て、ユニークな映像空間を確立する。
    その後東映(現東映アニメーション)の泊代表取締役会長
    にスカウトされ、東映シニアプロデューサーとなる。
    同時に東映Ⅴシネマの企画プロデューサーも兼務する。

 今日は、ネットワーキングの時代で、この代表的なものがテレビ
の仕事と言えよう。スピードとセンスとサービス。そのうえ広い人
のコネ、そして絶え間なき「べんきょう」で、そんな者だけがこの
連続的な企画表現社会のなかで生き抜くことを許される。人知を超
えた神の特別の命令によって、動かされているのが、彼だ。
 勝田康三と言う人間は"ネットワーキング"の代名詞のような異分
野でのその付き合いの広さに度肝を抜かされる。それだけに何を尋
ねても、当意即妙に答えが返ってくる。これには感心するばかりだ。
おなじ職場で、色々な仕事を共にして、企画制作者の中でこんなに
まで<技と見識と決断力>に富む人は見た事はない。バランスが取
れている。その制作分野は、横断的で縦横無尽。詰まるところ彼は
シリアスなアーチストであり、ロメンティックなアーチザンある、
と言える。彼を知る人は、口を揃えて言う。彼の活躍の秘密は彼だ
けしかもつことのできない「夢と勇気と励まし方」にあると。あの
燃えるような若さを実現した彼の姿が、今でもまざまざと目に浮ぶ。

昭和33年、テレビ朝日(当時NET)に入社。                 
 演劇・映画の経験を生かし大型ヒット番組は、当時は殆んど
田中亮吉との二人三脚によるものが多い。
昭和34年、入社時は外画部に所属し
◎外国テレビ映画「ララミー牧場」を担当。放送業界で空前絶後の
 視聴率を獲得し外画のNET(現テレビ朝日)と呼ばれることになる。
◎テレビ映画
◇アクションテレビ映画。
◆「五番目の刑事」で新人原田芳雄を起用。ジープの刑事像を初め
 て登場させる。
◆"世界のミフネ"のテレビ初出演に成功。
 大型時代劇「大忠臣蔵」を52回に亘って制作。田中亮吉制作局長
 の指揮の下に完結。

脚本・池田一朗:作家(隆慶一郎)大正13年東京赤坂生まれ。
東大仏文卒、立教・中央大学の助教授を経てシナリオライターに。
映画「にあんちゃん」「陽のあたる坂道」、テレビ「大忠臣蔵」
「火曜日の女」等ほか多数。
その後60歳を契機に小説家に転向し「吉原御免状」(直木賞
候補)「影武者徳川家康」「かくれ里苦界行」「鬼麿斬人剣」
「一夢庵風流記」(柴田錬三郎賞)「捨て童子松平忠輝」「花と
火の帝」「見知らぬ海へ」などの作品がある。

(映画スター三船敏郎を大石内蔵助に、佐久間良子、司葉子、
上月晃、萬屋錦之介、勝新太郎、 渡哲也、中野良子、竹下景子、
田村正和、丹波哲郎ほかキャスティング。 NHKを凌ぐ。
討ち入りは、32.8%の高視聴率を記録)

◆「荒野の素浪人」・(60本) ・三船 敏郎
  「荒野の用心棒」・(39本) ・渡   哲也 
 「破れ傘刀舟・悪人狩り」  ・萬屋 錦之介
 「破れ奉行」         ・萬屋 錦之介
 「破れ新九郎」        ・萬屋 錦之介
  「無法街の素浪人」 ・三船 敏郎・小川真由美
  「賞金稼ぎ」 ・若山 富三郎
  「江戸の鷹」         ・三船 敏郎                   
◆「遠山の金さんシリーズ」 ・高橋 英樹
◎芸術祭参加作品
 「蒼き狼」井上 靖・原作   ・ 加藤 剛・倍賞 美津子
 「わが愛の城」 向田邦子    ・ 萩原 健一・岸本 加代子
◆現代物
  「警視庁殺人課」       ・菅原 文太・鶴田 浩二
  「京都花見小路の女」     ・山本 陽子・篠田 三郎
  「パリ行最終便」       ・いしだあゆみ・岩城 滉一
☆「ロス発、第一級殺人の女」 二谷英明、真野あずさ。平成元年
テレビ朝日開局記念放送分
◎ニュース・ワイドショー
 従来のNHK型を打破したこんにちのはしり
「桂小金治アフタヌーン・ショー」、田村魚菜「料理教室」
 「小桜葉子の美容体操」ほか、数々の企画を生む。
◎スタジオドラマ
  「ポーラ名作劇場」「夫を成功させる法」などの路線を確立。
◎東映テレビ映像
平成元年 「手塚治虫物語」・ 古谷 一行 ・竹下 景子 (NTV)
平成2年 「緋牡丹お竜」 ・名取 裕子 ・松方 弘樹 (ANB)
平成2年「天皇陛下の野球チーム」林隆三・市川染五郎(フジTV)                              C:Copyrigting
勝田康三が関わった数々の日本のTV映画及びTVドラマ作品の
後世まで残る名作の一部を掲載しました。
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1 コメント

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500字問題について (あらい太朗)
2005-08-25 17:22:20
アマノシチロー様

先日電話を頂戴し、早速覗きにまいりました。

「500字で文章が切れてしまう」と仰っておられましたが、切れた直ぐ下の青い「→」をクリックすれば、続きを閲覧する事ができました。

携帯の機種にかかわらず、この方法で全ての文章を読む事ができるものと思われます。

ご連絡迄。あらい太朗拝

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