遊歩で健康 歩けあるけ

風の吹くまま西ひがし、ただひたすら歩くことによって頭の中が空っぽの
心境にいたれば最高です。これまさに「歩禅」。

鼻高山はいずこ

2017-05-31 09:46:36 | 日記

過日奈良の霊山寺を詣でた時、もらった案内パンフに「鼻高山」の文字があり、おや

奈良にもあるんだ(出雲の鼻高山は日本200名山)と。(5月6日ブログ)

大阪府柏原の高尾山(東京の超有名な山と同名)は征服したので、こちらも挑戦と。

一般地図には表記されてないので、本殿から1キロ登りの「奥ノ院」がきっと頂上か

中腹だろうと推測、28日決行した。

最盛のバラ園は無視して奥ノ院参道へまっしぐら。 途中オジーちゃんの観光客に

「なんで寺に鳥居があるのや」と問いかけられた。「昔は神も仏も一緒だったんじゃ

ないですか」といい加減に返事。「廃仏毀釈やな」とのたまわれる。なんだ知ってる

んじゃないの。 京都では神仏分離が徹底していて、お寺は山門、神社は鳥居。

 奈良はそうはいかない。 近くの宝山寺もまずは立派な大鳥居がむかえてくれる。

 

↑一の鳥居                  ↑二の鳥居 ここから奥ノ院参道

「湯谷川」の渓流沿いの参道は作業用の軽トラが走れる緩い勾配の登り、まことに結構な

森林浴である。 やがて道は谷川から離れ尾根筋に入る。しばらくすると下りに入り三の

鳥居に至る。 

↑三の鳥居   ここから一気に谷筋に下る階段。 その先に賑々しい神社が鎮座して

いた。 私が思い描いていた奥ノ院の所在とは程遠く、「鼻高山」の表示など皆無である。

実はとんだ間違いをしていた。 「鼻高山」とはお寺の山号であって、鼻高(登美)の里に

ある寺の意なのだ。 はやとちりもいい加減にせいとしかられそう。 地形的にはここらは

矢田丘陵の一部であって山は無い。

骨折り損ではあったがお土産が二つ

①神社の上奥にぼろぼろの旧社を発見

↑神社右横にある階段(立ち入り禁止)とその先に見える木造祠。 掃除している作業員の方

に聞くと旧奥ノ院であったようだ。

②神社の西に下る登山道(通行禁止)を視認

神社の前を流れるちょろ川にそって道跡がある。倒木が多く廃道となっている。

帰路、時間があったので水の流れの先と見当をつけた住宅団地に回り込み、登山路を

視認した。

泉が丘団地の北側の暗渠を登るとコンクリート道が切れる。(写真左)地図上の「工務店」

あたり。 その先の叢を構わず進むと渓流沿いの山道がある。倒木激しく通行困難(写真右)

本来は奥ノ院の「弁財天」が先で、きっとこの道から参拝したのであろう。 弁財天のお告げで

東麓側に寺院が建立されたから寺院が従なのだ。 ゆえに霊山寺の入口は「鳥居」なのだ。

ああ、あのおじいー観光客の方(こちらも負けず劣らずおジーなのだが)にちゃんと説明して

あげたい。

 

おまけ  下山途中のバラ園

 

 

 

 

 

 

 

 

 


京田辺のどかな散策

2017-05-13 13:42:29 | 日記

またまた「近鉄てくてくマップ」から表題を借用しました。 京都線の「宮津駅」をスタート、

「新田辺駅」までの8キロの本当にのどかな散策でした。(てくてく京都 3)

散策族にとっては、このてくてくマップはコース取りのヒントが満載でありがたい。 ただし

前述のようにこのマップだけで歩くのは難しい。全コースを一枚ものにまとめるため、方向

距離と道路幅も無視、交差するルートの選択目印はその地点にある構造物。

その一例

スタートの駅から西進(地図では下方 したがってマップを逆さにして使う)し右折れする目印は「フェンス」、

その実物が写真右である。 それまでにある交差点も大半省略されているので、何番目の交差点という

選択はとれない。もしこのフェンスが持ち主の都合で撤去されていればお手上げである。 

事前に一般道路地図にオーバーラップさせておくと万全である。

一般地図でのコースの確認

近鉄宮津駅~①佐牙(さが)神社~②寿宝寺  2.1キロ

コースは神社仏閣をポイントにして線で結んだもので、歴史に興味のない輩には退屈だ。

一応参拝するための小銭は用意しとかなければならない。

宝寿寺の隣には山本駅の石標があり、奈良時代の古道の、まあ今なら「道の駅」だったの

かも。

②宝寿寺~~③飯岡渡船場 1キロ

車道から離れ、田園のなかの用水路沿いの道を東進する。 まさにこの辺りが「のどかな」に該当する

のであろう。暑い陽射し(5月初旬でありながら最高気温が27度)のなかにも緑冷風に癒される。

遠くに「飯岡古墳群」が見える。

渡船場の面影はなにもない。 小さな公園のなかに渡し舟を形取ったベンチがあるだけ。 写真

の右側に「木津川」がゆったりと流れている。

③渡船場~咋岡(くいおか)神社~④飯岡古墳群 )  1キロ

飯岡丘陵にある円形古墳で、「桜井古墳(直径38m)」 「ゴロゴロ古墳(68m)」 「車塚古墳

前方後円型 90m)」 「トズカ古墳(20m)」がかたまっている。 観光用に加工されない自然の

まま、悪く言えばほったらかしである。

⑤古墳群~⑥法泉寺~⑦防賀川公園(昼食場所) 3.5キロ

丘陵地帯だけあってお茶の生産がさかんである。 小さな製茶工場もある。

工場を覗くと、ちょうど稼働中でめっちゃよい匂いがする。 また茶畑の赤ちゃん(写真右)もあったね。

国道307号線に造られた「公園」には幼稚園児がたくさん来ていた。 ベンチやトイレもあり昼食場所

としてはありがたい。 いつものコンビニ握り飯を頬張る。 9時40分にスタートして12時20分。

⑦坊賀川公園~~近鉄新田辺駅(ゴール) 1キロ   

ここからはなにも無い。ひたすら駅へ。  13時には終了した。 やや物足りないなあ。

ご馳走は田畑や路肩に咲く野花である。 名前もわからぬままカメラに収める。

そして5月を象徴する原風景

 

 

 


奈良にもあった鼻高山

2017-05-06 13:17:52 | 日記

ゴールデンウィーク、快晴が続く。 おまけに湿度が少ないので絶好のハイク日和。

残念ながら腰に違和感があり、やむを得ず近間の「霊山寺」のお花散歩をする。 この寺は1月の椿・梅

を手始めに12月のさざんかまで一年中なにかしらの花が咲いている。

5月は「さつき」「霧島つつじ」」「なんじゃもんじゃ」「バラ」「においばんまつり」など多彩だ。受付で「バラは

まだですよ」と念を押される。 入場料(拝観料)が500円であり、どう見ても参拝客には見えないから、

念押しをされたってわけだ。

もらった山内全景図をみると、一番奥に「鼻高山」(170m?)なる表示がある。境内から見たのがこれ。

“奈良にもあった”との表題は、島根県の出雲にある「鼻高山」(530m)が有名であり、先日大阪河内に

もあった「高尾山」(関東で超人気の山と同名)に登ったことから、興味を引いたのだ。 

読み方は違う。 出雲のは「はなたかせん」、こちらは「びこうやま」。 また命名の謂れも違う。 

前者はこうだ。 古代サルタ彦大神を祀った山で、サルタはインド古語で「出っ張り」を意味することから

「鼻高彦大神」の別名もあり「鼻高山」と呼ばれたとのこと。 

後者はこうだ。 薬師如来のお告げによりこの地に薬草湯屋を建てた「小野富夫」なる貴人の鼻が高か

かったことから「鼻高仙人」と地元民に慕われ、山の名が登美山から「鼻高山」変わったとのこと。 

この山の中腹に「奥ノ院」があるので、日を改めて探索してみる。

 

お寺は聖武天皇が建立したので歴史的な価値が高く本堂は国宝、三重塔は重文、仏像も格が高い。

だが境内にはちょっと異質な建造物もある。

↑八体仏霊場(生まれ年の十二支と生まれ星座の守り本尊)

↑黄金殿(総金箔造り)                ↑白金殿(プラチナ造り)

いずれも戦後に建立されたもので史的価値はない。 無宗教の参拝(観光)客へのサービスかもね。

さらには大規模霊園、薬師湯(600円)、食事処、バラ園、宴会場、旅館、究極はゴルフ練習場と、

営業活動も盛んなお寺である。 これだけの伽藍を維持するためにはやむを得ぬ仕儀なりかな。

バラはまったくだめだった(写真右)が、つつじが7分咲き。 境内には桜木や紅葉木がかなりあり、その

季節には結構人出がありそう。

ここを起点に南へアジサイで有名な矢田寺を経て松尾山(寺)・法隆寺へのハイキングコースもあり、これも

これからのルート探索の宿題だ。