ご無沙汰してます、
毎日が日曜日のような穏やかな日々を過ごしてます。
これが一番幸せなんだな~と思いました。
少しずつ記録を残せればと思います。
ご無沙汰してます、
毎日が日曜日のような穏やかな日々を過ごしてます。
これが一番幸せなんだな~と思いました。
少しずつ記録を残せればと思います。
数か月前からの股関節と座骨の痛みで、半年ぶりに整形外科に行きました。
去年2月と5月に、右足首を骨折してから、毎週通院していたので、久しぶり…な感じです。
コロナウィルスのせいか、以前より患者さんも少なく
30分くらいで呼ばれ、股関節と腰のレントゲンを4~5枚撮り、
診断は、「腰椎の第4と第5がずれて少し潰れてる…すべり症ですね」
お医者さんに、「年齢のせいですか?」と聞くと
「そんなことないですよ!」と、
簡単に老化なんて言わない、優しいお医者さんなんです。
腰のすべり症が原因で、左股関節や座骨神経が痛み、
太ももの筋肉のしびれと、点々と痛みが移動するのだといわれました。
少し強めの鎮痛剤をいただいて、ちょっと楽になりました。
長い付き合いになりそうです…
お久しぶりです!
2016年12月に行ったソウルミュージカルを最後に
ブログをお休みしてました。
でも、コロナウィルスの影響で、
毎日通っていたホットヨガは、2/27~2週間の予定で休館。
ジムも3/1~3/15は休館になりました。
あぁ~暇です …
朝から、です。
お掃除するにも、気持ちが乗らない…
それに、去年2月と5月に骨折した右足首の影響で、
今度は、左の股関節周辺を、10月からあちこち移動して痛みがあります。
でも、寒いし、雨だし、コロナのこともあるし
今日はやめて、後日、折をみて整形外科に行きます。
24~5年前、TVの単発ドラマで、「別れてのちの恋歌」
〈大竹しのぶが主演で、まだ若手の堤真一が炭鉱夫の役で出演してたドラマ。〉を観たとき、
単純にこんな島があるんだ、軍艦島が見てみたいと思い続け、ようやく、念願が叶った。
今でも、覚えてるのが、
亡くなったと聞かされてた彼との12年後の約束のため島を訪れ、船が近づくと、
船着き場(今は、ドルフィン桟橋と呼ばれてる)で
手を振る彼の姿を見たときの再会のシーン…、いいドラマだったな~(涙)
軍艦島では、B'zのプロモーションビデオも撮影されたことがあるとか?
10時10分に、出港場所に集合
世界遺産に登録されたことで、軍艦島ツアーが開催され、手軽に行けるようになり、本当にありがたい。
軍艦島を目の前にすると わっ~!と、息をのむばかりで、言葉にならなかった。
ただ、船が揺れる揺れる~~~
NPO法人の「軍艦島を世界遺産にする会」理事長の坂本道徳さん(元村民の方です)が案内してくださいました。
島全体が世界遺産かと思ったら、下の2か所だけ、それを聞いて複雑な思いがした。
総合事務所
岸壁
最盛期には、この狭い場所に東京23区の9倍を超える人口密度の人たちが住み、
その外観が、軍艦「土佐」に似ていることから、『軍艦島』と呼ばれるようになったそうです。
炭鉱施設のほか、住宅・小中学校・店舗・病院・寺・映画館・理髪店・美容院・パチンコ屋・スナックがあり
島の中で生活が完結できるようになっていた。
台風の時には、40mくらいの高波が来て、命綱の桟橋も2回も大破し、
ほかの施設も台風の度に破壊され、
命懸けの石炭採掘作業と、この厳しい環境の中での生活は、一言ではいい表せない過酷な
生活だったようです。
ただ、炭鉱夫は、高給を与えられ、住宅費・電気・ガス・水道は、すべて無料!
でも、その風呂なし住宅は、波の高い北側の危険なところにあり、
三菱の幹部社員は、島の中央の高い丘の上に風呂付6LDKくらいの広い住居に住み
完全な階級社会になっていたそうです。
国のエネルギー政策の変更により、炭鉱は1974年(昭和49年)に閉山。
島民は、3か月間で全て退去し無人島となり、島全体が廃墟となり、雨ざらしの建物は、どんどん崩壊している。
案内をしてくださった坂本さんのお話は
故郷を無くす辛さや 島民は国のエネルギー政策の犠牲者だと、ひしひしと伝わるいいお話でした。
最後に、説明をやめられ、1分くらいの沈黙の後に
「何が聞こえますか?」
「これが今の島の音です。」
哀愁感…、寂寥感…、恐怖…、 胸にずっしり響くものがありました。
軍艦島に行く前のふわふわした気持ちと、まったく違う切ない
この気持ちは何でしょう?