第三章 その壱
深夜の高速道路はすいている。予定よりも早く帰宅できるな、と月斗(つきと)は思いつつ助手席に座る。
気付けば、後部座席に清夜(せいや)がいる。
京音(けいと)は誰とどんな話をつけてきたのだろう。
月斗にも何も教えてはくれないまま、三人は車に乗り込んだ。自分たちが勝手に上がり込んでいたのだが、清夜も一緒に出るというのに、あちらの家族は誰も出てはこなかった。必要ないと言ったのだろうか。誰もいない方が清夜にはいいと思ったのだろうか。
聞きたいことは山のようにあるものの、この状態では下手なことを聞けない。
気まずい。
「次のパーキングで止まるよ」
京音の言葉に頷いた――。
フードコートに席を取る。
「ケイちゃん、大丈夫なの?」
恐る恐るという感じになってしまって、清夜に笑われた。ったく、誰のせいでこうなってるんだよ。
「とりあえず今週ね。あと二日だけど」
それだけかよ。相変わらず口数少なく話すよね。
「ケイちゃん。東京の高校受験って」
「もう遅いか、ギリギリかってとこかな」
京音はそう返すとコーヒーを飲み干して、遅くなるからと立ち上がる。
そこに血の繋がった弟がいる。それは、しっかりと分かっているのに、自分の中で一線引いてしまっている気がする。
兄弟と一括りにされた時、月斗の脳裏に浮かぶのは清夜ではなく京音なのは事実だった。
「清夜。行こう」
どこか、余所余所しくなってしまうのは仕方がない、ともう諦めた。
その後、話らしい話をすることなく車内は静かなままだった。京音が何を考えているのかは分からない。でも彼がすることに間違いはないと、どこかで任せてしまっている自分がいた。車内は、京音の好きな女性ボーカリストの歌が、綺麗な高音を響かせている――。
「お帰りなさい」
玄関に入るなり、母の声がする。
車を置いてくるという京音より一足先にマンションに戻った月斗は、いつもにないことに戸惑った。
清夜はスポーツバッグがある為、先に入る。そこに出てきた母と顔を合わせることになった。
いつもの母だ。でも何かが違う。
「いらっしゃい。とりあえず上がって」
清夜は頭を下げた。ただ相変わらず何も言わない。いや、言えないのだろうか。
そして背を見せた母の後ろを、そのまま追うように上がろうとする。
「待てよ」
ちょうど帰ってきた京音が清夜を止めた。これまでの穏やかな京音の声ではなかった。
「清夜。挨拶したのか」
こいつは答えない。
「してない。一言も話してない」
代わりに月斗が答える。
「ちゃんと挨拶しろ」
「でも、もういないし」
ふてくされたような、と言われても仕方がない言葉だった。
確かに短いが廊下の先にある、台所に母の姿は消えた。
うちのマンションは長細い感じの間取りで、真ん中はLDKだ。そして母は絶対にそこにいる。何故なら母の部屋は、ここ玄関入ってすぐのとこ。
今、真っ直ぐに歩いていき、その更に奥にある父や自分らの部屋には行かない。
「豪邸じゃあるまいし、扉一枚向こうに聞こえないわけないだろ」
京音がこういう話をする時はヤバい。めっちゃ怒ってる。
清夜には分かんないだろうな。
「清夜。挨拶ひとつできなくて、よくこっちで暮らしたいなんて言えたな」
それだけ言って、京音はさっさと上がってしまう。
「おい。ケイちゃん」
振り返ってはくれたが、何も言ってはくれなかった。
仕方ない。
「何でもいいから、言葉にしろ」
「何て言えば」
「自分で考えろ」
玄関先に一人残そうかと思ったが、清夜の立場になるとそれもできなかった。
「おばさん、よろしくお願いします」
五分以上かかって、漸くこれだけの言葉を思いついた清夜だった。声がすごく小さくて、ちゃんと届いたのかは甚だ疑問なところだが。
と思っていると、奥から母の声がした。どうやらキッチン側で待っていてくれたようだ――。
深夜の高速道路はすいている。予定よりも早く帰宅できるな、と月斗(つきと)は思いつつ助手席に座る。
気付けば、後部座席に清夜(せいや)がいる。
京音(けいと)は誰とどんな話をつけてきたのだろう。
月斗にも何も教えてはくれないまま、三人は車に乗り込んだ。自分たちが勝手に上がり込んでいたのだが、清夜も一緒に出るというのに、あちらの家族は誰も出てはこなかった。必要ないと言ったのだろうか。誰もいない方が清夜にはいいと思ったのだろうか。
聞きたいことは山のようにあるものの、この状態では下手なことを聞けない。
気まずい。
「次のパーキングで止まるよ」
京音の言葉に頷いた――。
フードコートに席を取る。
「ケイちゃん、大丈夫なの?」
恐る恐るという感じになってしまって、清夜に笑われた。ったく、誰のせいでこうなってるんだよ。
「とりあえず今週ね。あと二日だけど」
それだけかよ。相変わらず口数少なく話すよね。
「ケイちゃん。東京の高校受験って」
「もう遅いか、ギリギリかってとこかな」
京音はそう返すとコーヒーを飲み干して、遅くなるからと立ち上がる。
そこに血の繋がった弟がいる。それは、しっかりと分かっているのに、自分の中で一線引いてしまっている気がする。
兄弟と一括りにされた時、月斗の脳裏に浮かぶのは清夜ではなく京音なのは事実だった。
「清夜。行こう」
どこか、余所余所しくなってしまうのは仕方がない、ともう諦めた。
その後、話らしい話をすることなく車内は静かなままだった。京音が何を考えているのかは分からない。でも彼がすることに間違いはないと、どこかで任せてしまっている自分がいた。車内は、京音の好きな女性ボーカリストの歌が、綺麗な高音を響かせている――。
「お帰りなさい」
玄関に入るなり、母の声がする。
車を置いてくるという京音より一足先にマンションに戻った月斗は、いつもにないことに戸惑った。
清夜はスポーツバッグがある為、先に入る。そこに出てきた母と顔を合わせることになった。
いつもの母だ。でも何かが違う。
「いらっしゃい。とりあえず上がって」
清夜は頭を下げた。ただ相変わらず何も言わない。いや、言えないのだろうか。
そして背を見せた母の後ろを、そのまま追うように上がろうとする。
「待てよ」
ちょうど帰ってきた京音が清夜を止めた。これまでの穏やかな京音の声ではなかった。
「清夜。挨拶したのか」
こいつは答えない。
「してない。一言も話してない」
代わりに月斗が答える。
「ちゃんと挨拶しろ」
「でも、もういないし」
ふてくされたような、と言われても仕方がない言葉だった。
確かに短いが廊下の先にある、台所に母の姿は消えた。
うちのマンションは長細い感じの間取りで、真ん中はLDKだ。そして母は絶対にそこにいる。何故なら母の部屋は、ここ玄関入ってすぐのとこ。
今、真っ直ぐに歩いていき、その更に奥にある父や自分らの部屋には行かない。
「豪邸じゃあるまいし、扉一枚向こうに聞こえないわけないだろ」
京音がこういう話をする時はヤバい。めっちゃ怒ってる。
清夜には分かんないだろうな。
「清夜。挨拶ひとつできなくて、よくこっちで暮らしたいなんて言えたな」
それだけ言って、京音はさっさと上がってしまう。
「おい。ケイちゃん」
振り返ってはくれたが、何も言ってはくれなかった。
仕方ない。
「何でもいいから、言葉にしろ」
「何て言えば」
「自分で考えろ」
玄関先に一人残そうかと思ったが、清夜の立場になるとそれもできなかった。
「おばさん、よろしくお願いします」
五分以上かかって、漸くこれだけの言葉を思いついた清夜だった。声がすごく小さくて、ちゃんと届いたのかは甚だ疑問なところだが。
と思っていると、奥から母の声がした。どうやらキッチン側で待っていてくれたようだ――。
To be continued. 著作:紫 草