ウォーク更家の散歩 (東海道、中山道、日光街道、奥州街道)

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中山道を歩く(完全踏破の一人旅)

博多 散歩 2012.6.5

2012-06-09 22:21:03 | Weblog

(写真は九州大学)

12日間のぶらり旅(5月25日~6月5日)の続きです。

福岡は、市の名前は福岡ですが、JRの駅の名前は
博多です。
従って、JR福岡駅というのは存在しません。

これは、武士の町の福岡と、町人の町の博多が
合併した時に、どちらも譲らず、市の名前と駅の
名前に分けて、どちらも残すことで決着したからです。

現在は、武士の街の福岡・天神(九州一の繁華街)
が、町人の街の博多・中州川端(福岡で一番古い
商店街)より賑わいがあります。

福岡市内の電車やバス、コンビニなど、全て
スイカが使えるので便利です。

福岡は、大学4年間を過ごした青春の地なので、
非常に懐かしく、数十年前の記憶をたどりながら、
ふらふらと気ままに歩いて来ました。
センチメンタル・ジャーニーです。

写真の福岡タワーは、私の学生時代には有りませんでした。

234メールで、スカイツリー、東京タワーに
次いで、三番目の高さだそうです。

エレベーターのお姉さんに、”どちらから来られ
ましたか?”と、聞かれたので、”横浜からです。
もう、スカイツリーに行って来たよ。”と言った
ら、非常に驚いて、羨ましがっていました。
鼻 高々!!

私の学生時代は海水浴場だった福岡タワー周辺の
シーサイドももちは、おしゃれで高級なマン
ション地帯に変貌していました。

(海の上の結婚式場「マリゾン」)


タワーからは、写真の様に、福岡の街の全景、
博多湾、志賀島などが見渡せ、これからのぶらり
旅の構想を練ります。


先ず、母校の箱崎の九州大学へ行ってみます。

ここだけは、昔と変わりませんが、移転計画が
進行中でした。
下宿の跡を探しますが、町名も変わっており、
定かでありません・・・


更に、教養部のあった六本松に行ってみますが、
校舎が解体されて更地になっていました・・・

近くの鳥飼の下宿を探しましたが、町が変貌して
いて、下宿がどの辺りだったのか、分かりませんでした。

六本松の近くの大濠公園に行ってみます。
こちらは、昔と変わりません!
学生時代にボードを漕いだ懐かしい公園です。


博多の繁華街に出てみます。
川端商店街の辺りは、昔と雰囲気が変わりません
が、商店街の端の櫛田神社の近くには、学生時代
には無かったキャナルシティ等が出来ており、
急変貌していました。




博多で食べ物と言えば、豚骨ラーメン!

チェーン店ですが、本店が中洲の一蘭へ行きます。
唐辛子がベースの秘伝のタレが特徴のです。
麺の固さ、味の濃さなどを細かく注文します。
うん、やはり、ラーメンは豚骨が一番!

更に、伊都の九州大学の新キャンパスに行ってみました。

キャンパスが広くて、歩いて周ることは無理
なので、途中で引き返して来ました。

夜は、中洲のビジネスホテルに泊まりましたが、
この辺りの夜景は、昔と雰囲気が変わりません!
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大宰府・柳川  散歩 2012.6.4

2012-06-05 22:46:57 | Weblog

(写真は大宰府天満宮)
5月25日から6月5日の12日間、博多、大宰府、
柳川、熊本を、ぶらりと旅して来ました。
菅原道真が祀られた大宰府は、福岡の中心の天神
から、西鉄電車で約40分です。
数十年振りの大宰府天満宮です!



(菖蒲池には花菖蒲が!)


(膝が早く治る様に、神牛の膝を撫でました。)
大宰府と言えば、梅が枝餅!
出来立てで、もちもちしていてアンコも上手い!

大宰府天満宮の隣が、今日の目的の九州国立博物館です。

国立博物館は、東京、京都、奈良と九州の4箇所だけです。

ここの特色は、遣唐使の時代などのアジアとの
文化交流をテーマに展示されている事です。


次に西鉄電車で2駅の大宰府政庁跡へ向かいます。
駅から少し離れていて意外と不便です。

7世紀後半、九州全域の政治、軍事、外交の中心
だった場所です。
写真の様に、発掘された大きな礎石が残っています。

周辺は、史跡というより、地元の人々の憩いの場
という感じです。

次に、柳川へ行って、写真の川下りをしました。




西鉄の福岡天神から、特急で、柳川まで約50分です。

お昼は,江戸時代に柳川藩主:立花家の別邸で
あった御花(おはな)で食べたウナギのせいろ
が非常に味しかったです!

そして、実家のある熊本にも立ち寄りました。

熊本城の前に、写真の”桜の馬場・城彩苑”と
いう熊本物産を扱くお店のエリアが新しく出来ていました。


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