ウォーク更家の散歩 (東海道、中山道、日光街道、奥州街道)

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中山道を歩く(完全踏破の一人旅)

立会川に沿って(2/2) 5km

2010-05-28 10:09:11 | Weblog
(写真は立会川緑道)

仕事帰りに、立会川に沿って
源流を目指します。

JR西大井→東急大井町線・荏原町
→池上線・旗の台→目黒線・西小山
→東横線・都立大学→碑文谷公園

JR西大井から、立会道路を真っ直ぐに
進み、チサンホテルを左角に見ながら
2国(国道1号線)を横切って、
荏原町へ向かいます。

更に、旗の台駅から、中原街道を横切り、
昭和大学病院を左に見て、暫く歩くと、
西小山駅に到着です。

東急目黒線の西小山駅から、写真の
立会川緑道が、東急東横線の都立大学駅
の近くまで続きます。

道路の真ん中が遊歩道で、両側が車道に
なっています。
写真の様に、車道に車の姿はほとんど無く、
遊歩道は素敵な石畳で、自転車も通れない
ため、快適な散歩が楽しめます。
都内の住宅街にこんなに素敵な散歩道が!
私の絶対お薦めの散歩道の一つです!

この立会川緑道は、たくさんの真っ直ぐな
小道と直角に交差します。
そして、その交差点の名前には、
全て「xx橋」の名前が付いていて、
この緑道が、立会川の暗渠(あんきょ)
の上に造られたことを証明しています。

このお薦めの散歩道は、やがて、
碑文谷八幡神社の参道になります。
こんもりとした木々の神社の境内が
素敵です。

この境内を抜けたところに、すずめの
お宿公園がありました。
小さな竹やぶだけの公園ですが、なかなか
雰囲気があります。
童謡のすずめのお宿と関係ある
のでしょうか?
園内には、それらしき説明版は見当たり
ませんでした。

すずめのお宿の辺りで、立会川の”川筋”を
見失ってしまいました。
仕方なく、目黒通りを横切って、
水源と言われている碑文谷公園を目指します。

碑文谷公園の碑文谷池は、東横線の
学芸大学駅の近くにありました。
水源にしては小さな池ですが、
ボート乗り場もあり、池の北側は、激しく
湧水が噴き出していました。

池の南側に、水の出口がありますが、
いきなり暗渠です。
どうやら、みどりの散歩道の下を
流れている様ですが、定かではありません。
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水戸街道を歩く(その2) 7km

2010-05-21 20:57:21 | Weblog
(写真は向島百花園)

水戸街道(国道6号線)に沿って歩きます。

東向島→八広(やひろ)→四ツ木橋(荒川・綾瀬川)
→四つ木→立石→青戸→中川大橋(中川)
→新宿(にいじゅく)→金町

向島百花園は、東武伊勢崎線・東向島の近くです。
江戸時代の浮世絵にも出てくる有名な花園です。

現在は、秋のお月見とかで有名な場所だそうです。
仲秋の十五夜は、3日間夜間開放して、
月見の催しがあるそうです。
また8月下旬には、虫を放って、
虫ききの会も夜間公開されるそうです。

江戸時代の菊屋宇兵衛という人の別荘で、
交流のあった蜀山人や谷文晁などの
文人墨客と造園した、とあります。
それで、大名屋敷の庭園には見られない
野趣に富んだ庭園となったそうです。

従って、百花園といっても、華やかさはなく、
藤棚が目立つくらいで、春の七草など
地味な草花が多いです。

この向島百花園も含めて、亀戸天神、
入谷鬼子母神等、江戸中の庶民が
集まる名所というのは、驚くほど狭いです。
大名屋敷跡の公園が驚くほど広いのとは
対照的です。

東武伊勢崎線・東向島駅のホームの下に、
東武博物館がありました。
入場料200円を払って入ってみると、
運転体験が出来る電車のシミレ-ションが
何種類もあり、実物大の運転台で
運転が楽しめます。
東武電車のOBらしき人達が、嬉しそうに、
電車の運転を子供たちに教えていました。


中川に架かる中川大橋を渡ると新宿です。
交差点の英字表示を見ると、
新宿は「しんじゅく」ではなく
「にいじゅく」です。
新宿(しんじゅく)と同様に、江戸時代の
宿場町で、この中川大橋の辺りに、
新宿(にいじゅく)の渡しと宿駅が
あったそうです。
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水戸街道を歩く(その1) 2km

2010-05-14 21:49:53 | Weblog
(写真は東京スカイツリー)
仕事帰りに、水戸街道(国道6号線)に
沿って歩きます。

スタートは、墨田区・言問橋東交差点です。

向島→曳舟→東向島
スタートの言問橋から、そのまま真っ直ぐに、
北十間川に沿って歩いて、今、話題の
東京スカイツリーに立ち寄ってみます。

写真は、北十間川から見た東京スカイツリーで、
写真中央の電車は東武伊勢崎線です。

一年前に見に来た時は、タワーは、
未だ建ち始めたばかりでしたが、
いつの間にか、写真の様に高くなってます!
(一年前のタワーと、このタワーの施工主の
 東武本社との写真は、2009.5.19のブログを。)

この辺りの下町は、あまり高いビルが無いため、
この辺り一帯のたいていの場所からは
見える高さになっていました!
近づいてみると、前回来た時にあった
東武の古びた本社は無くなっていました。
タワーの周辺は、平日にも拘わらず、
大勢の人達が、色々な角度からカメラを
構えています。

スカイツリー見物を終わり、6号線(水戸街道)
に沿って、曳舟、東向島と歩いて行きます。


曳舟は交通の要です。
東武伊勢崎線・亀戸線の曳舟駅と、
京成押上線の京成曳舟駅が近接しています。
更に、曳舟駅には、半蔵門線も
乗り入れています。
でも、その割には、駅のホームは
狭くて汚いです。
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立会川に沿って(1/2) 2km

2010-05-07 09:23:28 | Weblog
(写真は立会川駅横の坂本龍馬像)

仕事帰りに、勝島運河の河口から、
立会川に沿って源流を目指します。

品川区・京浜急行・立会川→
JR京浜東北線・大井町→横須賀線・西大井

私の愛読書の「東京人」6月号は、
「坂本龍馬の江戸東京を歩く」です。
(都市出版 900円)

品川での黒船からの警備のため、
当時、京橋の千葉道場で修中の
龍馬も、土佐藩下屋敷警備のため
江戸詰めの武士として動員された
そうです。

湾岸警備を任命された龍馬は、
土佐藩下屋敷に詰め、立会川の
河口付近にあった浜川砲台に
通ったとのこと。

立会川の勝島運河の河口付近に、
砲台の礎石だけの、みすぼらしい
浜川砲台跡がありました。

最初の橋である浜川橋に案内版が
ありました。
浜川橋の別名は涙橋とあります。

近くにある鈴が森の刑場へ引かれていく
罪人が、この橋で家族と涙ながらに
別れたのが橋の名前の由来だそうです。
ちなみに、鈴が森の刑場では、
八百屋お七、丸橋忠弥などが処刑
されています。

立会川の名前の由来も、川を挟んで
その親族や関係者が最後に
見送る(立ち会う)事から「立会川」
となったという説もあるそうです。

京浜急行の立会川駅の横に、写真
の坂本龍馬像がありました。
立会川駅前の商店街は、龍馬一色でした。
パン屋、そば屋をはじめとして、
龍馬お菓子、龍馬グッズのオンパレードです。

立会川駅からコンクリート護岸に沿って
真っ直ぐな立会川を遡って行きます。

東大井まで来ると、立会川は、いきなり
暗渠(あんきょ)になりました。

ここから先は、先月のブログで書いた
「東京暗渠(あんきょ)探検」の本の教えに
従って、カンを頼りに、多分、
埋められたであろう立会川の上を歩きます。
暫くの間、ゆるやかなカーブを描く緑道に
沿って歩きます。

JR大井町駅の南の踏切を渡ります。
踏切が開いたトタンに、警報が鳴り始め、
大勢の人達が線路の中に取り残されます!
怖いよ~!

微妙なカーブを描く立会道路に沿って
歩き続けます。
この微妙なカーブこそが、川筋の暗渠
であることの根拠なのです。
所々でホントに川筋なのか、
自信を無くしかけますが、
立会道路の表示に助けられます。

以前に歩いたことのあるニコンの工場の
前を通ると、横須賀線の高架が見えて、
JR西大井駅に着きました。
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