ウォーク更家の散歩 (東海道、中山道、日光街道、奥州街道)

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中山道を歩く(完全踏破の一人旅)

三陸鉄道リアス線 (旧北リアス線区間) 2019.4.29

2019-06-02 10:19:45 | Weblog

(写真は、三陸鉄道の車両)


鉄道ファンの私は、今年のゴールデンウィークは、3月に全線が全通した「三陸鉄道」に乗りに行きました。

東日本大震災の津波で、三陸地方の鉄道は壊滅してしまいました・・・

でも、その後、沿岸北部の「北リアス線」(久慈~宮古区間)と、沿岸南部の「南リアス線」(釜石~盛区間)は、頑張って、順次、再開区間を伸ばしてきました。

しかし、肝心の沿岸の中央部分の「JR山田線」(宮古~釜石区間)が、ずっと不通のままでした・・・

でも、今年の3月、その「JR山田線」が8年ぶりに開通し、三陸沿岸の北部から南部の地域が、ようやく1本の鉄道で結ばれました!

この新「三陸鉄道」は全長163キロ、広い岩手県をほぼ縦断します!

1本につながった新たな「三陸鉄道」は、JR山田線も含めて「三陸鉄道リアス線」という名称になりました。

この全線開通に際し、「JR山田線」は、「JR」から第三セクターの「三陸鉄道」に移管されました。

この移管により、「三陸鉄道リアス線」は、「第三セクター鉄道」としては「最長距離の路線」になりました。


今回、私が参加した「三陸鉄道リアス線の旅」(クラブツーリズム)は、この「三陸鉄道リアス線」を1泊2日で全線走破します。

東京駅(7:00) → (新幹線はやぶさ)→ 盛岡駅(9:24)









JR盛岡駅に到着すると、貸切バスに乗り、市内で、上の写真の「あさ開酒造」や下の写真の「石割桜」(いしわりざくら)を見学します。


(巨大な花崗岩の割れ目から育った樹齢360年の石割桜)


盛岡市内見物の後、盛岡の市街地を抜け、岩手山を左手に見ながら、一路、三陸海岸の久慈駅へ向かいます。


盛岡市内からバスで約150分もかかって、ようやく、上の写真の「三陸鉄道リアス線」の始発駅の「久慈駅」に到着しました。

上の写真の「三陸鉄道リアス線」の久慈駅駅舎と、下の写真の「JR八戸線」の久慈駅駅舎が並んでいますが、両線とも当駅が始発駅です。 



「久慈駅」は、NHK朝ドラ「あまちゃん」で有名なのだそうです。

しかし、あまちゃんブームもすっかり下火で、駅前のあまちゃんで有名な上の写真のビルも近々取り壊すそうです・・・


写真は、三陸鉄道リアス線の久慈駅駅舎内です。



写真は、三陸鉄道リアス線の車両ですが、車両の色は、情熱の赤、海の青、誠実の白を表しているそうです。





「久慈駅」を出発した三陸鉄道リアス線は、約100分をかけて、本日のゴールの「宮古駅」へ向かいます。


「十府ケ浦(とふがうら)海岸駅」



写真は、十府ケ浦海岸の最近完成した前浜防潮堤です。



この14メートルの高さの防潮堤が完成したので、鉄道からの海の絶景は見られなくなりました・・・


「野田玉川駅」

野田玉川駅を過ぎると、高さ30メートルの「大沢橋梁(きょうりょう)」の上で列車が停車してくれるので、上下の写真の”三陸海岸の絶景ポイント”を車窓から堪能出来ます。



「摂待(せったい)駅」

摂待駅の案内板には、我々の今晩の宿泊予定のホテルが描かれています。(上の写真の赤丸印)












「宮古駅」

乗車してから約100分で、本日のゴールの宮古駅に到着しました。





宮古駅から、バスで約30分の今晩の宿の「グリーンピア三陸みやこ」へ向かいます。



途中、上下の写真の「道の駅・たろう」を通過します。


ここ宮古市の田老(たろう)地区は、津波で市街地は壊滅状態になり、200人近い死者・行方不明者が出ました。

道の駅側に建てられるのは、商業施設のみで、住宅は建てられないのだそうです。


我々の旅行バスは、写真の「グリーンピア三陸みやこ」に着きました。

このホテルは、高台で被害も少なかったため、震災直後は避難所として、多くの被災者を迎え入れました。

震災当日は、非常に寒かったのですが、ホテルの中ではお風呂もやっていたので、多くの被災者に喜ばれたそうです。

田老地区の全体では、避難所が10か所ほどありましたが、1か月後には、避難所をこのホテルの1か所に集約して、全ての避難所を閉鎖したそうです。


ホテルの敷地内には、約400棟の仮設住宅が建設され、隣接するホテルの駐車場には、上下の写真の22店舗が並ぶ仮設商店街が出来ました。



仮設住宅は、現在、既に取り壊され、上下の写真はその跡地です。



ホテルの部屋からは、太平洋が臨めます。


ホテルの部屋の軒下には、上下の写真の様に、たくさんのツバメの巣がありました。





夕食は、三陸産のアワビの陶板焼き、近海で獲れたホタテ等、海の幸をたっぷりと堪能出来て、大満足でした。

上の写真は、この地方の名物で、ホタテとウニが入った”イチゴ汁”です。

器に入れたときに、乳白色の汁の中に、黄金のウニの姿が”朝もやの野いちご”の様に見えるところからこの名前が付いたそうです。



(上の写真の赤枠内が、「三陸鉄道リアス線」のうち、本日の乗車区間の「久慈駅」から「宮古駅」です。)
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4 コメント

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三陸 (hide-san)
2019-06-02 15:57:14
大震災の復興はまだまだ先になりそうですね。

震災前に戻るには、かなり時間が必要ですね。
お疲れ様でした。
三陸の壊滅的な被害 (ウォーク更家)
2019-06-02 19:35:27
そうですね、感想としては、もう8年も経つのに、堤防や町造りの工事は、予想したほどには進んでおらず、大震災の本格的な復興はまだ先になりそうな印象でした。

時間をかけてでも、ホントに震災前に戻れるのか、地元の人達は戻って来るのか、三陸鉄道は赤字を脱却出来るのか、不安だけが残りました・・・
鉄ちゃん  (もののはじめのiina)
2019-06-04 09:26:23
奥の細道をたどるなどして旅すると、鉄ちゃんになるのですね。
それも。更家さんの場合は乗り鉄ですね。

残雪のある岩手山が、うつくしいです。^^


マンガ「こちら亀」の主人公両さんの出身が浅草でした。
銅像はなく、石碑が浅草神社境内にあります。




素人の鉄ちゃん (ウォーク更家)
2019-06-04 10:31:56
そうですね、奥の細道をたどっていると、あちこちの鉄道に乗りたいという気持ちが強くなってきます。

ええ、私は鉄道大好きですが、ただの素人の乗り鉄です。

盛岡の市内の至る所から、直ぐ近くに残雪のある岩手山が見えるので、「わ~、岩手山は市街地からこんなに近いんだ~!」と感動しました。

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