「何これ? 」:光陰
「少壮努力せずんば、老大いたずらに
年老いてから、傷悲せん。」
(漢:詠み人知らず)
老いてから後悔しても遅い
光陰矢の如し。
【閑話休題】:高齢者運転免許返納?
「70代で運転免許を返納する不合理とは?」
70代になったからと言って、何事に対しても「引退」
など考えてはいけないと思う。
「引退」には、生活環境そのものの変化が伴うもの。
それは、逆にストレスにもなり得ます。
運転免許の返納は、高齢者にとっては、生活環境がガラッと
変わり、大きなリスクになります。
環境の変化が、これまでの元気な生活を支えていたルーティンを
破壊し、日々の活動レベルを低下させることが往々にして起こります。
この活動レベルの低下が、これまで機能していた運動能力や
脳の働きを萎縮させてしまいます。
自動車の運転においても、引退などしない方が良いと思う。
最近は、高齢者の運転に対して、危険であるかのような風潮が
広がり、運転免許の自主返納などの動きも出ています。
本当にそうなのでしょうか?
高齢になっても運転を止めないことの方が、
元気な高齢者でいるために大切なことだと思うのですが………
交通の便が良い都会に住んでいる人なら、自動車の運転を
止めたとしても、他の移動手段は豊富にあります。
一方、地方にいて、外出の際には常に車を運転していたような人が
運転免許を返納してしまうと、ほとんど外出しなくなります。
2~3年で要介護状態になったり、認知症のような状態に陥ったり
する可能性が増大する懸念があります。
運転免許を返納し、家に籠り、誰とも会わず過ごすような
生活になってしまうと、運動機能も脳機能も衰えます。
活動しようという積極性や意欲の面でも萎えてしまいます。
高齢者の交通事故については、
認知機能のおちている高齢者が運転操作を誤り、
重大事故を多発させていると思っている人が多くいます。
本当に、そうなのでしょうか?
令和元年の交通事故の発生件数は、警視庁の発表によれば、
3万467件で、そのうち65歳以上の高齢者が第一当事者の交通事故は
5524件。事故全体の割合を見ると、全体の18.1%です。
高齢者の事故率が高いと言う世間の認識は、
メディアで高齢者の運転による事故が多く報道された
事によるものでしょう。
車の運転が出来るような人であれば、軽度の認知症でも、
ブレーキとアクセルの区別がつかなくなるということは
ほぼあり得ないと思われます。
かなり進んだ認知症の人だと、車の運転そのものが
まず出来ないでしょう。
つまり、踏み間違えたのは、高齢者がペダルの区別が
つかない程の認知症などではなく、うっかりしていたり、
慌てたからなのです。
このような事故はすべての年代で起こっている内容です。
ペダルの踏み間違え以外にも、高齢ドライバーの起こす事故には、
まれに逆走や暴走といった、明らかに不自然なものもあります。
これらは、高齢による運転技能の低下によって引き起こされた
ものと言うより、ほとんどが、薬による意識障害が原因ではないかと
言われています。
高齢者は、複数の薬を常用している人が多くいます。
高齢者は代謝も落ちているので、薬の副作用が出やすいことも、
一つの要因でしょう。
薬によっては、低血糖や低血圧、低ナトリウム血症などで、
意識障害が起こり易い状態になってしまいます。
暴走事故を起こした高齢ドライバーが、当時の状況を
「よく覚えていない」などと言うことがありますが、
これは明らかに意識障害を疑っていい言動でしょう。
今後は、特に多くの薬を飲んでいる高齢者は、意識障害を
起こすリスクがあることを念頭に、運転を続けるか否かを
自身で慎重に判断すべきでしょう。
運転を止めるか否かの判断は、個々人の状況によって
違うものであり、一律に何歳以上はダメなどと決めつける
ることは不合理と思慮されます。
筑波大学などの研究チームが2019年に公表した調査結果でも
運転をやめてから、移動に電車やバス、自転車を利用していた人の
その後の要介護リスクは、運転を続けた人比べて1.69倍の要介護リスクに
なっていたとの結果が出ているそうです。
(愛知県の65歳以上の男女2800人を追跡調査)
ある一定年齢になったことを理由にしての「運転免許返納」は、
不合理と考えられますが………
運転からの引退は、老化を加速させる結果をも、
もたらしてしまう事になるのでは…………
「by. 地方(痴呆)高齢爺々運転者」
●ウクライナへの間接的支援のために「節電」しましょう(3/15:ブログ)
我が家の節電等:(呆けないうちに節電を?………)
* 針供養何処に刺そうか迷う吾子
2022.05.02/moai291