忘れないでっ・・・

2011年07月30日 | 東日本大震災支援金情報
私の叔父がなくなった場所です・・・
リアルに2階建ての体育館から津波が入ってきています。





避難所だった場所が、避難所ではない・・・
想定外の津波






避難所の前が海
私もここでサーフィンをしていた場所
ここから、津波がきた














私は、津波の恐ろしさを忘れないっ
そして、伝えていかなくて・・・・





さっ!
明日は、浦戸諸島 桂島にてこんな企画っ!



全国直売所研究会 企画

元オリンピック選手(フリースタイル スキーモーグル代表)
畑中 みゆき 故郷 宮城県塩竃市 浦戸諸島 桂島 
『放射線の正しい知識を身につけ風評被害を防ぎ、
食の安全を知る・炊き出し』


2度のオリンピック経験をもつ 畑中 みゆき の 故郷宮城県塩竃市には、本島の他4つの島がある。塩竃市浦戸諸島は、2度の津波にあい(昨年、チリ津波の被害にもあっている。)東日本大震災では、被害総額6億円以上(昨年度も合わせ、12億円の損害・被害)それでも浦戸諸島の亡くなわれた方(桂島 0名・野ノ島 0名・寒風沢島 3名・朴島 0名)浦戸諸島全員が力を合わせて、島の産業復興を願い、牡蠣・海苔・ワカメの作業をしている。

島の景観は、日本三景 松島に負けない、とてつもなく、キレイな島である。
本土(塩竃市)陸つながりの避難所や仮設住宅では、日頃から炊き出しや手厚いケアがあるが、離島では、交通手段が船(汽船)ともあり、炊き出しの方々が来づらい状態。

そんな離島へ、全国直売所研究会×茨城大学高妻孝光教授×中川調理学校 らが、
畑中 みゆき 協力の元炊き出しを行います。 


宮城県塩竃市は、福島原発より半径100キロと言う事もあり、
塩竃市では、放射線をインターネット公開し、食安全・暮らしの安全を図っている。
現在では、宮城県では、肉牛の牧草から放射能が検出され、問題にもなっている。










全国直売所研究会では、島民全員へ炊き出しのお届け

避難所が解散し、仮設住宅への入居となり、津波以来何度か炊き出しの協力は、
畑中 みゆき らが、行ってきたが、
炊き出し協力者の多くの声は・・
「島民全員の全食分の炊き出しは困難だ・・・」
「本当に、困っている方々へ炊き出しを行いたい・・」
などなど、意見が交わされ仮設住宅入居者だけに、行ってきている炊き出しだった。

しかし、
3・11 以降、島の航路は閉ざされ、行政介入もなく、島民全員が力を合わせて、
自分らの食事は、自分らで行われて来た。
島民の方々全員が、津波でありえない恐怖を体験している。
私は、食を通して心のケアをしたいと思った。

“腹が減っては戦はできぬ!”

食は、人間が生きていく上で、絶対に必要な事。
食なくして、人間は生きていけない。
食を通して、島民の方々を元気にし、

「島民全員が一致団結になっている姿をもう一度見たい!!」
と思い、島民全員(現在 約170名)へ
炊き出しを“全国直売所研究会”へお願いをしました。

これからも、2度津波の被害にあった塩竃市 浦戸諸島 桂島 を元気にしたいっ!
そして、これ以上の発展をしていきたい!っと思っております。

これからも、皆様の長期的なご支援・ご協力・どうぞよろしくお願い致しますっ!!


しおがま文化大使
元 オリンピック代表    
(2002 ソルトレイク 2006 トリノ スキー フリースタイル モーグル) 

畑中 みゆき
畑中みゆき 叔父 故 畑中 幸夫 は、3・11 避難所へ避難したが、
強力な津波襲われ、亡くなってしまった。
母 畑中 秀子 は、被害が大きかった石巻で被災した。
現役選手(スキーハーフパイプ)畑中 みゆき だが、
今回の震災で、地元 塩竃市が復旧・復興するのに全力をそそぐぎたいっ!との気持ちが強く、今期の選手活動は休憩とする。


協力

みずほの村市場 
畑中 みゆき スキースクール
全国直売所研究会 
茨城大学高妻孝光教授
中川調理学校









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