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三ツ森 雪の行き当たりばったりblog

銀の鹿

2012年05月20日 | おはなし
昔、ある大きな村に、一人の若者がいました。
その若者が、同じ村に住む娘に、恋をしました。
髪が金色で、可愛らしく、誰にでも明るく話しかけるその娘は、
村の人気者でした。

ある日、若者は、思い切って、その娘に告白をしました。
 「僕は、あなたのことが好きです。
   どうか、僕の恋人になってください。」
しかし、娘は困ってしまいました。
実は、結婚を約束している人が、他にいたのです。
どう断ったらいいのかわからない娘は、
とっさに、こんなことを言ってしまいました。
 「じゃあ、銀の鹿を、捕まえて来てください。
   捕まえれば、どんな願いでも、一つだけかなえてくれるという、
   銀の鹿を、私のために、つれて来てください。
   それができれば、私はあなたの恋人になります。」
若者は、驚きましたが、
 「では、必ず捕まえて来ます。待っててください。」
と言いました。

この村では、銀の鹿の話は、誰もが聞いたことはあるのですが、
実際に見たことがある者は、一人もいませんでした。
だから、娘も、銀の鹿なんて捕まえられるはずはないし、
自分がもうすぐ他の人と結婚することも
そのうち気がつくだろう、と思っていたのです。
そんな事とは知らず、若者は、銀の鹿を探しに、旅に出たのです。

村を出て、若者は、銀の鹿を探して、山の中をさまよっていました。
何日も探し回りましたが、まったく見つかりません。
あたりも暗くなってきてしまい、
すっかり疲れきった若者は、大きな木の根元へ座りこみました。
 「銀の鹿なんて、やっぱりただの言い伝えなんだろうか…。」
そうつぶやいた時、一瞬、強い風が吹いて、森の木々がざわめきました。
ふと顔を上げると、少し離れたところに、銀色に光るものが見えました。
すらりとした姿の、銀の鹿が、そこに立っていたのです。

イラスト


若者は思わず息をのみましたが、すぐに我にかえって、
鹿を捕まえようと、静かにゆっくりと近づきました。
手に持っていた投げ縄を投げようとしたその時、
鹿は走り出しました。

若者はあわてて追いかけました。
 「待ってくれ。お前を捕まえなきゃいけないんだ。」
もちろん鹿は、かまわず走り続けます。
若者はどんどん引き離されてしまい、ついに、鹿を見失ってしまいました。
あたりを見回すと、だいぶ離れたところの岩場に、
銀色の鹿がいて、こちらを見ています。
 「あっ、あんなところに…」
再び近づこうと足を出したら、
若者のからだは、前にぐらっと倒れてしまいました。

気がつくと、若者は、あたたかい部屋の中の、ベッドの上に寝ていました。
 「ここは…?」
起きようとしましたが、体のあちこちが痛くてたまりません。
同じ部屋にいた、茶色の髪の娘が、
 「やっと気がつきましたね。大丈夫ですか。」と言いました。
 「あの…僕は、どうしてここにいるんですか?」
 「あなたは、崖から落ちて倒れていたんですよ。
   たまたま私の父が通りかかって、あなたを助けたんです。」
すると、娘の父親が、ベッドへ近づいて来て、こう言いました。
 「君は、かなりひどいけがをしているよ。良くなるまで、
   この家で休むといい。ゆっくりしていきなさい。」
若者は、銀の鹿を探しに行きたい気持ちでいっぱいでしたが、
体が思うように動かないので、その言葉に甘えることにしました。

この娘と父親が住む家は、若者のいた村の、隣の村にありました。
若者は、銀の鹿を追いかけるうちに、隣の村まで来ていたのです。
毎日、娘と父親は、とても親切に、若者の世話をしてくれました。
そのおかげで、日に日に体は良くなっていきました。
やっと歩けるようになった若者は、外に出て散歩をしたくなりました。
その日から、少しずつ、村の中を歩いて、いろいろな所を見てみたり、
村の人とも話をしたりするようになりました。

ある日、若者は、自分の母親と同じくらいの年の女性に出会いました。
その人から、思いがけない話を聞いたのです。
 「そういえば、隣の村の、あの可愛いお嬢さん、結婚したんだってね。」
よく話を聞くと、それは、若者が恋をしている、あの娘のことでした。
 「それは本当なんですか?まさか、そんな…」
この時、若者は、自分のことなど全く相手にされていなかったと
気づいたのです。

それからというもの、若者は、すっかり落ち込んでしまいました。
茶色の髪の娘と父親は、心配して、どうしたのかときくのですが、
若者は、はっきりとは答えませんでした。
それでも、二人は、若者のけががすっかり良くなるまで、
面倒を見てくれたのです。
その間に、若者には、新しい気持ちが芽ばえてきました。
いつも、自分に優しく接してくれる茶色の髪の娘のことが、
好きになってきたのです。

ある日、体もすっかり良くなった若者は、茶色の髪の娘に言いました。
 「実は、…僕は、あなたのことが、好きになってしまいました。
   優しくて、親切な、あなたが好きなのです。
   どうか、僕の恋人になってくれませんか。」
しかし、娘の返事は、思いもよらないものでした。
 「すみませんが、…それは、できません。
   実は、私には、他に好きな人がいるのです。」
若者は、驚きと、悲しみで、しばらく声が出ませんでした。
そして、やっと、こう言ったのです。
 「僕は、いったい、どうすればいいのでしょうか。
   いつも、好きな人に、断られてしまうのです。」
娘は、しばらく黙ったあと、こう言いました。
 「いつも、私や、父に助けてもらうだけではなくて、
   あなたが、優しくて、親切で、誰かのことを
   助けてあげる、そんな人になってください。」
 「…僕に、そんな事が、できるでしょうか?」
 「あなたなら、できます。」
そう言われて、若者は、不思議な気持ちになりました。
とても悲しかったのですが、すこし希望がわいてきたのです。

次の日、若者は、娘と父親の家から出て行くことにしました。
二人に深くお礼を言うと、若者が見えなくなるまで見送ってくれました。
若者は自分の村に帰ろうと、山道を歩いて行きました。
しばらく歩くと、小川が流れていたので、少し休むことにしました。
小川のそばに腰を下ろすと、向こう岸で何かが動きました。
銀の鹿でした。
若者のほうをちらりと見ると、
銀色の光を放ちながら、軽やかに走り出したのです。
若者は思わず追いかけていました。
この前と違い、鹿は、かなりゆっくりとした走り方でした。
だから、今度は、追いつけそうな気がしたのです。
若者は、鹿を追いかけながら、ぼんやり考えていました。
そうだ、最初に好きだった娘のために、鹿を捕まえる必要はないんだっけ。
じゃあ今度は、自分の願いのために、鹿を捕まえてみようか…。
しばらく走ると、鹿が立ち止まりました。
その少し先に、人が倒れています。
若者がその人に近寄ろうとすると、鹿はあっというまに
どこかに走り去ってしまいました。
 「大丈夫ですか。」
若者が声をかけ、よく見ると、顔色の悪いおばあさんでした。
息はしているのですが、ぐったりしています。
あたりを見回すと、山の谷間に家がいくつか見えたので、
若者はそのおばあさんをおぶって、そこまで連れていきました。

イラスト


そこは、とても小さい村でした。
若者は、おばあさんを休ませてあげられるところはないかと
思っていたら、そこに黒い髪の娘が通りかかりました。
娘は、あわててかけ寄ってきました。
 「おばあちゃん。どこにいたの。」
若者は、その娘を見て、はっとしました。
今までに見た、どの娘よりも美しかったからです。
しかし、悲しそうな顔をしていました。
娘は、そのおばあさんの孫だと言うので、若者は、
家まで連れて行ってあげることにしました。

おばあさんをベッドでしばらく休ませると、目をさましました。
 「ああ…。わたしは山に行ったはずなのに…。」
 「おばあちゃん。体が悪いのに、なんで一人で山に行ったの。」
 「もうこれ以上おまえに迷惑をかけたくなかったので、
   ひとりで山に行って死のうと思ったんだよ。」
 「おばあちゃん。そんな悲しいこと、しないで。」
二人の話を聞くと、おばあさんは長いこと病気で、孫である娘が
ずっと看病をしているようでした。
いつのまにか、あたりはすっかり暗くなっていたので、
若者はこの家に一晩泊めてもらうことにしました。
黒い髪の娘が、
 「今日は、おばあちゃんを助けて下さって本当に
   ありがとうございました。ゆっくり休んでください。」
と言って、小さい空き部屋に通してくれました。
しばらくして、若者は、寝る前に、なにげなく窓の外を見ました。
少し離れた、暗い森の中に、銀色の光が見えました。
銀の鹿が、ゆっくりと歩いています。
あっ、今度こそは、と思った若者は、縄を手にして、
窓から飛び出していきました。

若者は、鹿に気づかれないようにと、静かに静かに、
森の中を追いかけていきました。
今までと違い、鹿は、全く走ることなく、
ゆっくりと歩いています。
今度こそは捕まえられそうな気がしました。

イラスト


しばらく歩くと、鹿は、木の少ない、少しひらけた場所に出ました。
鹿の上には、満月が輝いています。
すると、銀の鹿は、ゆっくり振り向いて、若者の方を見たのです。
若者は、思わず、動けなくなってしまいました。
そして、銀の鹿は、こう言いました。
 「おまえの願いは何だ?お前は、私を捕まえて、
   願いをひとつだけかなえてもらいたいんだろう?」
若者は驚きましたが、この時、気づきました。
鹿にかなえてもらう自分の願いが何なのか、
深く考えていなかったのです。
すると、おばあさんと孫娘の顔が思い浮かびました。
 「今日、僕が助けた、おばあさんの病気を、
   すっかり治してあげて下さい。」
銀の鹿は、しばらく若者をじっと見つめたあと、
 「お前は、優しい若者だ。」と言って、
ゆっくりと、去って行きました。
若者は、しばらく、その場に立ちつくしていましが、
だいぶ疲れたので、娘の家に帰って、眠りにつきました。

次の日の朝、若者は、おばあさんの様子を見に行きました。
すると、おばあさんと黒い髪の娘が、
なにやら喜びあっているようでした。
 「おはようございます。どうしましたか。」
と、若者がたずねると、娘が、
 「おばあちゃんの病気がすっかり治ったんです。
   まるで奇跡のようです。」と言いました。
 「じゃあ、銀の鹿が、本当に願いをかなえてくれたんだ…。」
 「それは…どういうことなんでしょうか?」
娘にそうきかれたので、若者は、自分が銀の鹿に会って、
願いを言ったことを話しました。
 「それで、おばあちゃんの体が良くなったんですね。
  本当に嬉しいです。ありがとうございます。」
おばあさんも、
 「本当にありがとうございます。こんなに元気になれて、
   何とお礼を言ったら良いかわかりません。」
と言いました。
若者は、これで良かったんだ、と思いました。

その後、人々のうわさで、銀の鹿を見たという話が、
たまに、耳にはいってくるのですが、
若者が、銀の鹿を見かけることは、
いっさいありませんでした。
そして、若者は、黒い髪の娘と結婚して、おばあさんとも
仲よく、みんなで幸せにくらしました。


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