昭和50年代からカツナン土木なる謎の団体から「この場所での係留を禁ず」の張り紙が出されることがよくありました。
今は、ディズニーシー外側の猫が浜の堤防水門に、「この中に入るな」という張り紙がしてあって、海と寝床を行き来していた猫
たちも戸惑っています。
下の写真は、船橋港近くの西浦3丁目あたりの盛田造船があった場所で、森田氏が生存中は、ここにある古い大きなクレーンで
船を吊り上げたり(上げ下ろしで3万円くらい)していて、かつ、自作ボート、ヨットの制作のメッカにもなっていました。
40フィートのヨットを自作した清水氏が「世界一周旅行」に乗り出して、新聞にその記事が載っていました。
私も35歳のころ、ここで20フィートのヨットもどきを自作して、葛西の左近川まで帆走して係留していました。
今はかなり黄昏てきましたが、2年前の森田氏の死を悼んで、空にはUFOが常駐しています。
今は、ディズニーシー外側の猫が浜の堤防水門に、「この中に入るな」という張り紙がしてあって、海と寝床を行き来していた猫
たちも戸惑っています。
下の写真は、船橋港近くの西浦3丁目あたりの盛田造船があった場所で、森田氏が生存中は、ここにある古い大きなクレーンで
船を吊り上げたり(上げ下ろしで3万円くらい)していて、かつ、自作ボート、ヨットの制作のメッカにもなっていました。
40フィートのヨットを自作した清水氏が「世界一周旅行」に乗り出して、新聞にその記事が載っていました。
私も35歳のころ、ここで20フィートのヨットもどきを自作して、葛西の左近川まで帆走して係留していました。
今はかなり黄昏てきましたが、2年前の森田氏の死を悼んで、空にはUFOが常駐しています。