来たか、という感じです。人の不幸を喜んじゃいけないとは思いつつも、この結婚がなければ、MASAYAなんかに出会わなければ、もしかしたらXも解散しないでHIDEが死ぬこともなかったかもしれないと思うと・・。
あのご夫婦のヘンなブログを見るたびに、「別れりゃいいのに。でもあり得ないか」とがっかりしつつの・・。
でもXを選んだ時点でその可能性も全くないわけじゃないだろう。相変わらず訴訟問題は尾を引いていて、どう考えても「ホームオブハート」の方が怪しすぎるのにと。
でもそれが洗脳ということだし・・とか、つらつらと。
争う側の紀藤弁護士も「だいぶ洗脳が解けてきているという印象だ」と去年言ってましたしね。
どうなるんでしょうか。でも私は不謹慎かもしれませんが本当に嬉しいです。
スポニチの記事からです。
● 「X JAPAN」TOSHI 元アイドル妻と離婚へ
ロックバンド「X JAPAN」のボーカリストのTOSHI(44)が、「WANKU(わんくぅ)」の名で歌手活動中の香夫人(40)と離婚に向けた話し合いを始めたことが15日、分かった。TOSHIは、夫婦で参加していた自己啓発セミナーの主催団体「ホームオブハート」から脱会。団体主宰者のMASAYA氏(52)とも決別し、音楽活動に打ち込む意向だ。
関係者によると、TOSHIから離婚を切り出した。大きな理由は、夫婦で心酔してきたMASAYA氏との決別だ。
香夫人は元アイドル。「守谷佳央理」などの芸名で活躍し、TOSHIと出会ったのは93年のロックオペラ「ハムレット」での共演。数年間の交際を経て、97年2月14日に結婚。その後、芸能界から一時引退し、TOSHIの個人事務所の代表として支えた。
TOSHIがMASAYA氏に傾倒していったのは香夫人と出会ってから。結婚後の97年8月に初対面している。MASAYA氏が作るヒーリングミュージックにも影響を受けた。結婚直後の97年4月には、ロサンゼルスに滞在するX JAPANの相棒のYOSHIKI(年齢非公表)を訪ね、音楽的な方向性の違いを理由にバンドからの脱退を申し出た。これが引き金となってX JAPANは同年末の解散に至ったとされる。
翌98年には、ファンや親族らが自己啓発セミナーからTOSHIを脱会させようと動き始め、その後、たびたび衝突。周囲によると、08年のX JAPAN再結成後から徐々に「ほかに信じられるものができたようだ」(関係者)といい、ついに決別した。
同時に香夫人との離婚も決意。ただ、夫人は合意していないとみられ、離婚調停に入るとの情報もある。
TOSHIはロサンゼルスに滞在中。香夫人はスポニチ本紙の取材に「(離婚調停は)ありません。いずれにしましても、私の口からお話しすることはありません」と述べた。TOSHIの弁護士は「守秘義務がありお話しできません。ただ、週明けにも説明したいと思っております」としている。
TOSHIからのメッセージです
【mixi 2010年01月17日】皆様へ
皆様へ
先日、一部マスコミにおいて離婚報道がありましたが、そのことも含めて、この12年間について私の感じたままに正直にお伝えしたいと思います。
1、これまでの12年間について
1998年よりこれまで12年間活動してきましたが、その間、実質上所属してきた株式会社ホームオブハート、株式会社ヒーリングワールド(ホームオブハートと実質同じスタッフの一連の会社)に私の活動のすべての売り上げのお金が渡っていました。
これまで、非常に過密なスケジュールの中で、一日も休むことなく働き続けてきましたが、仕事上のごくわずかな必要経費以外、コンサートのギャラも給与も生活費もXJAPANからの収入も含め、すべてのお金が私には一切与えられていませんでした。
働いた多額のお金は今日にいたるまですべて持っていかれてしまいました。
実際の生活費は、私の友人、知人に個人的に援助を受けて生活してきました。
今回、病に倒れたときですら、知人に援助を受けるすべしかなかったのです。
2、株式会社トシオフィスについて
私が代表者である(株)トシオフィスも、実質的には(株)ホームオブハートの経営の中にあり、私には経営や経理を含めた権利はなにも与えられていませんでした。
毎日働いたお金のすべてを、守谷香氏(妻)や(株)ホームオブハートや(株)ヒーリングワールドに渡していたにもかかわらず、詳細のわからない間に、私自身に莫大な税金と借金が課せられました。
これまで私は(株)ホームオブハートのために無償で働くただの従業員に過ぎなかったのです。
上記のようなつらい生活を続けてきたのは、12年前に心病んでいた私が、プロデューサーのMASAYA氏や守谷香氏(妻)に出会い、「救われた」となぜか思い込み続けてしまったからです。
これらのことについて、これまで長い間本当に悩み続け、心身ともに疲れ果ててしまいました。
3、守谷香氏(妻)のこと
10年前から、実質的には夫婦ではありませんでした。
仕事場でごくたまに会う以外、守谷香氏(妻)の生活は実際のところまったく知りません。
守谷香氏は、私との家庭生活よりもMASAYA氏と共に暮らすことを選び、これまで毎日、現在に至るまで10年間、那須で生活しています。
私は、東京都港区芝にあるマンションの小さな部屋で、一人で暮らしてきました。
この度、形ばかりとなっていた守谷香氏(妻)との婚姻関係を解消するため、妻に対する離婚調停を申し立てました。
実際はそうではないのに、守谷香氏のブログで、二人で仲良く暮らしているかのような嘘の文章を掲載されたり、デュエットなどの活動を押し付けられていた、すべての偽りが精神的な極度の疲労となっていました。
4、裁判について
私自身は、那須にある(株)ホームオブハートには10年ほど前に一度だけ、那須にある(株)トシオフィスにもこの10年間で3~4回立ち寄っただけで、(株)ホームオブハートや(株)トシオフィスでどのようなことが起きていたのか、まったくわかりませんし、裁判内容に関しての事実も知る由もありませんでした。
これまでいくつかの民事裁判が行われ、ニュースになるときにはいつもTOSHIの名前が出され、この件に巻き込まれたことを悩み、心痛んでいました。
5、現状について
私はこのような現状の中で、やむを得ず自己破産の申立をし、破産宣告を受けました。
現在進行中の破産手続において、私にはわからなかった、(株)ホームオブハート、(株)ヒーリングワールド、(株)トシオフィスに関する一連の、私にとって不透明な金銭や経理が明らかにされることになると思います。私としては、国の機関による真実の解明にすべてを委ね、誠実に協力したいと思います。
これまで長年にわたってだまされていたことからやっと目が覚めた気持ちです。
以上のような真実について、長い間本当のことを話せずにいたこと、また押し付けられていた毎日長時間にわたる過酷な労働が、心身ともに苦痛となり、積もり積もって今回の病気になってしまいました。
これまでの言動やブログの文章等で、仕事のためやむを得ず、自分の意思とは反して偽りを伝えたことも皆様にお詫びいたします。
今まで44年間生きてきた中で、この2か月半の間が一生分以上に大きな時間でした。
この間じっくり考え抜き、本当に大切なものがなんなのかを知り、ここで人生の再出発をしようと決意しました。
この思いを生涯忘れることなく、これからはささやかでも、嘘のない自分の生活を送っていきたいと思います。
これまで私を応援し支えて下さった皆様、本当にありがとうございました。
これからのTOSHIをどうか見てください。
2010年1月17日 TOSHI
何がほんとで何がウソなのか・・・。私にはわかりませんが、でも信じたいです。
お帰りなさい TOSHI!