彼がデートを途中で切り上げた理由

ジョウが怒った。珍しく。
デートの途中だっていうのに、切り上げて＜ミネルバ＞にとって帰る。
あたしの手を引いて。
「なんで言わないんだ、熱があるって」
「だって」
手を引いてどんどん先に行ってしまうから、あたしはついていくのがやっと。
やだ……。ほんとに怒ってる。横顔が。
どうしよう。声をかけられない。
＜ミネルバ＞のゲートを開けてタラップを下ろす。操作パネルを押して。
待ち時間もずっと沈黙。
下りきったところで、ジョウが口を開く。
「体調が悪いのに、悪いって言えないのか、俺じゃ。予定変更させると、怒りそうだから？」
そんな風に見えているのか、俺は。君には。
傷ついた目でそう言うから、あたしは驚いた。
あんまし驚いてすぐに否定できなかったくらい。
やっとのことで、ふるふる、と頭を横に振った。
「そんな、……違うわ」
「じゃあなんで、熱があるのに出かけたりしたんだ」
「それは」
あたしは言いよどむ。
ジョウはタラップに足を掛けて登り始める。熱でふらつくあたしを支えるようにして。
メディカルルームにまっすぐ向かっているのが分かる。
「だって、動物園なんて久しぶりだったんだもの。子供の時以来だったんだもん」
この星にあるって聞いて、楽しみにしていたの。お仕事が終わって行けたらいいなあって。ジョウと。
新しいワンピースも買ってあったし、初めて袖を通すのはジョウとのデートがいいと思ってたから。
だから、今日。朝起きて、体がだるいなあってちょっと思ったけど、まさか熱があるなんて思わなくて。
あれ、頭も痛いかも。変だな、おかしいなって動物園を回っていくごと、少しずつ調子が悪くなっていったけど、言い出せなかったの。
タイミングを逃して。
ごめんなさい。
消え入りそうな声だと思った。我ながら。
メディカルルームに到着するまで、そこまで説明できた。
ジョウは黙ったまま、メディカルルームのドアを開けてあたしを中に促す。
「ドンゴ、アルフィンをシートに寝かせる。すぐチェックしてくれ」
「キャハ。了解」
前もって連絡を入れておいたのだろう。ドンゴがもうスタンバイしていた。計器の準備を整える。
あたしはジョウの手を借りてベッドに乗り上がる。
ジョウがあたしのおでこに手を添えて、じっと目を覗き込んだ。熱を確かめる。
「……熱いな」
「……ごめん」
あたしは上掛けを口元まで引き上げた。
「あんまり怒らないで。もうしないから」
「怒ってない。ごめん、こっちこそ嫌な言い方をして」
額に当てた手を、そのまま頬に滑らせる。
大きな手。つめたい。
って感じるくらい、あたしの熱が高いってこと。
ジョウは深く息をついた。
「……約束してくれ、アルフィン。具合が悪かったら予定があってもちゃんと俺に言うこと。
デートの最中でもだ。無理はしないこと、いいな」
「はい」
「怒ってるんじゃない。デートよりも君の身体の方が大事だ。わかってくれ」
頼むよ。
懇願した。
あたしは胸がいっぱいになって、頷くしかできなかった。
「新しい服も似合ってる。動物もかわいかった。また行こう、な」
やっとジョウが笑う。
「うん。ーーうん」
あたしはコク、コクと何回もうなずく。
「ソレニシテモ、ヨク分カリマシタネ、じょう。あるふぃんガ熱アルッテ」
あたしに計器をつけながら、ドンゴが言った。
「そりゃ、わかるさ。手をつなげば」
アルフィンの平熱を知ってる。ジョウは当たり前のことのように言った。
「ナルホド」
「なんだよ？」
「ナンカ、えろイですネエ～」
「ぶ」
「可愛カッタノは、動物ジャナカッタンジャないデスカ、じょう」
「五月蝿い」
ジョウが赤くなってドンゴのボデイを蹴り上げた。
熱があるあたしよりも真っ赤になっていた。

END

（２へ）
ただの風邪だったみたいです。笑
⇒pixiv安達　薫