背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

LOVERSⅡ(「クジラの彼」 オムニバス二次)製作中3

2013年07月28日 06時42分42秒 | 雑感・雑記
【毎日がDATE】(「ロールアウト」より)


「はい、あーんして絵里」
スプーンが目の前に差し出される。
あーんと言われたとおり口を開き、ぱくりと飲み込む。
もぐもぐとシチューを咀嚼しながら、絵里は、
「……高科さん」
と彼を呼んだ。
「なんですか」
「高科さんも口、動いてますよ。もぐもぐって」
あたしと同じように。何も入っていないのに。
絵里が指摘すると、気まずそうに高科が目を逸らした。
そして、「お代わり、食べて」とスプーンで掬って差し出した。


官舎の外階段で脚を滑らせて、転倒。右手首を骨折。人生初の外科の入院を経験した。
利き腕なので、厄介なことこの上ない。家事はおろか、自分のことさえもままならず、絵里は不便を強いられた。
高科がそれを積極的にフォロー。料理や洗濯、洗い物、ゴミ出しなど、こまごましたことを一手に引き受けてくれた。まさに痒いところに手が届くほど。
 絵里は恐縮した。婚約中なので、入籍はしていない。しかも高科は通常の任務もあるのだ。負担をかけすぎる。だが、絵里がいったん実家に帰って療養したいと言っても、高科は聞かなかった。
 うちにいてください。俺がお世話しますからと引き留めた。
「でも、迷惑かけます」
「かけたっていいですよ。俺はあなたの夫になるんです」
 夫婦は困ったときはお互い様でしょ。生真面目にそんな甘いことを言うから、絵里もついつい流されて高科の官舎にとどまってしまう。何より一緒にいたい。
「それに、俺がやってることといったら、独身の頃毎日やってたのと変りませんから。そんな気にしなくていいですよ」
「それは、そうかもしれないけど」
 でも、肩身が狭い。高科のお世話をするために身を寄せているのに。
 高科が言い忘れていたというようにそこでつけ足した。
「まあ、絵里の髪を洗ったり、メイクを落としてあげたり、髪をブロウしたりとかは、毎日のメニューにはなかったですけどね」
「うわーん。そうですよね、ごめんなさい!」
 実は家事だけではなく絵里の身の回りの世話、それこそ高科の言葉通り、洗顔から髪のセットから、爪切りまで今は高科に頼りきりなのだ。絵里は顔から火が出る思いだった。
「あたしって既に要介護老人みたいじゃないですか。花嫁っていうよりも。もうやだこんなの。骨折したの、左手だったらよかったのに。まだましだったわ」
 顔を両手で覆ってしまった絵里に(そのうち右手はギプス)、高科は笑って言った。
「そう嘆かないで下さい。手の骨折程度でよかったですよ。頭とか打ってたら大ごとでした」
 そして、さ、行きましょうかと絵里を低声で促す。
 怪我していないほうの左腕を把った。
「風呂に入れてあげますよ。おいで」


 高科さんとお風呂は嬉しい。怪我の功名ってこういうことをいうのかしら。
 迷惑をかけていると後ろ暗く思いつつも、嬉しいものは嬉しい。フクザツな思いを抱える彼女の背後には高科がいて、絵里の右手が濡れないように気遣ってくれる。
 絵里のギプスにはラップが何重にも巻かれ、ビニール袋が何枚も被せられている。水が浸透しないようにとの配慮だ。
 そして、常に心臓より高い位置に腕を上げているようにさせられる。湿気の篭るバスルームで、患部を濡らさないようにするのは一苦労だ。
 今日も絵里はバスの小窓の縁に右手を置くように言われて、片手万歳する格好で湯船に漬かっていた。
「疲れるでしょう。少し我慢してください」
 身体、もうすぐ洗い終わりますからね。背後で高科が言って、バススポンジを絵里の背中に優しく滑らせる。
「大丈夫。高科さんこそ、ごめんなさい。うだっちゃいますよね」
 絵里が骨折してからというもの、高科が毎日絵里を風呂に入れてくれる。そして、身体をバス内で洗ってもくれる。専用の入浴剤を買ってきて、バブルバスにしてその泡で湯に漬かりながらきれいにしてやるのだ。シャワーだとギプスを濡らしてしまうおそれがあるので、慎重に、ゆっくりと。
 ふわふわの泡が飛ぶ湯船はとてもいい香りがして気持ちいいのだが、喜んでばかりもいられない。高科は自衛官だ。カラスの行水の彼は、長い時間湯に漬かるのは不得手なはずだ。なのにすっかり赤い顔になっているくせに彼は笑う。
「大丈夫。俺のことは気にしなくていいですから」
「でも、」
「ほら、背中は洗い終わりましたよ。次は前ですね」
 立って、と高科は絵里を湯から上がらせた。
 長引かせると高科さんが倒れちゃう、と絵里は言われたとおりに立ち上がる。若い肌が湯をざばんと弾いて、高科の目の前に晒される。

(つづきは冊子で)



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