背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

いつもの光景

2021年10月02日 02時50分57秒 | CJ二次創作
帰りのエアカーは微妙に気まずかった。
「……」
「……」
運転席のジョウも助手席のアルフィンも無言。カーステレオの音だけがむなしく車内に響く。
アルフィンが知らない国の、ボーカリストが歌うナンバーが流れている。
会話もなく、二人はフロントウインドウに映っては後方に流れていくアラミスの街並みを眺めるしかない。
さっきまで、評議会の入った本部ビルにいた。ジョウの案内で、受付で登録手続きを取ろうとしたとき、ヱギルという男性に声を掛けられた。
ジョウの昔からの知り合いだという、退役クラッシャーのその人はとても気さくに話しかけてくれた。
ルーのお父さん。なるほど、言われると似ているわね。失礼にならない程度にヱギルを観察していると、突然、
「――で、なんだ二人して、今日はダンに結婚の挨拶にでも来たのか」
と爆弾発言を喰らった。
もちろんヱギルの悪い冗談。親しみのこもったからかいだと分かっている。
でも、自分たち、特にジョウはその手のいじりを上手に躱すすべを持ち合わせていない。
真っ赤になって否定して、ますます相手を喜ばせてしまうというループに嵌まった。
そうしているうちに、エレベータから降りてきた人たちに囲まれ、次々に似たような突っ込みを受け、そこにいたダン――ジョウのお父さんにもろくに挨拶もできずに退散することとなった。
結局ビルに出向いたけれども用件は一つも片づけられなかった。無駄足といえば、無駄足。
ジョウがいま、むっつりと不機嫌なのはそういうわけだ。
運転操作も自然荒っぽくなる。前を行く乗用車を車線変更してぐいと追い抜いた。
「……」
アルフィンは隣をそっと窺がった。
あたしは、この前ひどく不可思議な体験をした。
バミューダ・トライアングルという船乗りに伝わる海域に捕らえられ、もう一人のあたしが生きている世界に飛ばされたのだ。パラレルワールドなんて、SF映画の中の設定だとしか思っていなかったけれど、あたしが見た世界はそれはそれはリアルで、目に映る景色、出会う人たちすべてが生き生きと息づいていた。
そこであたしはもう一つの人生を生きた。
ミネルバに密航していないあたしの人生を。
ジョウの横顔は相変わらずフロントウインドウに向けられている。
エアカーの中に流れる曲は、ジャズ・フュージョンに変わった。
……あたしはセイレーンの夢の中で、この人の熱いプロポーズを受け、お父様とお母様の許可を得て結婚したんだわ。
指輪はもらわなかったけれど、亡くなったジョウのお母さんの形見のウエディングドレスはもらった。それを着て、アル・ピザンの宇宙港からこの人と旅立ったんだ。
宇宙港のスタッフと一般客にあたたかく見送られて。
……幸せな門出だった。今思い出しても涙ぐんでしまうほど。
あたしはこの人が、どれだけ言葉を尽くしてお父様とお母様を説得してくれたかを知っている。
そして、どれだけ情熱的なキスをくれたのかも。プロポーズを、二回してくれたことだって覚えている。
……セックスも、知ってる。初めて結ばれたときのことも、結婚してからのことも。
ジョウに激しく愛されて、どれだけはしたなくこの人の腕の中で達したかまで、リアルすぎるくらいに覚えている。
そこで、気恥ずかしくなって、アルフィンは視線をフロントに向ける。
まともにジョウを見ていられない。
たぶん、それは彼も「同じ」だから。
あたしたちは、あの時同じ世界に飛ばされた。あとになって、ジョウがそれをほのめかした。
違う二人が、同じパラレルワールドを体験するなんて、理論的にありえないと思うけれども。
ありえないと思えることも、セイレーンのマジックで起こしてしまうのかもしれない。
ジョウもきっと、全部覚えているに違いない。あたしにプロポーズしたことも、結婚したことも、キスも、セックスも……。
口には出さないけれど。
だってあたしの頭に、あのときの記憶がこんなに生々しく残っているんだもの。ジョウだって……。
だから、余計混乱する。
現実の世界では、あたしとジョウはキスさえ交わしていない。ただのリーダーとそのチームメイト。
なのに、あたしたちは、あたしたちの関係の延長上にあるものをもう皮膚感覚で知ってしまっている。
その矛盾。
……結婚とかのキーワードにジョウが過剰に反応しちゃうのは、多分そのせいもあるのよね。
アルフィンが、そんな物思いにふけっていたとき。
おもむろに、黙って運転していたジョウが口を開いた。
「悪かったな、口が悪い連中で。――すまない」
アルフィンは「えっ」と驚いて隣を見やった。
ジョウが、「悪気はないんだ。勘弁してくれ」と続ける。
「あなたが謝ることないわ。ヱギルさんもみんなも、悪気がないのも分かってるわ。久しぶりに会えて、嬉しそうだったもの、あなたに」
慌ててアルフィンが言う。やっと話のとっかかりが出来て、ほっとした。
それほどビルを出てからずっと沈黙が続いていた。
「悪乗りするんだ。もうみんな偉くなってしまって、じいさんなのに」
「じいさんはひどいんじゃない。あなたのお父様もいらしたわ」
親父か、とそこでジョウは少しだけ苦い顔をした。
「まともにお話もしないで出て来ちゃったけど……よかったの?」
「いいもなにも、特に親父には用事はなかったから」
ひどく素っ気ない。
「ジョウったら」
いい加減、和解したらと言おうとしたけれどやめた。
ジョウの地雷が、父親であるクラッシャーダンであることは、アルフィンにもうっすら分かっていた。
様々な屈託があるようだ。そしてそれに触れられるのを嫌がる。
何の気なしに、アルフィンが口にした。このまま会話を繋げたい気持ちから。
「あたしのお父様とはあんなに親しく話ができるのにね」
と。
ジョウも答えた。
「ハルマン三世は俺に昔から好意的だからな。ほら、あの晩の夕食会のときだって、」
とそこまで言いかけて、はっと気づいた。言葉が宙に浮く。
夕食会。
アルフィンも思わず動きを止める。視線をジョウに据えた。
二人の目が合った。
……夕食会って、あの、プロポーズをしに来てくれた、ピザンの宮殿の夜のこと?
と訊こうとして、訊けない。
アルフィンは言葉を飲み込んだ。
ジョウは自分がうっかりもう一つの世界のことを口にしかけたことに、自分で驚いているようにも、迂闊さを後悔しているようにも見える表情を浮かべた。
それからまた無言になった。
アルフィンもそれにならう。
「……」
「……」
ややあって、ためらいがちに、それでも意を決した様子でジョウがふたたび口を開いた。
「アルフィン、これだけは言っておこうと、前から思っていたんだが」
アルフィンはゆるゆると顔を隣に向けた。
小首をかしげて彼の言葉を待つ。ジョウはフロントウィンドウから目を離し、アルフィンをしっかりと見つめてこう言った。
「俺は、嬉しかったよ。君が、あのときピザンを離れてミネルバに密航してきてくれて。
ふるさとにある大事なもの、全部ふりきって、俺のところにからだ一つで飛び込んできてくれて、うれしかった。――それだけは、伝えとかなきゃと思ってた」
セイレーンはあんな夢を見せたけれど。
6年間離れ離れとなって、その後で結ばれる。あれはあれで、素晴らしい体験だったけれど。それでも。
俺にとっては、現実の世界と君の選択がすべてだ。
ジョウは言った。ううん。言葉にはしなかった。でも、彼の瞳がそう言っていた。
アルフィンは、ぐっと涙を堪えた。
どっちの人生もありえた。でも、今、自分たちがいるこの世界をいっしょに生きようとジョウの目が言っている。
それがすべてなんだと。
アルフィンは何度もうなずいた。
「よかった。そう言ってくれて嬉しい」
「離れるなんて、想像できないよな、6年も」
ジョウが笑った。
「ほんとよね。気が短いものね、あたしたち」
「短いのはアルフィンだけだ」
「うそ」
「本当」
「うそよ、さっきだってすぐかっとなって、ビルから飛び出しちゃったくせに」
「あ、あれはだな」


エアカーに他愛無い会話が生まれる。音楽がかき消される。
二人にいつもの光景が戻るのを、青く澄んだアラミスの秋の空が見守っていた。

END

COWBOY BEBOPの実写版オープニングを観ました。
まさか実写版が作られる日がこようとは…… 吃驚。

⇒pixiv安達 薫

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2 コメント

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Unknown (おすぎーな)
2021-10-02 11:26:44
投稿ありがとうございます😆
いやぁ~台風一過のようなさわや~かな感覚で読ませていただきましたぁ🤗
むきになるのは、本当のJくんの内心にあったことなのですよ😁(老婆心・笑)

私事ですが、急に来週始めからフル就業が決まりまして💦(私も驚き😲)これから、こちらやpixivの方に、なかなか足あとやコメントができにくくなるかもですが、引き続き応援の念(←怖かったらゴメンナサイ🥺)を送らせていただきます~🙌🎵
返信する
無理のない程度で (あだち)
2021-10-03 08:16:37
お楽しみくだされば嬉しいです。
ふらっと読むだけでもOKですよ
これまで心温かいコメントをこまめにありがとうございました。フルタイム勤務、いきなりトップギアにさらず、ぼちぼち慣らしでなさってくださいませ。応援しております。
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