背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

君の弱さ(前編)

2021年08月22日 18時11分53秒 | CJ二次創作
ジョウが視力を失ったのは、1週間前。
殺害予告を受けたとある政府の要人の、護衛についていたときだった。
リムジンのエンジンに細工がしてあって、運転手がギアを入れるなり仕掛けられてた爆弾が起爆した。
激しい閃光と爆発の衝撃が、いっしょに乗り込もうとしていたジョウを襲った。
とっさに依頼人をかばって、まともに爆風を受けた。身を挺して要人を守り抜いた。
勢いよく飛散した車のパーツがジョウの頭部を直撃して、その場に昏倒した。
すぐに救急ヘリで総合病院に運ばれて手当を受けた。命に関わるけがではなかった。けれど、意識を取り戻したジョウの目が全く見えなくなっていた。あらゆる検査が施された結果、網膜が損傷しており、手術を受けないことには視力の回復は認められないだろうという診断が下された。
それでもジョウは護衛を続けると言い張った。あたしとタロス、リッキーが説得して、なんとか病院に押しとどめた。
爆弾の欠片、残骸をかき集めてラボで分析して、テロリストの身元を洗い出した。アジトに奇襲を仕掛け、首謀者もろとも一網打尽にした。
ジョウの目をだめにしたやつらは警察に引き渡した。引き受けたミッションはジョウ抜きで完遂した。
一筋の光も射さない暗闇の中に、まだ彼は居る。



一日一回、包帯を替えるのはあたしの役目。買って出た。
毎日シャワーを終えたあとの彼に、リビングでしてあげる。ジョウは入院を嫌った。無理をしないと主治医と約束を交わして、手術の日までミネルバで過ごすことを病院から許可された。
ドライヤーで髪を乾かしてあげるのもあたしの役目。温風を濡れ髪に当てながら、
「ねえ……見えない状態でひげとか剃るの、こわくないの」
と訊くと、ジョウは少しだけ笑ってみせる。
「こわくはないけど、面倒くさいな。ちゃんと剃れてるかどうかもわからないし。でも伸ばしっぱなしなのもな」
無精ひげ、イヤだろ?と顔を向ける。
ジョウの目は閉じられている。まなじりと眼の縁に、生々しい傷痕が残っている。
もうだいぶ傷は癒えてきてはいるけれど。深手が痛々しくて、直視できない。
「あたしは別に」
伸ばしたところ見たことないし。そう言うと、
「アルフィンがイヤじゃなけりゃ、しばらく手をかけなくてもいいかな」
ジョウは自分の顎をひと撫でした。
「ワイルドな感じになって似合うかもね」
あたしはドライヤーのスイッチを切って、ジョウの髪を整える。
「じゃあ、包帯を巻くわね」
「うん」
やり方は看護師さんから直伝で教わった。だいぶ手慣れてきたと思う。
あたしに任せて、ジョウは黙ってソファに座っていた。
「手術の日にち、決まったら改めて病院から連絡が入るって。あと10日くらいだろうって、今日電話があったわ」
あたしが言うと、「今日は何日だ」と訊かれた。
「15日よ」
「見えないと日にちの感覚がわからないんだ。悪いな」
「いいのよ」
「あと10日か……長いな」
ジョウがため息をつく。さほど難易度は高くない手術だと聞いている。網膜を再形成すれば、視力はほぼ取り戻せるだろうと。
それでも元々見えていたひとが、急に視力を失って、何も見えない世界に何日も閉じ込められているということは、想像以上のストレスなんだろう。
それに、術後の経過をみたり検査があったりすることなども含めると、向こう三ヶ月は仕事を入れられないし。
ジョウがこんなに長い期間、仕事から引き離されるなんて耐えられないだろう。彼の気持ちを思うと切なくなった。
慎重に包帯を巻きながら、あたしは言った。
「何かあたしにできることはない?」
ん、とジョウはあたしを見上げる角度になる。
「じゅうぶんしてもらってる。アルフィンには。いつもすまない」
「どんなささやかなことでもいいから、言ってね。頼って」
仕事じゃあまり力になれないかもしれないけれど。日常のことならなんとかなると思うの、あたしでも。
「わかってる。それでもミネルバの中なら、そんなに困らないで動けるようになってきたんだぜ。長年住み慣れた家みたいなもんだから」
「……目が治ったら、一番先に何がしたい?」
「仕事」
「それ以外で」
「そうだなあ。外に出たいかな」
自宅待機を言い渡されている訳ではないけど、やっぱり安静にしてなきゃならないということで、病院から戻ってからまともに外出もできていない。
「後で、ドライブでもしようか? 気晴らしに」
あたしは誘ってみた。ジョウは即答する。
「いいね。俺の運転で」
「それはだめ」
冗談を言いあって笑う。
よかった。ジョウの包帯を巻き終えて、最後の処理をしながらあたしは思う。
「元気になってよかった。あのとき、――リムジンが爆発して炎上するのを見て、あたし、心臓が凍ったのよ。もう駄目かと思った」
さすがのジョウでも、今回ばかりは殉職したんじゃないかと思って。肝が冷えた。
「こういう言い方はいまのあなたには失礼かも知れないけど、命が助かっただけでもよかったって、ほっとしてるの」
「そうだな、それは俺もそう思う」
あたしはにっこり笑って、「包帯、巻き終わったわよ」と彼に知らせた。
術後、視力は戻っても前と同じように動けるようになるかはわからない。後遺症が残るかも知れない。
でも、いまそれを苦にしてもしようがない。今目の前にジョウが居ることに感謝したい気持ちだった。
「サンキュー。いつもありがとう」
「いいの。好きでやってるから」
ジョウのお世話ができるのは、あたしにとっては幸せなこと。
ジョウはソファから立ち上がりながら言った。
「アルフィンは優しいな、俺が怪我人だと」
「あら、あたしは普段から優しいわよ?」
「そうだっけ」
「ひどい」
笑みを交わす。そして、ジョウは
「おやすみ」
と言って、リビングを出て自分の部屋に向かった。
あたしの手を借りなくても、ゆっくり、でも確かな足取りで。



目が見えないと、他の感覚が研ぎ澄まされるのがわかる。
聴覚、嗅覚、触覚。視覚以外のそれらがいつもの倍ぐらいで稼働する感じ。
疲れるといえば、たしかに疲れる。が、今の状況を嘆いていてもしようがない。
手術まで体調をととのえ、術後少しでも経過がよくなるように努めるだけだ。
筋トレを適度にして、身体がなまらないようにコンデイションを維持する。
「あんまり身体に負担かかることしちゃだめよ、ジョウ」
アルフィンがたえず俺のことを気に掛けてくれるのも伝わる。わかる。
俺が困らないように、いつも何くれとなく手を貸してくれる。
「大丈夫だよ。でも俺の性分は知ってるだろう。じっとしてるの苦手なんだよ」
「それはそうだけど」
いつも俺を見てくれている。困っていないか、危ないことになっていないか。
煩わしいと思われるのがいやなのか、口うるさく言うのはなるべく控えようとしているみたいだけれど。
「でも、さすがは兄貴だよな。目が見えないんなら見えないなりに、ただでは起き上がらないというか何というか」
リッキーが呆れたような口調で言った。
俺は今シャワーを浴びているところだった。リッキーはシャワー室のドア一枚隔てた脱衣所にいる。
アルフィンに頼まれて、棚からストックしているタオルを取りに来たということだった。
「何がだ」
大声で返さないとシャワーの音にかき消される。そもそも、シャワー中になんで会話をしなきゃならないのか。そんな急ぎの話題でもないと思うのだが。
俺はそう思いつつ、見えていたときの手順で全身を洗う。
「ミネルバの中なら、三日でなんとなく前みたいに自分だけで歩き回れるようになってるもんね。1人で。
たまにあちこちに頭ぶつけているけど」
鋭い。こいつもよく見てる。
俺はボディシャンプーをざっと洗い流しながら扉の向こうに答えた。
「歩数を憶えるんだよ。俺の部屋から右に何歩でブリッジ、そこから何歩でリビング、格納庫、っていう具合にな。位置は完全に頭に入っているから」
「なるほど。それにしたって動物並みだよな。全然見えていないなんて思えないよ」
そんなことはない。そうでもしないと実戦の感覚が鈍くなってしまいそうからだ。こわいから。
何事も鍛錬だと思ってやっているまで。
「まあほどほどにね、弱ってるときは甘えるのもリーダーのつとめだぜ。メンバーに頼れるところは頼った方が良いと思うよ」
「……」
そんな風に言われて、俺は考える。
手を借りるところは借りているつもりだ。アルフィンだけじゃなく、タロスにもリッキーにも。
でも、リッキーは甘えろという。頼れと。
言われてみれば俺は仕事以外であまり人に頼ったことがないかもしれない、とその時気づいた。自分1人で行動したり、片を付けたりする習性が、子供の頃から染みついている。
たしかに、いっしょに暮らしている奴らにとっては、俺のそういうところが歯がゆいのかも知れないな。
物思いにふけっていたら、シャワーの湯に長く当たってしまった。
コックを捻って、俺はシャワー室から出た。あ、とそこで気づく。
前もって用意しておくのを忘れた。ずぶ濡れのまま、脱衣所にいるはずのリッキーに向かって、
「リッキー、悪いけど、バスタオルを取ってくれないか」
と声を掛けると、
「~~きゃあっ!!!」
耳をつんざく甲高い悲鳴に出くわした。
え。リッキーじゃない? この声は。
「ジョウのばかっ! な、なんで裸なのよっ」
アルフィンがけたたましく喚く声。
「な、なんでって」
風呂だろ。シャワーだろ。裸なのは当たり前。そっちこそさっきまでリッキーだったのに、なんでアルフィンに代わってるんだ? と言いかけたところにばふん、とタオルらしい柔らかい感触のものが投げつけられる。
「もうっしらないっ」
そして、ばたばたと脱兎のごとく去った。
俺は足元に落ちたタオルを手探りで拾う。そして遅いかもしれないけれど、下半身にそれを巻き付けた。
脱衣所はそれきり無音。
……見られた、か。全部。
ほぼ生まれたままの格好で立ち尽くして俺はため息をついた。
やれやれ。やっぱり目が見えないってのは厄介だな、と。つくづく思った。

(後編へ)
⇒pixiv安達 薫

コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 姫の仰せのままに | トップ | 君の弱さ(後編) »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
新作ありがとうございます。 (ゆうきママ)
2021-08-22 20:14:47
新作どうもありがとうございます。
ジョウが視力を失うという、ショッキングな内容だけどね。ジョウというより、クラッシャーはポジティブ思考な人種だと思う。ジョウだって、不安が全くないわけではないだろうけど。
同じ3ヶ月でも、なかなか体調が整わなかったテュポーンの時よりまだいいかも。
お待ちしてます。
返信する
完結しました (あだち)
2021-08-23 18:48:30
久々に長めのものを書けて楽しかったです。
お付き合いくださってありがとうございました。
彼は強運の持ち主なので、きっと回復は早いはず。
じっとしているのが一番苦痛そうですね。
続編も機会があれば書いてみたいです。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

CJ二次創作」カテゴリの最新記事