さて核医学検査である。
まず放射線医薬品を注射してもらった後、血圧測定を行う。上が200である。まあ高いだろうなとは思っていたが、ひどい数値である。測定したスタッフも「高いですね〜」と嘆く。
そこに医者らしき男性がやって来て、「これじゃできないなあ。もう1回測って」と。医者はPC画面を見ている。そこには私の入院時のさまざまなデータがあると思われる。「もともとかなり高いけど・・深呼吸してからやってみましょう」と。
そうすると微妙に下がった。何度か繰り返すと、160程度の値になった。まあ血圧なんかそんなことで上がったり下がったりする“からくり”なんだろうとは思うが、「今日は朝早かったので、寝足りないですね」となぜか言い訳のようなことを言ってみると、医者も「そういうことはよくありますよね」と応えて来た。
この時、検査技師2人と医者2人、計4人が検査に立ち会っている。医者2人がPC画面を見ながら「入院した時はひどいね」と漏らしていた。気になったので少し遠くにある画面を目を細めて見てみると、それは胸部X線の画像であった。
そこに設置してあるのは立派なルームランナーである。わたしはそこで歩くことになる。確か20分だが、徐々に負荷を増やしていく。4人のいい大人に見られながら、ただ歩くのだ。なんだか変な光景だなあと思う。なんかちゃんとした説明がないのだ。一応理由は負荷をかけて心臓の様子を観察するということなんだろうとは思う。その程度の理解はしていたので、こちらの方もただ命じられるままである。
さて少しずつ負荷がかけられる。傾斜をつけられるのだ。ところが、これがきつい。スピードは大したことはない。しかし、遅れそうになるので早歩きになっていく。ほんの10分程度でへばってしまう。医者がその様子を見ながら「きついですか?」と聞いてくる。強がる気はないが「大丈夫です」と応えてしまう。質問されたら「大丈夫です」と反射的に応えているだけなのだ。意志が介在しなところでの反応といったところだ。
しかし、やはり無理だ。それから1分と経たないうちに、こちらから「無理です」と伝えると、医者が「では、止めてください」と。「助かった」と思いながらも、「この程度の運動もできない」のかと、改めて自分の衰えなのか病気なのかを実感していた。
この検査からおおよそ2ヶ月後、仕事で4階にある図書館に行くのに階段を利用した時があった。3階まで登ると、急に足が重くなって身体の不調を感じたことがある。ちょうど心不全の症状を思い出させる感じになった。普段は調子がいいとしても、やっぱり治癒しているわけではないと思わせる事実で、この検査の時を思い出させた。
20分の歩行予定であったが、無理はできないと、歩行実験は終了である。検査技師の案内で隣室に移動する。そこには大きな機械が置いてあった。γ(ガンマ)線を測定する機械である。CTのように機械の中に入るのではなく、座って、その前後に機械が設置される。随分と大きな医療機器である。本当に医療が科学技術において、産業化において成り立っていると確認できる。まあ普通そんなこと考えないか?
座ると、そこから少し離れたところに画面がある。そこに臓器の映像が反映されるという。検査といっても、そこでただ座っているだけである。15分程度であったかと思うが、検査技師から小さな指導を受けながら、じっと我慢の子という感じである。
目の前に心臓の映像が見える。X線やCTの画像とは違って、コンピュータで作成された画面という印象を持った。3次元ぽいのだ。注射された放射線医薬品から放射線が出ていて、それを捉えて反映された画面になっているのだろうと思う。一緒になんのデータかは不明だが、ダイヤグラム(グラフ)が示されている。
画面には時間も表示される。時間がすぎたら、技師が戻って来て、「これで午前中の検査は終了しました。ご苦労様です」と声をかけて来た。
なんと午後からも検査が行われる。