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メディアを創る 1

ここは天木直人さんの”メディアを創る”のメッセ-ジを載せています。http://amaki.cc/にもご参加下さい。

昭和天皇こそ最大の米国追従者だった?

2005年06月23日 20時40分45秒 | Weblog
2005年 6月1日―メディアを創る

 1日の朝日新聞が大スクープを放った。立教大学の中北教授と沖縄国際大学の吉次助教授が、それぞれ米国で公文書を発見し、終戦直後から70年代初めの間に、昭和天皇が米国の日本占領に感謝し、米国の軍事力の行使を賞賛していた数々の発言をしていた事を明らかにしたと報じたのだ。

 これが本当なら日本の戦後史は書き換えられなければならない。中北教授は「・・・天皇の発言は憲法上の問題をはらんで(おり)、反共を共通点とした天皇制と米国の結合関係を浮き彫りにしている。戦後の保守的ナショナリズムが親米を基調とした理由の一端をうかがわせる意味でも興味深い・・・」と書いている。

 興味深いどころの話ではない。戦後の対米従属外交の源は昭和天皇にあったということではないのか。戦後の日本外交は、天皇、保守政治家、官僚、財界が一体となって、反共、米国追従政策を推し進めたと言えないのか。目からうろこが落ちるとはこのことだ。

 実は昭和天皇の安保体制への関与を明らかにした学者は以前にもいた。その一人が豊下楢彦氏である。彼は確か現在は、関西学院大学かどこかの教授であると記憶しているが、その豊下教授が京都大学の助教授時代に、「安保条約の成立―吉田外交と天皇外交―岩波新書(1996年12月発行)」-という著書を世に出した。その中で氏は、昭和天皇が新憲法の下で象徴天皇になった後も、マッカーサー司令官と単独で何度も会見し、自らの戦争責任の回避と、そのための米国の日本支配について要請し、もたつく吉田茂に安保条約の早期締結をつよく求めたと推論しているのである。

 豊下教授はその著書の中で、例えば次のような言葉を引用している。1946年当時、頻発する労働争議について天皇がマッカーサー司令官に自らの思いを伝えたくだりである。

 「・・・日本人の教養いまだ低く、且つ宗教心の足らない現在、米国に行われるストライキをみて、それを行えば民主主義国家になれるかと思うような者も少なからず・・・」と激しく日本国民を批判し、マッカーサー司令官にその取締りを要請した・・・
 
 そして豊下教授は次のように述べている。
「わずか一年数ヶ月前まで、天皇への限りない『宗教心』を持って『天皇の戦争』を戦った一億の日本人を、教養が低く、且つ宗教心が足らないと天皇陛下がマッカーサー司令官に言ったことを、国民が知ったら、激怒したに違いない」

 今日でも昭和天皇について語ることはタブーである。しかも終戦前後の昭和天皇の発言などについては断片的なものしか公表されておらず真実は謎のままである。しかし少なくとも米国公文書では様々な情報が記録、保存されている。わが国においてこのような文書が公表されないことは残念だが、少なくとも米国公文書だけでも丹念に解き明かし、事実を後世に残すことは、わが国の歴史家や学者たちの責務であるとつくづく思う。

○過去を記録する重要性

 1日の朝日新聞、「世界の窓」において、英オックスフォード大学のアッシュ教授が極めて的確な論評を書いている。

 それは戦後60年たった今も欧州の人たちが過去を分かち合っているようで、それは同じ過去ではないというのだ。彼は先般ロシアを初め各地で開催された終結60周年記念式典を通じて、次のように書いている。
 「・・・60年の歳月を経てなお、ワルシャワでの戦争の記憶はモスクワの記憶とは相容れない・・・プーチン大統領にとって1945年5月9日は赤軍が単独で欧州の大半をファシズムから開放した日だが、

 バルト三国の人々にとっては、その日は全体主義的支配者がナチからソビエトに移行した日だ・・・ブッシュ大統領は赤の広場での戦勝パレードに出席し演説したが、

 その中でロシア側(の立場にたつこと)でなく、中・東欧諸国の歴史認識に同調した・・・いつもは臆病な欧州委員会も、『われわれは、第二次世界大戦終結が独裁主義の終結とはならず、真の自由がベルリンの壁の倒壊までもたらされなかった。(その間犠牲になった)何百万人もの人々を忘れない』という声明を発表した・・・」

 彼は続けてこう述べている。私がもっとも強く共鳴を受けた箇所である。
「・・・最後の生き証人が亡くなっても歴史的事実は変わらないことを認識すべきだ・・・政治機関が明らかな史実を否定したり隠したりし始めたとすれば、それは吹き出物がはしかの前兆であるのと同じように、要注意の兆しだ・・・野蛮な過去の事実を知る権利が欧州市民の一人一人にあるというのが、この大陸が政治的に健全であるための前提条件だ・・・」

 アッシュ教授のこの論説を読んでつくづく思う。文部省の教科書検定は廃止すべきではないのか。自虐史観でも皇国史観でもなんでもいい。好きなように教科書を書かせればよい。小泉首相のように勝手な発言も好きなだけさせればよい。

 しかし史実は一つである。その史実をどのように解釈し捻じ曲げようとも、間違った解釈や主張はやがて内外の批判に耐え切れなくなるに違いない。大切な事は史実を語り継ぐ事である。最後の生き証人がなくなりつつある今こそ史実だけは正確に残していかなければならない。それを政治で捻じ曲げようとすることは、天に唾することなのだ。

 
○「日本車の値上げは不要」とロックフェラーが言った

  1日の日経新聞に、小さいが、しかし見逃せない記事が出ていた。米外交政策に大きな影響力を持つジョン・ロックフェラー上院議員(民主)が5月31日の都内の講演において、「(日本車を)値上げしようと思っている方がいるようだが、そういう考えは良くない・・・米国は自由な市場。米国人は国の名前で自動車を買うわけではない」と述べたのだ。

  この問題は、かつて4月25日に、経営苦境が続くGMなどの米国自動車業界に配慮した奥田日本経団連会長が、「技術提携や値段をいじるとか、多少息つく時間を与えることは大事だと思っている」と発言したことから始まる。

 その翌日の26日、ホンダの雨宮副社長は、同様にホンダの記者会見で、「(価格設定は)顧客や市場を見ながら決めていくもの。顧客を無視して、支援的意味合いの値上げなど考えられない。トヨタや自動車工業会との間で(値上げ検討の)話をしている事実も一切無い。独占禁止法(の存在)を(奥田さんは)どう考えているのか」と否定的な見解を示した。

 これに対して奥田会長は5月9日の記者会見で再び発言し、「私も日本経団連の会長だし、トヨタ自動車でここまでやってきた人間だ。当然そういうことを十分に考えて言っている。よその会社に協力を求めたことは一切無い。つべこべいろんなことを言うのはけしからん」とつよく反論するというおまけまでついた。

 そこへきて31日のロックフェラー氏の発言である。ロックフェラー氏は北米市場で日本車のシェアが高まることに問題はない、かつてのような日本車排斥運動は起きないと強調したのである。むしろトヨタが米国メーカーを凌駕するような態度を見せることを心配すると不快感を示したのである。
奥田会長はロックフェラー氏の発言に果たしてどのような反応を見せか、これは見ものである。
 

小泉首相は信念の人か

2005年06月23日 19時51分44秒 | Weblog
2005年 5月31日―メディアを創る

○小泉首相は信念の人か

 31日の朝日新聞に、小泉首相の中国に対する姿勢の世論調査結果が出ていた。「評価しない」人が48%であるのに対し「評価する」は35%にとどまり、参拝を「やめたほうが良い」の49%が「続けたほうがよい」の39%を上回ったと、朝日新聞は分析している。 
 それは正しい分析であるのか。むしろ驚くべきは、「小泉首相の姿勢を評価する」、「靖国参拝は続けるべきである」と答えた人の数が、35%。38%とかなりの数に上ることである。しかも小泉首相の支持率は43%から45%へ上昇している。この世論調査が示していることは、多くの国民は、「如何なる抵抗にも屈しないという」強硬な姿勢を貫く小泉首相のパフォーマンスをむしろ評価しているということではないのか。これを見てますます小泉首相は強硬姿勢を強めるのではないのか。

 しかし小泉首相はそんなに立派な信念の人なのか。とんでもない。歴史に学ばず、日中間のこれまで積み上げてきた合意も調べようとせずに、ただ感情にまかせて無責任な発言を繰り返す、単純だが傲慢きわまりない政治家に過ぎないのだ。

 そんな小泉首相の正体を喝破した痛快な本を見つけた。

 久慈力(くじつとむ)の書いた「小泉改革に異議あり」(あけび書房)がそれである。ノンフィクション作家で社会運動家という肩書きの久慈力なる著者が如何なる人なのか、私は知らない。

 しかし小泉首相が首相に就任して間もない2001年6月に発行されているこの本で、すでに小泉首相の「くわせもの」ぶりを見事に言い当てている。

 すなわち著者は、小泉首相の政治家の出自を、祖父又二郎、父純也の14光り(七光りプラス七光り)どころか曽祖父由兵衛を含めた21光りのおかげだと指摘。その曽祖父由兵衛は軍艦に砲弾や燃料、食糧を積み込む港湾荷役への手配師で財をなした、つまり海軍と密着し、戦争とともに成長した「政商」であることを強調する。

 横須賀の軍港から参戦して行った軍艦からおこぼれを得ていた家に育った小泉首相がいきおい国粋的になり、戦後は横須賀の米軍基地に出入りする巨大な空母を見て育った小泉首相が米国に屈従的になるのはうなずけるとしても、その小泉首相の発言はつねに左右にぶれるという指摘は鋭い。

 例えば沖縄問題に関し、一方で「出来るだけ米軍基地を縮小したいというのは国民共通の願いだ。その声を真剣に受け止め、米国政府に努力を要請する」と国会答弁したかと思えば、

 他方で「わが国の米軍施設・区域は、日米安保条約の目的を達成する上で重要な役割を果たしている」と、米軍基地撤退の視点をまったく欠いた答弁をして平然としている。

 また憲法改正に関しては、「国民のコンセンサスが必要だ」とか、「憲法で武力行使を禁止している日本が武力を否定しない五大国と同じことは出来ない」、「日本の安全保障理事会入りには反対だ」と発言していたかと思うと、

 別のところでは、「憲法9条は改正すべきだ。いざという場合には命を捨てるような者に敬意を持てるような憲法がいい」と発言する。

  このように、久慈は、小泉首相が出版物や雑誌、国会答弁などで述べた主要なテーマに関する発言を調べ上げたうえで、小泉首相の発言が頻繁に矛盾してきた事を示している。要するに彼には確固とした自分の意見が無いのだ。

 その一つ一つをここで紹介する余裕は無い。しかし外交問題に関する久慈の次の言葉は是非ここで引用しておきたい。

「・・・小泉内閣は外交問題で重大な失策をする可能性が高い・・・」
八方塞りの今日の外交を、三年前に見事に見通しているのである。

税金が食い物にされている ・ 軍隊なき占領

2005年06月23日 19時10分37秒 | Weblog
5月27日―メディアを創る

  今更ながらこの国の税制の不正を痛感する。それは消費税の引き上げが必至であるということではない。我々国民が知らないところでかくも多くの不合理な税金が跋扈しているということである。そしてその税金が我々の知らないところで官僚や族議員に食い物にされているということである。

  道路特定財源という言葉がある。揮発油税、石油ガス税、自動車重量税、地方道路税、軽油取引税、自動車取得税からなる。これほど多くの複雑な税金が自家用車を所有する国民に課せられているのである。

1953年に、諸外国に比べて立ち遅れていた道路を整備するため「自動車の利用者に整備費を負担させる」という考え方で導入された。05年度の税収見込みは国と地方合わせて約6兆円。こんなに多くの税金が有無を言わせずに徴収されているのだ。

 問題はその使途である。27日の朝日新聞で、この財源の奪い合いで関係省庁、族議員の綱引きが激しくなっている事が書かれている。その理由は税収が増えて来年度にも余剰金が出ることが確実な為、それをどこにまわそうかという争いだ。
財務省は財政赤字の補填の為にも一般会計へ入る額を減らしたくない。旧運輸省、旧建設省、環境庁などはそれぞれの所管事業に金を回したい。その裏に族議員が動き回る。

  しかしもっと深刻な問題は、このような財源が、橋梁談合事件で明らかなように業界、官界、政界の利権に還流されているおそれがあることだ。

そしてもっと腹立たしいのは、余剰金が出るようなら税率を下げるなどして国民に還元すべきであるところが、一向にそういう議論が出てこないことである。

27日の日経新聞に、「余剰金という言葉は使うな」という指示を国土交通省幹部が出したという記事があった。谷垣財務相は「今すぐ余剰が出るわけではない」と火消しに回り、財務省幹部は「税収が減るのは困る」と本音を漏らしているという。

  特定財源の見直しこそ財政改革の主要なテーマであるはずだが、郵政民営化が改革のすべてであるように、国民の関心はそっちに向けられたままだ。

 
○軍隊なき占領

 久し振りに面白い本を読んだ。面白いというより慄然とする本だ。占領の混乱期に、米国が日本を自らの都合のいい国に支配しようと暗躍していたということは知っていた。しかしここまで日本の指導者層が米国の手先になっていたとは驚きである。

 ジョン・ロバーツというジャーナリストの手による「軍隊なき占領」(講談社アルファ文庫から03年3月20日に邦訳発行)は、マッカーサーの日本民主化政策が、ハリー・カーンをはじめとしたジャパン・ロビーの手で180度逆行させられ、戦後の日本が、民主化どころか、米国に操られた日本の指導者層と闇のフィクサーによって、国民の犠牲のもとに完全な米国の手先にさせられてしまったという事実を、資料に基づいて証明した本である。

 圧巻は、自ら絞首刑を覚悟していたというA級戦犯の岸信介が、おなじくA級戦犯の児玉誉士夫、笹川良一とともに無罪釈放され、米国の手先となって日本を米国に差し出した売国奴であると断定している箇所である。

 期限が切れそうになった安保条約を国民の反対を押し切って延長した岸の米国にとっての存在価値がそこにある。
 
 その岸内閣で閣僚を務めた福田赳夫もジャパン・ロビーに取り込まれた一人だ。岸の孫である安倍晋三や福田の下足番をしていた小泉がここまで米国に従う理由は、実は我々が想像している以上の深い理由があることを、この本は教えてくれる。

 ジョン・ロバーツは言う。日本の歴史学者は日米関係の裏面史を決して書こうとはしない、それは彼らもまたジャパン・ロビーとの関係を有難がってきた連中であり、なによりも米国に操られたこの国の支配者層の最大の汚点を追及することは自殺行為であるからだと。

  我々はひょっとしたら孫悟空のように米国というお釈迦様の手に上で踊らされているのかもしれない。いくら小泉批判を重ねても無駄なことかもしれない。小泉首相がこれほど傲慢でいられるのも米国という強力な後ろ盾によってその地位が保証されている事を知っているのかもしれない。

   もちろんその為にはあらゆる米国の指示を、国民の願望よりも優先するという対価を払っての事である事も。
 
 果たして日本はこの「軍隊なき占領」から逃れられるであろうか。徒手空拳の我々国民ができることはあるのか。むしろ無駄な抵抗を諦め、口をつぐんで体制に従うことが利口なのか。

  そうではあるまい。この国が我々の知らないところで深く米国に占領されているのなら、なおさら日本を米国から取り戻さなければならないであろう。それは将来の世代への我々の責任であろう。

 すべては事実を知る事から始まる。一人の出来ることは限度がある。しかし皆が知識を持ち寄り、情報を分かち合って、日本の戦後史を徹底的に学ぶことだ。後世に語り継いでいくことだ。そして日本を奪還する希望を失わないことだ。

 米国や米国に操られた日本の支配層が最後におそれるのは、国民の目覚めである。自立である。

 最後に従わなければならないのが国民の声である。大衆の叫びである。

 だからこそ彼らは事実を伝えようとしない。国民のマインドコントロールに躍起である。小泉首相のパフォーマンスもその一つだ。

 しかし情報伝達の進歩は、そのような姑息な操作をますます難しくさせていくであろう。過去には可能であっても最早時間の問題だ。真実が明らかになり国民が目覚めた時こそ、新しい日本の始まりに違いない。
 

米国とイスラエル・NGOが公務員に起用

2005年06月23日 18時51分52秒 | Weblog
5月26日―メディアを創る 

 26日の朝日新聞にヒラリー・クリントン上院議員とライス国務長官が、次期大統領選を意識して、それぞれ、イスラエルとの連帯を競い合う演説をしたという記事が載っていた。全米最大のイスラエル・ロビー団体である「アメリカ・イスラエル広報委員会」の年次総会での出来事である。

 すなわち23日にライス国務長官が先に演説した。イスラエルにとって米国ほど強固な支援者はいないと述べる一方で、パレスチナに対しては民主化とテロの根絶を求め、和平交渉再開に難色を示すシャロン政権に理解を与えた。
 24日に演壇にたったヒラリー議員は、米国とイスラエルの強固で永続的な関係は平和で安全な世界を築くために必要不可欠、パレスチナ自治政府やアラブ諸国が教科書で反ユダヤ主義を煽っていると述べた。

 二人ともイスラエルの「占領」やパレスチナ民間人の殺傷にはふれないままであったという。

 イスラエルのロビー集会に出席した以上、リップサービスするのは当然かもしれない。しかしそれだけだろうか。「アメリカこそユダヤ人の安住の国である」と言われるほどに米国は年々ユダヤ人の影響が強まりつつある。米国はもはやユダヤ人にとって最も居心地のよい国になってしまったのではないか。もしそうだとすれば、米国がパレスチナ問題について中立的な政策を採れるはずはない。

 パレスチナ紛争はパレスチナ人の犠牲のもとにしか永遠に解決しないのではないかと思えてくる。アラブ諸国がパレスチナ人を見捨てた今となっては、そして国際社会が無関心である限り、パレスチナ人の全面的譲歩しか紛争の終わりはないと思えてくる。多くの犠牲者を出し続けながら、米国、イスラエルの強硬姿勢がパレスチナ人を黙らせることになるであろう。その時まで、米国の「テロとの戦い」が続く事になる。


○NGOが公務員に起用される

 少し前のことになるが気になっていたのでここで指摘する。22日の毎日新聞に、政府が「国際平和協力研究員」制度なるものを創設したという記事があった。これはNGOなどで地域復興や人道援助に取り組んできた民間人を、政府が非常勤の国家公務員として起用し、政府の国際貢献の質を高めるというのだ。

 官民協力、民間ノウハウの活用などと聞こえはよいが、その実態は官僚が考えそうなパフォーマンスだ。事実この制度は、明石元国連事務次長が座長になっていた福田康夫官房長官(当時)の私的懇談会「国際平和協力懇談会」の提言に基づいて具体化されたという。第一号として今年度わずか4人しか採用されていない。こんなことをするくらいなら公務員の一部を振り替えて、技術を持った国際協力担当官を大幅につくればいいだけの話だ。

 NGOは、非政府組織という名が示すとおり、本来は政府と対極にある存在であるはずだ。お上に頼らずボランテア精神で活動するものだ。しかし志は高くても如何せん資金が不足している。政府からの支援があればありがたい。またNGOの中には公務員の待遇を受けて国の支援を受けて活動したほうが効果的だと考えるものがいても不思議ではない。

 このジレンマを官僚は巧みに利用する。この制度は正社員とパートの関係だ。公務員になった連中は、出来が悪くとも権限と予算に任せて何でもできる。やる気があり使えるパートを一時的に公務員待遇に引き上げ働かせる、自分たちは後ろで命令する、そういう構図である。なんともやりきれない。

 いやしくも政府がNGOを活用すると決めた以上、潔くODAをNGOに一括して与えて思う存分活動させる、そのような抜本的制度改革ができないものであろうか。

 しかし日本の官僚主導の行政ではそういうことは決して起こらない。官と民の主従関係が崩壊する。官僚の役立たずが露見して官僚制度そのものが危うくなる。今度の「国際平和研究員」制度は、あくまでも官主導の援助政策を守るための見せ掛けの新制度に過ぎないのである。長く続く事はあるまい

学歴社会の行き着く先

2005年06月23日 18時46分14秒 | Weblog
5月25日―メディアを創る
 24日の産経新聞に匿名の論評が載っていた。「日本の将来が薄ら寒い」と題して、大阪府の主婦から届いた投書を紹介し、日本の教育の現状について論じている。そこで紹介された投書とは以下のごときものだ。

 ・・・長男が昨年、公立中、公立高から東京大学に合格しました。親としては嬉しい限りなのですが、大学新聞などによると、今や東大進学者の半数以上が中学から私立だというのです。息子は「彼らは人種が違う。うちのような庶民の子はほとんどいない」といいます・・・息子は法学部で、周りは官僚や司法試験などを目指す子ばかりですが、そうした人たちが、「人種が違う」ままでいいのでしょうか。近所にどんな子がいたかもわからずに育ち、ましてや庶民の生活を知らない彼らが、日本の将来を左右するような仕事に就くことに、私は薄ら寒いものを感じます・・・

 この投書を紹介したあとで、この論評を書いた産経新聞の匿名の記者は、東京大学教育学部の苅谷剛彦教授の次の言葉を引用している。
 「・・・90年代初頭のゆとり教育導入以降、その傾向はますます進んでいる。『ゆとり』から脱出させようとするあまり、親も純粋培養されたエリートをつくることに抵抗がなくなってしまった。これはもちろんわが国の教育行政の大きな失敗であり、そうした受験エリートたちが今、社会に続々と出ているのである・・・(根本的な解決策は)公立校の再生しかない・・・」

 私はこの記事を読んで、何かがおかしいと思った。もちろん、金持ちが、塾や受験私立校を使ってその子弟を受験に成功させるような、生まれたときから「機会不均等」となっている日本社会の現状は問題だ。しかし「機会不均等」以前の問題として、国民全体が今でも信奉する、ゆるぎない学歴社会そのものがすべての元凶ではないのか。

 この投書をした主婦にしたって、「自分の子は金をかけずに公立校一本で東大法学部というエリート仲間に入ったのだ、むしろ金持ちの子弟よりも立派だ」という自負心を感じる。学歴主義のとりこになってはいないか。東大に行けなかった学生たちは、その他大勢なのか。エリートとして「この国を左右するような仕事」に就けないのか。

 ホリエモンが雑誌のインタビューで書いていたことを思い出す。自分は東大文学部に入った。東大で勉強したいというのではなくそのブランドが欲しかったのだ。もし自分の学歴が東大でなければただの若造としてもっと叩かれていただろう。東大というブランドがあるために一目置かれる、それがわかっていたから、とにかく東大の肩書きをまず手に入れようと思ったのだ・・・確かそんな記事であった。彼はいみじくも日本の学歴偏重の本質を掴んでいたのだ。 

 何とかしなければならない。しかし苅谷教授の言うように、「公立校の再生」だけで片付く問題であろうか。そんな生易しい事では、日本はいつまでたってもこの学歴偏重社会から抜け出せないであろう。そしてますます日本の若者は病んでいくであろう。

 いっそ法律を作ってあらゆる履歴に学歴を書くことを禁じたらどうか。あたかも出自や年齢によって差別することを禁じるように、学歴を聞いたり、それによって差別したりすれば法律で罰せられるようにしたらどうか。教育の本質は読み、書き、計算であって、それ以外は学びたいものが、好きなことを自由に学べる環境をつくるだけでいいのではないのか。考えてみるがいい。受験から開放された子供たちに、いかに多くの自由が待ち受けているかを。

 私が間違っているのだろうか。世間の多くの親も子供も、学歴と言うブランドを求めて、他者との差別化を積極的に追い求めているのかもしれない。勝つ事に優越感を感じているのかもしれない。
もしそうだとしたら、日本と言う国はつまらない国になってしまったということだ。そこにこそ、私は「薄ら寒さ」を感じるのだ。


○日・米・イスラエル三国同盟が出来上がっているのかもしれない

 25日の新聞に書かれている小泉首相の24日の動静のなかで、二番町のイスラエル大使館に夜の8時ごろからわざわざ出向いて、コーヘン駐日イスラエル大使と一時間半ほど音楽鑑賞をしていることを知った。これには二つの意味で驚いた。

 中東紛争をめぐり日本は中立的な立場からパレスチナとイスラエルに公平に働きかけると、小泉首相はアッバスPLO議長に官邸で公言したばかりである。

  エルサレムに分断壁を建設し、パレスチナへの攻撃の手を緩めないイスラエルに、日本の総理がここまで友好関係を演出することがわが国の中東外交に悪影響を与えるという認識はないのか。

  さらに、この夜は中国副首相の突然のキャンセルの原因が、小泉首相の靖国参拝に起因していると言う事を中国側が認め、これに対して日本側が反発している時である。その時にイスラエル大使館で一時間半も音楽鑑賞を続ける小泉首相の余裕はどこからくるのか。

 そう思っていたら、同じ25日の日経新聞に、イスラエルのシャランスキー元閣僚が、日経新聞のワシントン特派員に対し、「中東に引き続き中国にも民主化圧力を強めるべきだ」と主張したという記事が目にとまった。彼は、ブッシュ大統領に「私に一つアドバイスするとしたら何か」と問われ「各国の反体制派を支持すること」と答えたという話を披露している。中東に民主化を拡大しようとするブッシュ政権の外交方針に大きな影響を与えたとされる人物である。

 その彼が中国について、「15-20年後には世界第二の超大国に浮上する。米国の安全保障は中国国内がいかに自由になるかに左右される」と述べ、中国に民主化圧力を強めるべきだといっているのである。
  
 駐英大使である野上義二氏は、かつて外務次官の時、訪日中のイランのアミンザーデ外務次官に「パレスチナ問題から手を引け」とイスラエルの代弁者のごとき発言をしていた。彼はワシントン在勤中にユダヤ系米国人とのつながりを構築したことを自慢げに話し、ユダヤ系米国人との関係が良いので自分は出世すると回りに吹聴していたという。その野上大使は、今度の大使会議で日本に滞在している時に、わざわざ一人官邸を訪れ小泉首相と会っていることが、やはり新聞紙上の首相の動静欄で明らかになっている。

 小泉首相がここまで中東政策で対米従属政策を繰り返すのも、中国に対する強硬姿勢に固執するのも、米国・イスラエル同盟と手を繋いで、自らの地位を確保されているからではないのか。
 その見返りとして米国・イスラエルとの関係を重視しているのではないか。そう考えることで小泉首相のあらゆる言動が見事に符合する。


○橋梁談合事件の真の責任者は誰か

 国が発注する鋼鉄製の橋梁小路を巡り公正取引委員会が大手メーカーを独禁法違反で告発し、東京地検が強制捜査を開始した。近く立件されることは間違いない。いつものように、多くの関係企業の責任者が頭を下げ、罪悪人となってマスコミに叩かれることであろう。
 しかし彼らを叩くことにより問題の本質を見失ってはならない。

 多くの官僚がこれら企業に天下っているのである。天下り官僚の役割は何か。出身官庁とのパイプ役であるはずだ。

 すなわちこれら談合の背景には主管官庁OBと主管官庁の関与があるはずだ。

 そもそも国が発注する工事に談合があったのである。発注先の国の責任こそ問われなければならない。ましてや国が談合を黙認していたとすればどうか。今度の事件は長い間の官民癒着構造の一端がなんらかのきっかけで明るみになったに過ぎないのだ。

 今後の捜査で全貌が明らかにされなければならない。しかしおそらくそうはならないであろう。検察そのものが官僚なのである。官僚は身内をかばい、見せしめに民間にすべての責任をかぶせる。この国で繰り返されてきた壮大な欺瞞である。事態の進展に注目していきたい。

小泉首相の暴走を止めるのは誰だ

2005年06月22日 16時55分30秒 | Weblog
5月24日―メディアを創る

 小泉首相の暴走を止めるのは誰だ

 小泉首相の有頂天ぶりはとどまるところを知らない。薄ら笑いを浮かべ軽口を連発する小泉首相は、権力を独り占めする余裕を楽しんでいるかのようだ。「私は様々な権力闘争を勝ち抜いてきた」(24日産経)、
 「絶妙だっただろう。国会議員要覧を毎晩、ひっくり返しながら決めたんだ」(24日日経)。いずれも先週開かれた与党幹部との内輪の会食の席で、郵政民営化の決意をすごんでみせた時の発言だという。

  いまだかつて日本の首相でここまで好き放題を許された首相がいたであろうか。
何故彼はそれほど傲慢であり続けられるのか。その責任は自民党、民主党、そして小泉首相を支持し続ける5割の愚かな国民にある。

  郵政民営化の茶番劇をここまで放置させた自民党の政治家たちは、閣僚人事で釣られ、解散と公認で脅かされて、身動き出来ないでいる。

  一方、「民主党が野党でいる限り安心だ」と舐められっぱなしの民主党の体たらくはどうだ。政権を自民党から奪い取る実力も、その可能性も無いのに、「政権準備政党」などと先走って、自民党の補完勢力に成り下がっている。そんな民主党こそ小泉政権を支えている元凶だ。国民の多くが望んでいるのは徹底した政府批判なのだ。民主党はもっと野党精神に徹するべきだ。ひたすら批判し続けて小泉首相を追い詰めなければならないのだ。それがさっぱり出来ない。坊ちゃん集団の限界だ。

  しかしなんと言っても小泉首相の横暴を許しているのは50%もの支持率を与える国民である。小泉首相が政策よりもパフォーマンスにうつつを抜かすのは、政策づくりに頭を使うより食事や観劇に興じる彼の内容の無さから来るものだが、やはり国民受けを狙ってのものでもある。そのパフォーマンスに騙される日本国民の半数こそ、芸能政治家小泉純一郎の最大の応援団なのだ。
 日本全体がこんな風だから誰も小泉首相の暴走は止められない、そう思っていたら、そうではなかった。小泉首相に最大の強敵が現れた。

  おごり高まった首相は5月16日の衆院予算委員会で、民主党仙谷由人議員の挑発に乗って思わず口を滑らせてしまった。靖国参拝は他国に干渉される話ではない、A級戦犯合祀の何が悪い、と言い切ったのだ。ジャカルタでの首脳会議で反日デモの収拾策を合意したばかりというのに、それを逆なでする挑発的発言だ。これが日中間の外交関係に発展しないはずはない。果たせるかな、万博参加で訪中していた呉儀中国副首相は、予定されていた小泉首相との会談をキャンセルして帰国した。

 24日の各紙は大騒ぎでこの顛末を書いている。格下の副首相にドタキャンされて黙っていられるかとばかり国民の反中感情を煽り立てるマスコミはまるで小泉首相の別働部隊のようだ。歯向かうものには容赦の無い小泉首相は、さぞかし怒り心頭に発していることであろう。「先方が会いたいというから予定をつくったのに、野党の審議拒否が伝染したのかな」、「(靖国参拝中止の圧力をかけようとしているのだろうが)そんなものは通用しないんですけどねえ」ととぼけて見せている。その内心は「ダメと言われてやめられるか」(週刊現代5月14日号)とガキのようにムキになっているに違いない。

  愚かだ。日本の軍国主義の被害になった「当事者」である中国を「他国」と称し、「他国が干渉する問題ではない」と言い切る神経の無さ。それが、これ以上日中関係を悪化させまいと努力する胡錦涛主席をいかに困らせ、刺激していることか。

  訪中した武部幹事長が、日中平和友好条約の相互不干渉の原則を強引に引用し、小泉首相を弁護しようとしたところ、王家瑞共産党対外連絡部長は「今なんと言ったか。信じられない発言だ」と強く抗議したという(24日産経新聞)。胡主席はまた「(中日関係の発展という大きなビルの建設は)レンガを一つ一つ積み上げないと出来ないが、壊すことは一瞬で可能だ」と述べたという(24日毎日新聞社説)。

 さすがの公明党も神崎代表、冬柴幹事長が自粛を言い始めた。小泉首相の財界応援団長である奥田経団連会長も、「首相の姿勢は理解している」と述べた上で、「個人の判断と国益の判断は違う」と靖国参拝に反対し始めた(24日各紙)。

  誰にもとめられない小泉首相の暴走は、中国の壁に激突してやっと止まるのであろうか。しかしそれはあまりにも悲しいことだ。小泉首相の激突死のことではない。日中関係が悪化することが分かっていながら何も出来なかった我々の想像力のなさについてである。その無気力さについてである。小泉首相を放置し続ける我々は、本当に真剣に考えなければならないところまで来ていると思う。

拉致問題と核問題  

2005年06月22日 14時45分19秒 | Weblog
5月22日―メディアを創る

拉致問題と核問題

 小泉再訪朝から今日で丸一年ということで、各紙は特集記事を一斉に載せている。しかし交渉の行き詰まりを嘆くばかりで、ここまで行き詰らせてしまった小泉首相の責任を検証する記事は一つもない。あたかも小泉批判がタブーのようだ。しかしすべての原因は小泉首相の動機の不純さと小泉首相を誤らせた外務省の無能さにある。ここを糾弾し責任を徹底的に追及しない限り、北朝鮮問題は終わらない。

 北朝鮮問題について我々は、常に三年前の小泉首相の突然の訪朝と平壌宣言にさかのぼって検証しなければならない。あの時小泉首相は何をしたかったのか。拉致行方不明者の救済か。北朝鮮の核開発を止めさせる事か。そうではない。日朝国交正常化であった。

 拉致行方不明者の救済でないのは、当時の外務官僚が「わずか10名程度の安否の為に国交正常化という大義の実現が妨げられてたまるか」と言う趣旨の事を様々な機会に繰り返して公言していたことから明らかである。
 更に又平壌宣言の文言の交渉過程で、北朝鮮に反対されて「拉致」という表現をあっさり落としてしまったことからも明らかである。

 断言する。小泉首相、外務官僚は、北朝鮮が拉致の事実をどのような形にせよ認め、不明者の何人かが生きて帰ってくれば良かったのである。全員を連れ戻そうなどという気は初めからなかった。
 その証拠に行方不明者の多くが不明な死を遂げたと聞かされても、それに憤りもせず、また検証もせず、あっさり平壌宣言の一字一句変えずに署名して、平然と帰ってきたではないか。何があって平壌宣言に署名し日朝国交正常化を軌道に乗せたかったのだ。

 核開発を本気で止めさせようとしていたのか。とんでもない。北朝鮮の核開発に最大の懸念を持っている米国にも十分に連絡せずに突然訪朝し平壌宣言を結んだのである。しかもその中で北朝鮮に核問題について国際約束を遵守することまで書かせている。しかしこの約束がいかにデタラメであったかは、今日の北朝鮮の核開発状況をみれば一目瞭然である。

 日本はあの時、北朝鮮が核開発についてどのような状況にあり、どのような意図があるかについて、確たる情報も無く、また本気で核開発を断念させる気もなく、筆をなめた作文だけで満足したのだ。初めからそのつもりだったのだ。

 北朝鮮にとってはこんな楽な交渉は無かったであろう。騙されても文句一ついわずに鵜呑みにする。今でも平壌宣言は生きていると強弁する。そもそも日本が単独で北朝鮮に核開発の断念などさせられるはずはない。核問題は米国のみが北朝鮮に圧力をかけることが出来るのだ。その米国に事前の通報を行わず、北朝鮮の核開発情報も米国から入手せずに交渉に臨み、そして平壌宣言に合意してきたのである。

 それでは小泉首相は本気で国交正常化を実現したいと思っていたのか。とんでもない。国交正常化の本質は過去の清算である。それは経済援助をばら撒く事ではない。金で外交を買うことではない。

 ところが小泉首相の歴史認識を考えて見るがよい。靖国参拝一つをみても明らかであろう。「A級戦犯のどこが悪い」と公言しているのである。そのA級戦犯が合祀されている靖国参拝を中国や韓国がこれほどまでに中止してくれと申し入れても「他国に干渉される筋合いはない」といって突っぱねているのである。

 こんな人間が本気で国交正常化を願っていたなんて悪い冗談である。彼にだけは国交正常化をしてもらいたくはないと言えるほどに国交正常化を進める資格の無い人間なのだ。要するに小泉首相は多額の経済援助と見返りに「国交正常化」という手柄を自分のものにしたかっただけなのだ。
 外務官僚は小泉首相のそのようなあさましい個人的自尊心を満たす事によって小泉首相の覚えめでたく出世したいと思っただけなのだ。口では歴史の清算などとかっこいい事を言っていても、魂は全く入っていないのだ。

 気の毒なのは拉致不明者の家族たちだ。この三年間に受け続けた精神的苦痛は大変なものだ。しかもその苦痛は拉致交渉が頓挫した今となっては更に大きい。小泉首相や外務官僚を訴えもいいほどの精神的苦痛である。

 私が残念に思うのは、その拉致家族の怒りが小泉首相や外務官僚の無責任さに向かうのではなく、経済制裁という形で北朝鮮に向けられていることである。経済制裁では物事は解決しない。経済制裁だけを言っていても世論の大勢を味方につけることは出来ない。

 我々が言うべきは、小泉首相に訪朝を求め、金正日と直談判して交渉で解決しろということだ。三年前に金正日総書記は小泉首相に拉致問題を認めて謝罪したのだろう。小泉首相は今こそ解決されるまで何度でも訪朝すべきである。「自分しかできないから」と大見得を切って二度も訪朝したのは小泉首相だ。それがもう点数稼ぎにはならないから訪朝しない、拉致問題は関心が無くなったでは、許されない。しかしそのとおりなのだ。もはや拉致問題は点数稼ぎにはならない。そう思ったとたん、手のひらを返したように冷たくなる。世間の話題にしたくなくなる。小泉首相はそういう政治家なのだ。

 最後にもう一つ、我々が当たり前のように聞かされていて、それがとんでもない勘違いである6カ国協議について言及したい。6カ国協議の再開が重要だなどと政府は繰り返す。そんな馬鹿なことを惰性にように繰り返すのではなく、日本政府は一日も早く中国、韓国、日本、北朝鮮の4カ国協議を始めるべきなのだ。

 そもそも6カ国協議などというのは、北朝鮮の核放棄しか関心のない米国が、北朝鮮との直接交渉を嫌って他の国を巻き込んで圧力をかけようとする戦術に過ぎない。そして今では孤立しているのは米国なのだ。その米国の後をついていくしかない日本なのだ。

 そんないかさまに付き合わされる事なく、日本は歴史の清算も含め中国、韓国、北朝鮮と拉致問題について話し合うのだ。核についてもアジアの不拡散、米国も含めた世界的な不拡散について話し合うのだ。

 しかし小泉首相は自らの靖国参拝で中国、韓国との関係を行き詰らせた。自らの米国絶対追従外交のために米国に物が言えなくなってしまった。米国の参加しない会議には参加できなくなってしまった。こんな事では到底まともな外交ができるはずはない。

 北朝鮮問題は、小泉外交の矛盾と外交の不在がもたらしたもっとも困難な問題になってしまった。メディアはそして我々国民は、このことを真剣に考えるべきだ。問題の本質から目をそらしてはいけないのだ。



人の痛みにどこまで思いを (2005/04/01)

2005年06月22日 14時02分26秒 | Weblog
(最初のがありました前後しますが、ご紹介します)

◇人の痛みにどこまで思いを

人の痛みにどこまで思いを馳せることが出来るか

  4月1日から、「メディアの裏読み」から「メディアを創る」と題名を変えて新しく出発する。その最初をこの拙文から始めたい。

  我々が毎日を平凡に暮らせるのも平和があってこそである。しかしいくら平和であっても、自分の力ではどうにもならない不条理な境遇で懸命に生き続けなければならない人達がいる。そういう人達の人生に他人は何も出来ないけれど、少なくとも思いを馳せる心を持ちたい。自分ならばどう生きるか考えてみることも必要だ。そんな気持ちにさせてくれる記事を、私は3月31日の新聞で見つけた。

  ○3月31日付毎日新聞、「発信箱」で上村幸治記者が「悲しくて美しい」という小文を書いていた。かつて上村記者が目の不自由な17歳の女子高生が地下鉄の駅のホームから転落した事故を取材した時の記事である。運良く高校生はかすり傷だけで助かった。記者が病院に駆けつけた時にはその高校生は簡単な治療を済ませて受付の長いイスに座っていた。そこへ両親らしき中年の夫婦がやってきた時の光景を次のように思い起こしているのだ。
 「・・・娘さんとひとしきり言葉を交わした後、夫婦は娘さんを間にはさんで座ると下を向いたまま黙り込んでしまった。

  気配でそれを察した娘さんも黙ってうつむいた。3人は長いすの上で肩を寄せ合うようにして、いつまでも彫像のように動かなかった。両親は娘の無事を喜ぶ一方で、目が不自由なゆえに事故に遭わねばならない身の上を不憫に思ったのだろう・・・
 私はその時これほど美しい光景を見たことがないと思った・・・世に『悲しくて美しい』光景があるのなら、『幸せそうで醜い』立ち居振舞いもある・・・」

  
  ○3月31日の朝日新聞夕刊に、障害者の兄と健常者の妹の間で交わされた300通の電子メールから一冊のエッセイが生まれたという記事を見つけた。
 脳性小児麻痺の後遺症で手足や言葉が不自由な兄は、わずかに動く右手に棒を握ってパソコンのキーボードを叩き、不自由な思いをメールにぶつけた。遠慮のないやり取りは、時に喧嘩にもなった。  
  健常者の無理解を痛烈に責める兄。妹は「狭い世の中しか知らないくせに」と応じると、兄は「その言葉をそっくり返そう。健常者こそが欠落者だ」。編集しながら妹は自分が無理解だったことを思い出す。オーディオなどの操作を頼まれて戸惑うと、「自由に動く手があるのになぜできない」と言われ、「偉そうに指示するな」と言い返してしまった。エッセイに一章を寄せた妹はこう記した。「兄の歯がゆさは身をよじるほどだったろう」
 このエッセイのタイトルは「じょんならん」。讃岐弁で「どうにもならない」という意味だという。


  ○3月31日付朝日新聞夕刊に載っていた千葉大学助教授の渋谷望氏が書いていた「日本人こそ『難民』だ」という論文も考えさせられた。
 
  彼は、トルコからのクルド人難民の父子が東京入国管理局の手で本国へ強制送還されたことに関連して、国連やアムネステイインターナショナルから批判が寄せられたにもかかわらず難民認定をしなかった日本政府の対応とこれに無反応な日本人について、次のように書いているのだ。

 「・・・人権とは『人間らしい生活をする権利』である。人権を主張するというクルド人にとって体を張った本気の主張が、日本人にはなせかスキャンダルなこととして受け止められた。思えばこれまで人権は日本人にとって疎遠なものであった。日本は高度成長を経て経済大国にのし上がったが、その陰には会社への滅私奉公や長時間労働を『美徳』として要請する構造があった。同期入社の中にも昇進の速さによる序列が設定され、気がつけば煽られてしまう自分がいる。意に沿わない転勤、配置転換、サービス残業への拒否はタブーとされてきた・・・

  90年代を経た今日、会社への『忠誠』は会社の側から裏切られることが多くなり、経済成長を支えた構造はその脆さを露呈し始めている・・・にもかかわらずこの状況を甘んじて受け入れているのであれば、私たち自身が、誰かが手を差し伸べてくれるのをひたすら待つ『難民』の存在に近いのではないか・・・

  送還されたクルド人は、日本の自殺者の多さやホームレスの増加に言及しながらこう言っていた。人権の主張は自分たちだけのためでなく、日本人のためでもあると・・・彼らの活動への日本人の反発の底には、日本と言う社会の理不尽さが暴露され、自己の姿を見ることへの抑えがたい恐怖があるからかもしれない・・・日本のシステムの破綻を隠そうとする側にとって、『主張する難民』という他者はいっそう厄介な、自己を映す鏡となるのだろう・・・」




元毎日新聞記者西山太吉氏の言葉

2005年06月21日 09時51分47秒 | Weblog
5月20日―メディアを創る

 週刊朝日5月27日号に、毎日新聞の元記者である西山太吉氏の言葉が掲載されていた。外務省機密漏洩事件の主人公である西山氏(73)は、この4月に、国を相手に損害賠償と謝罪を求める訴訟をおこした。その心境を週刊朝日の記者がインタビューしているのである。

  念のためにこの事件の概要をここに説明しておきたい。1971年の出来事である。私が外務省に入って間もない頃の出来事であるのでよく覚えている。

  当時毎日新聞政治部の記者であった西山太吉氏は、外務省の女性職員を通じ極秘の電信文を入手し、沖縄返還協定に「400万ドルの原状回復費を日本が肩代わりする」という密約があったことを記事で指摘した。

  その後この問題は楢崎弥之助氏(当時社会党衆院議員)よって国会で追及され大問題になった。しかし政府はその事実を否定する一方で、世間の関心を密約問題からそらせるために、西山記者は「ひそかに情を通じて女性職員をそそのかし、秘密文書を持ち出させた」ひどい記者だと攻撃、西山記者と女性事務官は逮捕されて終わった事件である。

  その後2000年に公開された米国国務省の公文書によって、71年当時の日米両政府の交渉経緯が明らかになった。その公文書には、吉野文六外務省アメリカ局長(当時)の発言やサインとともに、返還土地の原状回復費400万ドルを日本側が代わって支払う事が、ハッキリと書かれていた。
 
  しかし日本政府は、その後も一貫して密約の存在を否定し続けている。最近では02年に福田康夫官房長官(当時)と川口順子外務大臣(当時)がいずれも会見などで否定した。

  国家機密漏洩罪を犯した西山記者は犯罪者だ。だから罰せられた。
  
  しかし国民を裏切って密約を行い、しかも明らかなウソをついてその存在を否定続ける政府の罪がまったく問われないのはどう考えたらいいのか。


  西山記者がおこした訴訟を通じ「法の支配」がこの国でもまだ存在しているということを私は確認したいのである。週間朝日に掲載されている西山氏の言葉を断片的に以下に引用する。
「・・・もう人生の最終段階だからね、最後にもう一度、国家権力の組織犯罪を追及することにチャレンジしようと思うんです。
  政府の閣僚たちが今も平然とウソをつき続けているんですよ。大変な問題だと思うんだけど、新聞はあまり取り上げないし、政治や外交に対する世の中の関心はあまりに低いもんだから、政府とすれば「時間もたっているしウソをついても埋没するだろう」と判断しちゃう。
  この問題を徹底的に究明してどう世論に訴えられるのかと考えると、もう提訴以外にないという決心に至ったんです・・・沖縄返還協定の第4条3項に、「400万ドルをアメリカが自発的に支払う」と書いてある(のに、その裏で、「400万ドルは日本が肩代わりする」という密約があったことが)アメリカ側の公文書のなかで書かれていた・・・今でも悔しいのは、あの刑事裁判が、密約の核心には何もふれずに経過したことです。

  私は国家機密の文書を入手して罪に問われたわけだから、機密がどんな性質なのかが精査されるはずだった。密約に違法性があるのか、国民に知らせるべき機密なのかが総合的に判断されるべきでしょう。
 
  でも検察がいかに政権の属領でしかないかがわかりました。
  密約の本質に関係なく、起訴状で「情を通じ」などと書き、男女関係が唯一の訴追要因になった。そこに目を向けることで外務省と一緒に犯罪を覆い隠したんです・・・司法もマスコミも社会も同調してしまった。
  ほんとに不条理だよ。密約という国家犯罪なんかぜんぶ忘れ去られて・・・」

  私は当時の事をいまでもよく覚えている。忘れていないからこうして書いているのだ。

サッチャ-英首相の息子の罪深さ

2005年06月21日 09時50分34秒 | Weblog
今年1月頃の報道で、サッチャー元英国首相の長男マーク・サッチャー氏(51)が赤道ギニアのクーデター計画に関与したとして南アフリカ共和国の裁判所で有罪判決を受けたことは知っていた。

  しかし19日の朝日新聞松本仁一編集委員の記事で、長男の罪の深さを知った。このクーデター計画の実施部隊が南アの傭兵会社「エグゼクティブ・アウトカムズ」だったと言うのだ。
しかもそのクーデター計画の動機が、赤道ギニアの海底石油に目をつけた英国石油資本が、自分たちに都合のいい大統領にすげ替えようとしたことにあったというのだ。

 松本編集委員は、最大手の「軍事請負会社」アウトカムズ社について次のように書いている。
 ・・・アパルトヘイト時代の旧南ア軍将兵を中心に、89年に創設。兵士の訓練、武器弾薬の補給、警備などあらゆる業務を提供する。アンゴラやシェラレオーネの内戦で政府に雇われ大きな成果を上げた・・・戦争は国家の専権事項である。

 傭兵とはいえ国家の軍隊の一部だ。戦争に、金銭で戦闘行為を請け負う民間企業が、大挙出現してきた。イラク戦争後の大きな変化である・・・だいたい傭兵というものはその国の兵士の士気が低下した時に現れるものだ。

 大量破壊兵器は無く、アルカイダとのつながりも見つからない。戦争の意義が不明確なまま泥沼に入り込んだ。米兵は士気が上がらず、テロ攻撃に怯える。傭兵会社が後ろで支える格好だ・・・
 
  こんな傭兵会社と一緒になって、利権の為のクーデターにサッチャー元首相の長男が関与していたのだ。
 そういえばサッチャー首相は、レーガン米国大統領と一緒になって、南アの白人政権に対する経済制裁に最後まで反対した首脳であった。

  長男の関与を果たしてサッチャー元首相は知らなかったのであろうか。いずれにしてもサッチャー首相は晩節を汚したことになる。