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暇老人

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私たちにとって仏教とは

2019-10-21 15:42:44 | 日記
  45歳のときに、家内の里のお寺さんが、墓地を整理されて20区画程度を売り出され、いずれ必要と

買うことにして、永代使用料数十万円を払い、墓石も百万円ちかくでたてた。仏さんのいない墓地とい

うことで、年間で支払う費用は、数千円である。

 両親、叔父叔母、兄弟、甥姪と葬儀・法要に出席するにつけ、虚しい思いばかりがのこる。

仏事に数多く出席し、法要後の食事会には出席人数に応じて万単位のご仏前を包むことになる。

年間交際費では大きな割合をしめる。

 施主はお寺にかなりのお布施を納めることになるが、告別式・七日法事、四十九日法要(七日毎参詣)

・一周忌・三回忌・七回忌、ここらぐらいまでは親戚縁者の出席依頼がある。

さらに、十三回忌と延々と続く法要は、上げ法事として遺族に負担となる。

 大概のお寺は構えが大きく、立派であって、維持費も長いスパンでみれば多くを必要とする。

昔の人々は、これ程のものを建立されたのには感心する。しかし、子孫は維持にきゅうきゅぅとす。

山奥の檀家の少ないお寺は、合祀されて数が減ってきている報道番組があった。

 私が思うのは、多くの人にとって仏教とお寺は、死者を弔うときにむきあうが、普段は関係がうすく、

彼岸や仏さん正月に故人を忍ぶことぐらいしかない。生活に余裕がなくなった年金生活者には、負担

以外のなにものでもない。

 墓地は共同墓地にして、時宗等の檀家のないお寺さんに、戒名・必要に応じたお経をお願いする。

こうした方法で、お寺から半強制な法要を延々と続ける指示を避け、自由な弔い方がしたいと思うが、

分家で初代なので弔われるは私が最初となるので、今更墓地の移転もできない。

 弔いの順番待ちの自分がここにいるが、永代供養塔入りをするのに、五十万円納める人も多い。

単純に合祀の散骨は、五万円とのこと。納骨の穴からバサッと入れられて、後は一切なし。

独り者で、遺族もなく、親族はあるが、親族のお墓に入れない人で、増えているらしい。

 弔いに神教もあり、費用少ないという話もある。かってな思いを綴ってみたが、法要の行事は

多すぎるのではないか、中国から伝承をうけた空海・最澄はなにを心に持ってかえったのか。