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And This Is Not Elf Land

THERE WILL BE BLOOD Ⅱ


映画『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』
「それらの中間にとどまることは不可能」

THERE WILL BE BLOOD Ⅰ

アカデミー賞作品賞は逃したものの、主演男優賞、撮影賞を受賞。19世紀末から20世紀初頭にかけて石油発掘に夢をかけた男の生きざまを描く160分の長編映画です。テーマ的には十分に作品賞も狙えたのではないかと思いますが、ちょっと残念でしたね。もっと予算と時間をかけて、脚本もより深みのあるものにすれば、もっと完成度の高いものになったでしょうに…

以下、ネタばれしております。


主人公はDaniel ‘Plainview’(ダニエル・プレインビュー)その名前が示すとおり、極めて粗野な人間ではありましたが、逞しい生存能力と優れた(生物としての)勘を武器に、荒々しく世の中を渡り、成功を手にしていきます。そんな彼の所に、Californiaの寒村に住む青年Paulが石油埋蔵の情報を売りにやって来ました。

その村はLittle Bostonと呼ばれてはいたものの、土地も痩せていて耕作には不向きで、村人たちも豊かさとは無縁の生活をしていました。Paulの兄弟のEli(イーライ)は信心深く、信仰によって村人の力になろうと考えていました。

Eliの信仰していたThird Revelationというのは実際に一つの宗派として存在するものです(ネットで調べてみました)日本人にとっては、彼らの宗教活動はあまりに狂信的であるし、一種のカルトでは?…と感じるかもしれませんが(監督の意図も入っていた?)あの時代の、特にあのような田舎においては、宗教が生活の重要な部分を占めているというのは普通のことだったと思います。

開拓者たちが理想としていたのは、キリスト教の道徳観の下での勤労によって豊かになっていくことでしたが、実際には、豊かになるためには、Danielのように、人を信用せず、自らの手を汚さねばならなかった。一方、素朴で信仰深い村人たちに出来るのは、教義を唱えることだけ…現実の世界で生きていく知恵を持っていない。

一般の貧しい人々には、このふたつの「どちらか」しかなかったのですね。終盤になって、Danielが巨大企業の人間に毒づくシーンが何度もありますが、いわゆる「お上品な伝統」を守って体面を保ちながら、尚且つ豊かな生活も手に入るという立場の人間は限られていたのです。

息子が油田の爆発事故で聴力を失った後に訪ねてきたEliをDanielは打ちのめしますが、あれは教義を唱えるだけの無能な人間に対する怒りが爆発した場面だと解釈できるでしょう。息子は小さい頃から、将来は父のビジネス・パートナーとなるべく、常に採掘の最前線にいました。村人たちは、石油によって自分たちが豊かになることを「祈りながら待っている」だけでしたから。また、Danielは巨大企業の裕福な人間たちが子どもの教育のことに口出しすることにも怒りをあらわにするのでした。

Danielの宿敵とも言えるEliですが、実はこの二人は表裏一体、ミラー・イメージのキャラクターに見えます。Eliは神の言葉で人を説得し、揺さぶり、支配していくことが次第に「快感」となっていき、宗教者としての成功を夢見て、最終的には、俗世の人間と同じく物欲に支配されるようになっていきます。

Eliを演じたPaul DanoはLITTLE MISS SUNSHINEに出ていた「お兄ちゃん」でした。ユニークな個性を持った若手俳優ですが、ま…そんなにビッグになるとも思えませんね(スイマセン…)この役は、あそこまで「キモく」描かなくても良かったのではないかという気がします。(原作を手に入れたので、こちらも読んでみますが)


ひたすら豊かになることを夢見た者も、神の教えに生きることを夢見た者も、最後には、どちらも悲劇を引き寄せてしまいます。最後にDanielがEliに「神は迷信であり、自分は偽預言者である」と言わせるシーンは非常に痛ましく、観ていて辛かった。そうやって、お互いに「自らの分身」を激しく糾弾しながら、二人とも奈落へ堕ちていくという結末でした。

でも、その裏では、最初から恵まれた位置にいる巨大企業の人間たちが最終的な利権を手にし、「人としての正しさ」を口にしながら、豊かさを享受していたのでした。

地位や財産も持ち合わせていない小さな人間にとっては、人間不信や孤独と戦いながら、自らの手を汚しても物質的な豊かさを求めるか、「人間として正しい」生き方に固執するも、豊かさとは無縁の生活を耐え忍ぶか…その「どちらか」しかなくて…現実として、「それらの中間に留まることは不可能」だった。

この映画の時代から100年近く経た今、人々は「均衡のとれた幸福な世界」を見出したのか?…この映画が突きつけてくる「問い」は重い。

あともう一点…映画の中では「ミルク」が要の場面に出てきます。「ミルク」は何のイメージなのでしょう?bloodは人間の内にある「情念」で、milkは人間を育み育てるもの…「血」と「乳」は交わることはない。


映画としてはちょっと惜しかったです。作品賞を狙えたのにな~残念でした!
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