夏の覚書き。
お盆明け、ティーンエイジャーの頃からの友と夏休みを過ごした。都内のどこかでゆるっと1日を共にする毎年の恒例行事で、今年は《インディーサマーホリディ》と称し、青山の老舗インド料理屋さんで絶品ラムカレーなどを頂いたあと、Bunkamuraルシネマで公開中のインド映画『あなたの名前を呼べたなら』を鑑賞した。
廃止になったとはいえカースト制度の名残りは続くインド社会。階級違いの恋はご法度、そんな時代錯誤に思えるような常識は根強いのだなぁ。
ムンバイという都市に住む主人と使用人の主従関係にあるアシュヴィンとのラトナの物語。故郷での結婚相手が死別し未亡人となり住み込みのメイドとして働くマトナの視点を中心に物語は展開、結婚が破談になったアシュヴィンをさりげなく気遣うラトナ、またラトナの洋裁のためのミシンをプレゼントするアシュヴィン、ふたりの間には静かな恋愛感情が生まれるが、階級違いの壁と未亡人である自分は彼と結ばれても幸せにはなれないとラトナは別れを選ぶ。思いを断ち切り以前仕事をしていたアメリカに戻ったアシュヴィン。インドを離れる前にラトナに服飾関係の職を手配してあげておりラトナの新しい生活も始まった。どれくらい時が経ったのかアメリカからアシュヴィンが電話をかけてくるシーンで終了し、その後のふたりは観た人の想像に任されているのだが、凡庸なシンデレラストーリーの匂いは感じられず自立への道を凛と進むラトナを残像に描いた。
古い慣習の頑なに残っている農村では、未亡人になった女性は再婚はおろかアクセサリーを付けることすら憚られるらしい。そんな前近代的な社会のルールが未だにあることにも驚く。そうした背景ゆえのラトナの選択であり、古い概念から一歩抜け出し自立したいという思いを描き、インドの新しい時代を期待させるような結末なのかも知れない。ちなみに監督のロヘナ・ゲラは自身乳母のいる恵まれた家で育ちアメリカの大学で学んだ経歴を持つ女性。女性の地位や偏見、不自由さに対してのメッセージも含んでいるか。
映像のなかにある色彩のトーンがとても好ましい。照明の効果かリタッチを施してあるのか人々の着衣も部屋にある色も紗がかかったように優しい色味をしている。その穏やかさのままに、展開される登場人物の会話のトーンも静かでやわらかい。
一方のバイクと車と人の往来、騒々しい街なかの映像との対比も効果的に、裕福層にあるアドヴィンの部屋ではインテリアも洗練されており、視覚的にも音量的にも暮らしぶりの落差を強調していて映像的な見せ方として巧いなと思う。