ATOZism

作詞家 Makoto ATOZI ブログ

量子力学でとけていく謎

2023-04-17 08:52:02 | ATOZism

自転車で、徒歩で、舗道を進みながら、行き交う車のナンバーを見る。

3588があると、ヨシ!と思う。

そうして、「ここがもしも量子の統一場で、量子力学の世界なら8888を見せてください」と念じる。

すると、しばらくすると、8888のナンバーの車が走ってくる。

大抵、1日に2台ほどの8888ナンバーを見て、今日も世界は量子力学の力で動いていると感じて、勇気が湧いてくる。

現実とパラレルは自由自在。

ーーーーーーーーーーーーーーー

ある程度、飽和的に自分の好きなナンバーで車に乗っている人はいるのだろうから、

8888を見たからといって、本来そんなに希少極まるような確率ではないのだろうとは思う。

それでも心は弾み出す。

軽四の黄色いプレートの8888なんて、珍しいから、尚更に嬉しくなる。

僕たちは自分が集中したものを引き寄せる。

たとえば部屋の中に黒い色のものを探してみる。

そのとき、僕たちは白い色のものを見ていない。

だから、黒の次に白を探そうとすると、ここに白があったか!と驚く。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

必要なものを間違えながら歩んできたような人生。

本当に集中するべきものは何か。

心が温かくなる気持ち。平安な時間。湧き上がる勇気、希望。

集中して、求めたものが与えられる。

まだ何も始まってもいない場所で決めつけてしまうのはもったいない。

動きあるものは、すべては観察されるまで決められてはいないのだから。

人の心も現実も。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今、1990年代ヒット曲を集めたYouTubeを聴きながらこのブログを書いている。

https://www.youtube.com/watch?v=0Kd3wRrxkvA

とても大きな時代の波を感じる。

大切なものに集中できた時代。

あの頃は良かったなんて言ってしまうと古びたおじさんみたいになってしまうので、

今という時代の中で、この頃の歌は僕に何を教えてくれるだろうなんて考えてみる。

全てがまるで新曲のように心に響いてくる。

時間を超える。

無数な世界のフィルムが無限の層で重なり合う。

ここからあの場所までひとっ飛び。心次第だ。

黒さえも白に変わる。

箱は開けてみるまでわからない。

観察されていなければ全ては波形なのだとすれば、心で描くアートよ美しくあれ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

時代は重く、先行きなんて分かりづらく、誰もがビジーな世の中で、

8888ナンバーを見つけた時の喜びと勇気を、バカみたいに感じられる子供のような気持ちでいよう。

箱の中身は開いてみるまでわからない。

時代はすでに時間を超えている。

まだ決められていない現実を決め付けはしない。

あらゆることはあり得るのだから、喜びと愛に集中して、箱を開ける。

 

Makoto ATOZI

Makoto ATOZI Official Web Site

 


エナジージャパン

2023-04-16 15:08:55 | ATOZism

毎朝夕にマクドナルドへ行くことが多い。

徒歩で往復で1時間30分ほど。効果的な有酸素運動になる。

いつも120円のホットコーヒーをいただいて、Kindleにダウンロードしてある書籍を読む。

最近は店内に入ると宇多田ヒカルのAutomaticがBGMとして流れていて、お!っと思う。

時代感覚が1999年あたりへとフラッシュバックする。

ーーーーーーーーーーー

僕たちが何かを思考する時、僕たちの思考・意識は物質なのだという。

僕は音楽も一種の物質であると思う。かたちはないけれど。

Automaticのイントロを聴くと、あまりにものイントロ物質の濃密で芳醇な質量に心を持って行かれてしまう。

あの頃、国民的行事にようにもなったアルバムも購入して、とても嬉しかったあの感情。それも物質として蘇る。

物質にはエナジー、エネルギーが宿り、パワーある音楽には、パワーの理由がある。

ここ数年はまるでリスナーを攻撃するかのような音楽も多く、そのとき、僕は、ああ、現代はみんな自分をアーティスト側に置いているのだと感じる。

もしも受け取り側、リスナー側として聴いたなら苦しくなってしまうような音楽は多い。罵詈雑言を歌詞にするアーティストも増えた。

だけれど、それを自分を発信側の人間であるとして聴いたなら、音楽の意味はガラッと変わる。

攻撃をすることで防御しているということなのか、僕にはよくわからない。

国民総アーティスト志向時代。

AIの進化によりエナジーはどのようにカモフラージュされてしまうのか。

あの頃、僕は完全なる受け身のリスナーとしてAutomaticを聴いていた。

音楽が時代を変えてゆく姿に鳥肌を立てていた。

これからも自分が何かを描き出す時には、あの頃、音楽に、恋に、夢に、ときめいた気持ちをなくさずにいたい。

リスナーとして与えてもらった夢や希望やときめきを、音楽という本来素晴らしいエネルギーを持つ物体に向けて、世界を信じていたい。

エネルギーこそが、すべてを変えることのできる源泉。

感受性を守り抜きたい。

 

Makoto ATOZI

Makoto ATOZIオフィシャルホームページ


大地に空気があるように

2023-04-15 16:46:18 | ATOZism

自分自身の人生を省みてみると、人間関係、仕事、人生、金銭、あまりにも多くの負債にクラクラしてくる。

僕が、自分自身がこの人生を終える時には、なんとか、自分なりに納得の行く場所まで清算できていたならと思うけれど、それでも、お前の人生はとんでもないものだ、と閻魔大王または神に雷を落とされるなら、それも甘んじて受け入れるしかない。

そして、甘んじて受け入れる覚悟は持ちながらも、神々はそんなバカなことはしないのではないかという甘えもまた浮かんでくる。

この大地から空気が消えることがないように、僕たちには必ず絶えず恵みが与えられている。

それほどにこの場所は、苦しみはありながらも、愛のある世界でもあるのだと思う。

恐れてしまうのも欲張ってしまうのも、帳尻を合わせることが下手なのも、人間の愚かさと、この世界の仕組みがもたらすものでもある。

欲望と煩悩は苦しみを生み、自分自身を、この感情と経験の連鎖を自分だと思うことが苦しみの始まりなのだとすれば、あらゆる営みはその種となる。

世の中は加速し続け、人々の暮らしにはタスクが増え続け、あまりにもの多くの時間を使用することから時間管理が甘くなり、遅刻への罪悪感も減り続けている社会。

みんな大忙しだ。

そんな大忙しな日々の中で、次から次へとある問題に、これはもう大いなる力に委ねるしかないとまた覚悟を決める日々。

大地にいつも空気があるように、何らかの恵みが僕たちの人生には与え続けられている。

思うよりもうまく行く。案ずるよりも生むが易し。

心配はすり抜けていつか笑い合えるように、心はどうか穏やかに。

いろんなことはありながら、今までどうにか暮らしてきたじゃないか。

思えば、全ての日々はきっと、大いなる何かの力で守られてきたのだなあということばかり。

この世界の奇跡を信じる時、きっと世界は微笑んでくれる。

なるようになるさ。いい風になるさ。あなたも。

風に委ねよう。

Makoto ATOZI

Makoto ATOZIオフィシャルホームページ


世界中の涙よ空に愛を歌え

2023-04-14 09:40:22 | ATOZism

時代は移ろいゆく。

今までは時間の経過とともに移ろいゆく時代として、僕たちは時間と時代を認知していた。

けれど、最近では、この時代はすでに時間という概念を超えてしまっているのではないかと感じられることもある。

僕たちはすでに生きながら死後の世界にいるのではないかとさえ思えてくる。

量子力学的にいうならば、幾つもの時間が存在し、僕たちが観察するたびにそれは姿を現してくる。

観察されるまで、答えは誰にも見せられてはいない。

予測はきっと、観察の一部として組み入れられるのでしょう。

予測は想念であり思考だから、これも物質として換算される。

分離した魂がそれぞれの欲望の達成のためにさらなる分離を繰り返し空間は広くなっていく。

広くなった空間は、それでも大丈夫とばかりに必要不必要の差別なく情報で埋め尽くされる。

人々の深層心理はシンプルを望んでいる。

それでも情報はより世界を分離させようときらびやかさへの羨望を集めさせる。

このサバイバルな時代を生き抜くためには知能指数と心の平安指数を上げなければいけない。

経済的に困窮すると僕たちのこの2つの数値は下降してしまう。

モノヲスクナク

呪文のように心に話しかける。

身体の中、居住空間の中、ここが軽やかなとき、知能指数と心の平安指数は高められるのでしょう。

先延ばしにしないためにも、軽やかでありたい。

春なのに寒いなら、それさえも楽しめる心でいた人の勝ち。

そして、世界中の涙よ 空に愛を歌え。

Makoto ATOZI

Makoto ATOZIオフィシャルホームページ

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

著者経歴

2000年、平井堅『楽園』
以後、様々なアーティストに歌詞を提供。
 
2009年、嵐『ONLY LOVE』は、 『ARASHI All the BEST! 1999-2009』(ベストアルバム初回限定盤)内にて、
嵐メンバーが選ぶ10曲として選ばれ収録されている。
 
V6『ありがとうのうた』(ASZ-PROJECT)
Triplane『アイコトバ』(共作 ダイドーコーヒーTVCMソング)
 Kity GYM『フィーバーとフューチャー』(共作 バレーボールワールドグランプリ2006イメージソング)
 BENI『Cherish』(名古屋鉄道ミュースカイCMソング) などのヒット曲を書く。


 2012年より約10年間の休養を経て2022年より再始動。

 


優しくありたい

2023-04-13 10:40:35 | ATOZism

AIが文章を構築するときのロジックの全てはわからないけれど、歌の歌詞を書くときにはいくつかの法則のようなものがある。

もちろん言葉には正解というものはない。

もしもあるとすれば、伝えたいようにちゃんと伝わっているかどうかということ。

より正確にまたは本物のポエジーとして想いを伝えるために、僕はいつも形容詞の取り扱いに注意を払っている。

優しい、愛しい、眩しい、悲しいなど、語尾にい、のつく言葉。

形容詞の名の通り、何かを形容しているのだけれど、これらの言葉は、言葉のみでは意味を持たなくて、単なる記号となってしまう。

だから、あの人は優しい、と伝えたとしても、それが雰囲気からくるものなのか、話し方なのか、実際に手伝ってくれるときの気遣いからなのか、たくましく力持ちだからなのか、形容詞の単語だけでは、本当の優しさについては何もわからない。

愛しい、も眩しい、も悲しい、も、感情としての瞬間的な、あなたはそう感じたのだねということはわかったとしても、言葉が持つ本来の意味までは、形容詞だけでは到達することはない。

なんとなく素敵、耳触りがいいだけ、という一番厄介な作品が出来上がってしまう。

といいつつ・・・。

今日は本当は、形容詞にはあまり意味がないよね、ということを書きたかったわけではないのです。

今、僕が書きたいのは優しさについてなのです。

もちろん身近な人とふれあい、食事をしたり、共同作業をしたり、なんらかの時間を共有するとき、そこに優しさは生まれる。

それでも、日々、時代は優しさ、を忘れかけているように感じてしまうのです。

少なくとも、僕は自分自身を顧みると、優しくないなあ、と思う。

自分の暮らしで精一杯だから、人のことまでなかなか包み込んであげるようなことはできないことが多い。

とりあえずこれは明日。みたいな先延ばし癖と、誰かがなんとかしてくれるだろうという楽観視。

良からぬ行いを見たとしても見ていないふりしてしまうような麻痺した感情。

きっと、優しさという力は、ほんの少しの違和感をそのままにしておかないような心の内側に宿っているのだと僕は思う。

年を重ねるたびに、ほんの些細な違和感をそのままにして、流されるままに過ごしてしまうことが多くなる。

そうして、優しさは身体と心の奥で、そうではないんだよ!と叫んでいる。

優しくありたい。優しくなりたい、ではなくて、優しさでありたい。

小さな違和感をないがしろにしてきて出来上がった木偶の坊。

それでも坊は坊の志なりに、もしかしたら、火などを灯したなら、温もりで誰かの心を温めてあげられるのかもしれない。

優しくありたい。

平安で、やわらかく、穏やかでありたい。

だけど心だけではなくて、力もあるように、鍛えることも大切なのでしょう。

優しくありたい。

そんな思いが巡る木曜日です。

 

Makoto ATOZI

Makoto ATOZI Official Web Site